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一一話 美しい変化。 其之三

「やあ久しいね、モミジ」

「よお久しいな、イヌマキ」

 ミモザの誕生祭にてモミジの腹違いの兄の一人であるイヌマキ=枝天してんが顔を見せ、彼の後ろから娘のコムギが現れた。

「ごきげんよう、モミジ叔父様」

「御機嫌よう、久しいねコムギ。少し見ない間に随分と大きくなったんじゃないか?」

「は、はいぃ。そのぉ…叔父様の目と同じ高さになりました…」

「そうかそうか。いっぱいご飯食べてイヌマキを追い越すくらいに大きくなるんだぞ」

「お、お父さんより、…は無理かもしれません…」

「くくっ、心意気、いや気持ちの問題だ。大きくなるぞ!って思うことが大事なんだ」

「気持ち、ですかぁ。頑張ります…」

 モミジが微笑みを向ければ、コムギは頬をわずかに染めてイヌマキの後ろへと隠れてしまう。やや引っ込み思案な性格なのだ。

(コムギの叔父という立場で色目を使うとは、やはり気に食わない愚弟だ)

「コムギ、お父さんはモミジと少し話しをしたいからお母さんの所へ行ってきなさい」

「俺はコムギと話している方が楽しいのだがな…」

「……。」

「…、わかりました。モミジ叔父様、またお話し、したいです」

「おう、またな」

 コムギが去っていくとイヌマキの表情は険しくなり、腕組みをしてモミジを見下す。

「どういうつもりかな、モミジ」

「あ?何がだよ」

「コムギに色目を使うとは本当に、三恋みこいの血筋は…」

「色目ってお前…、暫く会わない内に親馬鹿が加速しているじゃないか」

「子供のいない愚弟にはわからないことだろうねぇ」

「あーはいはい。俺は未だ七つ、イヌマキが寝小便粗相して必死に隠していた頃だよ、くっくっく」

「っ何のことですか?」

「いやな?先日とある離宮に足を運んだのだが、親父たちとサクラが歓談している間、暇だったからカトレア后の日記を読んでいたんだ。そしたらなんとまあ、くくっ、まさかイヌマキは七つまで粗相をしていたなんて書いてあってな。また足を運ぶ機会があったら、もっと読み進めてみたいものだよ」

「……。」

(私への敬意など微塵もないモミジだけれど、故人である母上を利用してまでこちらを貶めるとは考え難い。この話しははったりとみていいが)

「なんだ言い返せないのか、いい気味だ。そいじゃまた、…会わないことを祈っているよ。お前と会うと碌なことにならないからな」

 くつくつ笑いながらモミジはイヌマキの前を去って、イヌマキはつまらなそうな表情でモミジの言葉を咀嚼する。

(母上の日記、見に行く可きか)


―――


「少し前にモミジが離宮の書庫を訪れたと思うのだが、何を読んでいたか分かるだろうか」

「あぁー、それなら分かりますよ。坊っちゃんには珍しく悪戯をして帰りましたので、うふふっ可愛いところもあるのですね」

 あまりモミジへ忌避を示していない侍女は、ころころと笑みを浮かべてイヌマキを案内し、封印の施された一冊の書を手渡す。

 誕生祭の会場でモミジが言っていた『ダリア后の日記』ではなく、 マツバの半生を綴ったそれを見てはイヌマキは納得した。

(母上を騙ったのは私を呼び出すためのはったり。父上やテンサイ様が読み返すことのなさそうな一冊に態々封印を施しているということは………)

「『披鍵ひけん』」

 簡単に封印が解かれた本を開いては、頁を雑に捲っていき間に挟まっていたいくつもの紙面をつまみ上げる。

(ふむ。医療用魔導具の設計図。…随分と古いものだけど、右下に印か…。―――――成る程、水蛇とかいう連中は魔導局にも縁があると。兄上やオオバコ=築六を介さず処理をしろという仕事の押し付け、本当に嫌な愚弟だ)

 顔を顰め、銅脈者扉に紙を納めたイヌマキは一人離宮を後にし、後日設計図の漏洩で数人の魔導局局員の身柄を抑えるのであった。


―――


 廻節祭りんせつさいとモミジの生誕祭が終わり季節が冬になると、尨羽むくはが二匹、砂糖楓宮さとうかえでのみやに入り込み暖房の近くで呑気に過ごしていた。

 身体が大きいのが雌の尨羽であるシロタ。少しこぢんまりしているのが雄のクロバ。

 クロバはモミジ不在時にシロタが連れてきて居着いたとのことで、サクラが命名したとのこと。

「お前たち野性はどうしたんだよ、野性は。別に出ていけと言うつもりはないが、巣作りとかしないのか?」

 話し掛けてもこれと言って態度を変えるでもなく、一度モミジを見てから羽繕いを再開していた。基本的に尨羽は人に懐かず、群れという概念もない。雌雄が交わり夫婦となると生涯添い遂げるとのことだが、それ以上の羽数形成することがないので非常に珍しい状況にある。

(子供まで居着いたら賑やかになってしかうが…)

 その時はその時か、と仕方なしに離宮の一角を片付け城仕えを呼び、人が入れない程度で且つ尨羽が出入りできるだけの小扉を用意してみれば、直ぐ様に順応し離宮内に巣を作り出した。

 …いや、実は離宮の外側、少し見え難い位置に巣を製作していたのだが、夫婦揃って移住を決行したのだ。

(次のいい奴らめ。…いい機会だし、多少記録を残して鳶目兎耳えんもくとじ学術院に送りつけるか)

 保管していた鶏肉を皿に乗せ二匹へ差し出し。

「待て。俺が許可を出すまで食べるな、っておい!はぁー…、駄目か」

 同居人になれたが、しつけは未だ未だ難しいようだ。

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