とはいえサクラは今までやってきていなかった故、生まれたての子鹿の様にプルプルと震え、モミジの腕を固く握りしめ恐る恐る滑らされている状況。
「絶対!絶対に離さないでよモミジ!!」
「振りか?」
「違うからー!!」
サクラの両手を握り後ろ向きに滑るモミジは、氷場をゆったりと、そして確実に進み必要に応じて方向転換を行う。
「毎年見ているだけなのに、今年はどうしたんだ?」
「今まではミモザが寂しくならないように一緒にいてあげただけ、別に怖かったとかそういうのじゃないから」
「ふぅん」
面白半分な表情を露わに、必死なサクラと一緒に滑っていれば、視界の端には侍従から滑り方を懇切丁寧に教わるミモザの姿と、自由気ままに速度を付けて滑っているザクロの姿。
「怖いかもしれんが小刻みに足踏みをしろ。いいぞ、足裏は水平に、足の形はハの字に」
本来であればシズカや離宮仕えが指導するところなのだが、サクラはモミジが良いと指名し、彼もそれに応じる形で教え始め。
「な、慣れれば楽しいものね!」
「上手上手、そろそろこの片手も離していいか?」
「それは駄目!今日は一緒に滑るんだから、」
「わかったよ」
未だ未だ甘えん坊だと笑いながら、モミジはサクラと一緒に氷場を滑る。
―――
それから月日が流れ、二年後の二冬節に行わているモミジ、サクラ、ミモザ主催の特別園遊会。
一〇歳のモミジと、今年一二歳になるサクラは氷場を軽やかに併走する。
まずは緩やかに遊ぶような滑走から、少し勢いをつけたモミジがくるりと反転しサクラへ手を差し伸べ、笑顔で握り返す。
後ろ向きのまま速度を維持した二人は氷場を半周し、今度はサクラが反転し二人で後ろ向きに滑る。だが少しばかり怖いのか、握る手には力が込められ今度はモミジが握り返した。
カツカツと小刻みに足を動かし、後ろ向きのまま更に半周。二人揃って反転し前へ向き直ってから、モミジがサクラを抱き寄せて片足ずつ持ち上げ二人二脚での滑走を行うと、会場に足を運んだ者たちから大きな拍手が贈られる。
氷場曲芸と比べれば見劣りするものであるが、王弟と王女という組み合わせだ。いくら目が肥えた者でも、生暖かな拍手を贈らねば府警というもの。
ニッと笑顔を見せサクラを安心させたモミジは、通常の滑走へ足を戻し一度手を離してから反転、二人の右手同士を握り合わせその場で円を描く様に回り始め、徐々に速度を落としていき向かい合う形で即興の滑走舞を終えた。
「上手いものだな、サクラ、モミジ」
「だろ。ここ数日、兄貴と義姉貴に見せるため練習したからな」
「はい!頑張りました!」
二年間でモミジは見違える様に背を伸ばし、…てはおらず現在の身長は
サクラはといえば順調に背丈を伸ばして
「じゃあ次は僕がモミジ叔父様と」
と現れたのは、本当に見違えるように成長したミモザ。背丈は完全にモミジを追い越した
「駄目よミモザ。この後の予定はしっかりと詰めてあるでしょ」
「えー、ちょっとくらい時間が押してもいいじゃないですか。寒くはありますが、これくらい皆耐えてくれますよ」
「我儘いうなって。というかこの後を考えると俺がしんどい」
「はーい。」
返事をしながらもモミジの手を引くミモザに、取られまいと引っ張り帰すサクラを見て、ヒノキとダリアは微笑みを零し、会場からは笑い声が上がる。
「次があるんじゃないのか?」
「あるぜ。しっかりと見てろよな、ザクロ」
学園から態々足を運んでいる、ぐっと背の伸びたザクロは三人の予定を楽しみに、温かな茶を啜る。
「
やや挑発的な表情と慇懃無礼な振る舞いをしたモミジは、銅脈者扉から三本の杖を取り出して、二本をサクラとミモザへ手渡す。
「生暖かい、微笑ましい拍手と喝采など吹き飛ばしてやれる、最高の舞台を作り上げよう。目にものを見せてやるぞ」
「うん!」「はい!」
氷場を靴橇で滑っていき、三人が中央に立つと楽団が演奏を始める。
『
「「『
滑走する二人、その後ろを追うようにサクラとモミザが二人ずつ現れて、計六人でモミジを隠すように円を縮めていく。『虚映』は光の魔法で、使用者の虚像を作り出しては動きを真似させるというもの。
断層で縁のあったクリサがモミジに呼び出される形で、生成と操作系統の適性が高い二人へ教えた魔法の一つである。まさか一学術院の学生が王弟に呼び出され、王女王子に魔法を教える羽目になるとは思っていなかったらしく、話しを通した時は白目をむいていた。
学術院の卒業試験と相まって中々に大変な時を過ごしたようだが、それに見合うだけの報酬と確かな実績を手に入れたと喜んでもいた。
モミジより身長の高い二人が周囲を回ってしまうと、彼の姿は見えなくなってしまうのだが、それを利用して彼は銀眼の力を使用し衣装だけを変身してみせる。
魔法演舞とは趣旨が異なるが、ちょっとした前座芸としては観客を驚かせるには十分で、モミジの力を知るものは呆れた表情を露わにしていた。
二度三度、寄っては返してを繰り返し変身芸を見せたモミジは、可愛らしい少女の衣装で滑走を始め、杖先を氷に擦り付けるよう氷場を一周し。
「『回せ回れ風車、渦となるは台風、
氷場を靴橇で滑った氷の滓を風で持ち上げると、今度はサクラが舞い上がった氷を操作し水にしてから霧状へと変化、モミザが瞬時に凍らせて細氷にする。
(風を操作して、氷場を無風状態に…、よしっ)
頷いて二人へ指示を出せば光魔法を無詠唱で展開、細氷一つ一つに光が反射し、雪でできた太陽柱が立ち上がり会場から拍手が溢れた。
(これも前座なのにね、皆大喝采しちゃって)
(後のを見たらひっくり返っちゃうかな?)
いつの間にか変身を解いていたモミジへ、サクラとミモザが視線を向ければ、悪巧みをするような、くつくつと笑みを浮かべたモミジが氷場の中央で、杖を突く。
カコン、と。
その音を耳にした楽団は楽曲を移り、第九楽章へ。神聖さを孕んだ精緻な演奏が始まり、観客が声を出すのを憚る雰囲気作りを行う。
「『虚映』」
今までの虚像二人から本人含め六人へと数を増やしたミモザは、サクラへと拳を向けてコツンと合わせた。
「頑張ってね姉上」
「ええ、成功してみせるわ」
自信満々に力こぶを作ったサクラはモミジの許へと滑走し、彼の手を取り深呼吸を行う。
「俺がついてる」
「うん」
「『
重力に作用する魔法を頭上に展開して無重力状態の空間を作り出せば、サクラが内側に水球を浮かべて形状を変化させて氷へと変化、その繰り返しで氷像を組み立てていく。
(…、重力に作用する根源魔法。ただ相手を殺すだけの高威力魔法であれば楽だが、微細な運用を求められるこれは中々に難しい…!サクラが作業しやすいように、空間の重力を乱さぬよう…常に均一に保ち…)
次第にモミジの表情が険しくなっていき、握るサクラの手へも緊張が伝わっていく。
(モミジの手に力が。…やっぱり本当に難しい事をしているんだ、クリサンセマムさんも驚いた顔をしていたし。なら早く完成させなくちゃ……、って思いたいところだけど失敗したら意味がない。確実に…成功させるッ!)
意識を集中させながら無重力空間に氷を設置しながら氷像を作り上げていくと、握られた手を中心にモミジとサクラの魔力が徐々に混じり合っていき、お互いの身体へと戻っていく。
(あったかい魔力…)
(これは…サクラの魔力。なんともまあ甘い魔力だ…悪い気はしないな)
二人は口端を持ち上げ、混ざりあった魔力をも用いて頭上に氷で出来た龍神を作り上げたのである。
「サクラ!」「モミジ!」
ぎゅっと手を握りしめ、瞳を合わせた二人が名前を呼び合うと楽団は一気に演奏を盛り上げて会場を沸かせ。二人は魔法を繰り氷像の龍神を宙に泳がせて見せた。
くるりくるり、観客の頭上を優雅に泳ぐ龍神は氷同士が擦れ合い、陽光で煌めく氷粉を撒きながら一周。モミジとサクラの許へミモザが合流し、お辞儀をすると同時に重力が強められ強風を巻き起こしてから一瞬で姿を消す。
「「……。」」
呆気にとられていた会場だが、ザクロがパチパチと拍手をし始めたことを切っ掛けに、一切の嘘偽り無い大喝采が響き渡り特別園遊会は大成功で終えたのである。