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一二話 切歯扼腕 其之一

「よっ!」

「あら、久しぶりじゃない?年末年始は忙しいの?」

「大分な。これ差し入れ、仕事終わりに皆で食べてくれ」

「いつもありがと」

 身体を寄せてきて腕を絡める婀娜あだっぽい姐さんたちにも耐性がついてきたモミジは、不寝飲屋ねずのみやへと足を運び厨房にいるヤナギたちへ手を振って、定番となりつつある隅の席へ腰掛け、客足が引くのを待っていく。

「おひさ」

「お久。最近はどうだ?」

 暇していれば、給仕をしていたハトムギがモミジの許へとやってくる。

「全然、完全に振られちゃった。尻尾も見つからないよ」

「このまま自然消滅してくれりゃ俺も嬉しいんだが、ヤナギは納得しないだろうな」

「ヤナギも最近は落ち着いてるから、分かってくれると思う。…自然消滅はありえないと思うけどね、銀の鳥自体は出回ってるし」

「相手が相手とはいえ、人斬りなんてしてちゃ碌な死に方が出来ない。…誰であれ龍人は幸福に生きて欲しいんだ、悪徒にも更生の余地は有るんだし」

「性善説?クラバは人を信じすぎてる」

「信じてやらなくちゃ信じてもらえん。更生するって信じれば、応じてくれるかもしれないだろ」

「甘っちょろいね」

「はいはい」

 ハトムギの悪態を気にする風もなく、具雑煮を頼んで店の様子を伺ってみると。客たちは姐さんたちに鼻を伸ばして、楽しそうに食事をしている。

 不寝飲屋は接客に艶っぽい姐さんがいて、可愛らしい服や色っぽい服を着用して接客するだけの“比較的”健全な店で、断じて娼館などではない。一応の事、夜の部では姐さんたちも客席に着き、接待してくれるとのことだが、一線は越えずぼったくりでもない。らしい。

「はい。具雑煮」

「あんがと」

 鼻腔を擽る魚介出汁野菜のいい香りに、餅を始めとしたごろごろと大きな具材の数々を目に、モミジは割り箸を手に食事を始める。

 此処二年で食べ慣れた不寝飲屋の味に舌鼓を打ち、皿を下げさせれば店内は大分賑やかさを失っていた。

「今日も美味かったよ」

「お口にあって何よりです」

 嬉しそうに微笑みを零すヤナギ。

「年末年始で変わったことはないか?」

「周辺区は平和そのもの。違法な魔導具を販売する輩は完全に撤退しちまったよ」

「違反者が逃げ込む率も下がって、『溝鼠』が御役御免になる日も近そうです」

「良いことだな。…とはいえ溝鼠がなくなれば、害虫が増えかねないから、そう簡単に解体はされないだろうがな」

「俺等も食い扶持が減っちゃ困るからな。解体するってなれば抗議を入れなくちゃいけねえ」

「いざとなったらこっちからも口添えをしてやるさ。組合の禿茶瓶はげちゃびんには貸しがあるからな。くくっ」

「クラバの方はどうだったのですか?」

「年末年始は忙しい、親戚の手伝いもあったからな。ただ、これで漸くのんびりと出来る」

 ぐっと伸びをするコウヨウの姿のモミジは、時間の経過に合わせて成長させてあるのだが、…彼本人と比べると妙に身長の伸びが良い。

「今後のご予定は?」

「今のところはなんも。多少剣術の鍛錬入れたり、八弓はゆみ研究所に顔出して魔導具研究手伝うくらいかな」

「なら今度、遠駆けでもしませんか?」

「冬に?」

「ええ。寒いのは確かですが、私は始りを待つ冬の景色が好きなもので。是非その思いを共有したいと」

「領解。何時にする?」

「そうですね――、」

 二人は魔導二輪での遠駆けの予定を立てていった。


 不寝飲屋を出たモミジが向かうのは八弓研究所。小翼竜の姿で庭へ降り立つと、研究所からはアケビが顔を見せて窓を開ける。

「待っていたよコウヨウくん!随分楽しいことをしていたようだね!」

「おう」

 部屋に入ると変身を解き、視線を巡らせていけばクリサンセマムも奥から歩いてきた。

「こんにちは、コウヨウくん。件の催しは大成功だったみたいじゃないか」

「お陰様でな。そっちも上手くやったみたいじゃないか」

「それこそ、お陰様でね」

 二年の間でクリサとアケビは交際し、彼が学術院を卒業すると同時に婚約をするにまで関係を深めていた。

 八弓商連の会長であるムベ=八弓が、愛する孫であるアケビ=八弓の為に用意した、八弓商連所属の魔導具研究所であり、何れクリサとアケビが住まいとする場所でもある。

「お祖父様が迷惑を掛けなかったかい?クリサくん経由で祝福の王弟と縁を得たと大喜びでね、様々な品を掻き集めていたのだよ」

「園遊会で使った杖と衣装を購入したくらいだ。俺へ必要以上の干渉をすれば、おっかない人たちが訪れることになる自覚があるのだろう。見事な引き際だったぞ」

 八弓商連は名家であり老舗商会。その会長の孫娘と、どこの馬の骨とも知らん冒険者が恋仲にあるというのは中々に大変で、ものすごい剣幕で反対されたのだという。

 そんな折に暇そうにしてたモミジが学術院を訪れ話を聞き、クリサとは断層での縁があるからと王城へ招聘。サクラとミモザの短期教師として雇った事で、モミジと縁が作れると、二人の婚約が認められることになった。

「ムベ様を軽くあしらうなんて。…それにしてもモミジ殿下の威光というのは凄いものだね、本当にさ」

「兄貴と会うよりも難しいからな」

「…実感が湧かないね」

「だろうな。扠、今日はちょっとした届け物だ」

「もしかして!」

「そのもしかしてだ」

 くつくつと笑みを零し、銅脈者扉から取り出すは拳大の魔晶。その表面と内側には多大な魔法陣が刻まれており、クリサとアケビはギョッとする。

「編集作業が中々に大変でな。本物を元に無駄を省いた複製品を製作した」

「「…?」」

「いくつかあったやつを全解体して要素を抽出、必要な部分だけ再設置しつつ、綻びが生まれないように調整したんだ。これ中々に好評でな、兄貴と義姉貴、親父が欲しがるものだから合計三つも製作させられて、…苦労させられたよ」

 やれやれと肩を竦めて見せたモミジに、二人は遠い目をしていた。

 映像記録の魔導具というのは非常に不安定で、複数の魔導具を同時に設置して、その中で最も質の良い物を成功品として扱うの基本なのだが。モミジはより良い部分だけ的確に抽出し、綺麗な映像の連続を編み出してしまったのだ。

 モミジ以外でも出来なくない技術だが、あまりの手間に誰もやろうとしない事をサラッとやってのけたのは、単に【解体屋モミジ】だからであろう。

「とりあえず映写の魔導具を持ってこようか」

「よろしく」

「悪いな、愛の巣に邪魔しちまって」

「愛の巣って…。研究を見にこれからも足を運ぶんだろうし、気にしなくていいよ」

「それでも結婚をしてから暫くは遠慮しとくさ。…んで何時結婚するんだ?」

「来年の頭に。秋の三日月が今年中に解散だって話しだからね」

「へぇー、あの気の良い三人が」

「寄る年波には勝てないってさ。私は冒険者に席を置きつつ、晴れて研究に打ち込めるというものだよ」

「くくっ、結婚の式にはモミジの姿で赴いてやるから楽しみにしておけ」

「大変なことになりそうだね…」

 くつくつと笑いながら友人の幸福を喜んでいれば、アケビが魔導具を手に部屋へと戻ってきて、三人で特別園遊会の映像を鑑賞する。

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