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一二話 切歯扼腕 其之三

 数日が経った早朝、音無時午前5時。モミジは人通りのなくなったバレイショ区に降り立ち、姿を変えて不寝飲屋ねずのみやへと足を向ける。

 白い息を吐きながら、防寒具の袖に両手を突っ込み走っていけば、身綺麗なシャクナゲと顔を合わせた。

「おお、クラバ殿か。今日はお早いな!」

「今日はヤナギと遠駆けに行く予定でな」

「そうであったか。時間に余裕があれば一歩の手合わせを願いたかったが、遊びに出るのなら仕方ない。楽しんで参られよ」

「おう、そうするわ。また今度稽古を頼む」

「任された!うおおおお!!」

 剣事ととなると妙に賑やかしくなるシャクナゲを見送り、モミジも再び走る。

(…、アレ近所迷惑ってやつなんじゃ…)

 振り返ると建物の窓帳が開かれ始めいた。


 不寝飲屋の前に辿り着くと魔導二輪原動機に腰掛けるヤナギの姿があり、側車には簡単な荷物が積み込まれている。

「悪い、待たせたか?」

「いえ、大丈夫ですよ。クラバを待たせないよう早めに準備していただけですので」

「そいつは良かった。そいじゃ俺も出すかな」

 銅脈者扉どうみゃくもんぴの収められている魔導二輪や安全帽、防寒用の手袋を取り出したモミジは、出立できるよう準備を進めていく。

 百舌崎もずざき重工の魔導二輪『晴好せいこう』。昨年の誕生日にヒノキから贈られた、モミジの愛車であり、非舗装路や岩場、礫地などを得意とする走破性の高い車両で、軍用車両としての採用も検討されているとか。

 さて、そんな愛車は小忠実こまめに手入れがされているようで、新車同然の綺麗さを保っており、お気に入り具合がよくわかる。

「本当に綺麗な車体を保っていますね。試しで色々と走ったのでしょう?」

「普段使いはしていないってのもあるが、汚れる度に拭いて綺麗にしてやってるからな」

「魔導二輪好きとしては喜ばしい限りです」

 微笑みを向けていれば防寒具の着用が終わって、モミジは魔導二輪に跨る。

「案内、頼むわ」

「お任せください。では」

 と二人は魔導二輪で寒々した空気を切り裂く。


 バレイショ区から走り始め、所々で休憩を入れていけば、昼前に目的地へ到着することが出来た。場所はオオゼリ市の丘を登った頂上地点、都陽前を一望、とまではいかないものの、それなりに見晴らしのいい景色が広がっている。

「結構いい見晴らしだな。オオゼリ市ってことは…あの辺りにある街が大断層関連の冒険街か」

「ですね。あの近辺は如何物出やすく危険なので近付かない方が良いとのことです」

「最近は吹螺貝の設置も進んで、警報なんかが出るんだし。それに気をつければちょっと見てくることは出来そうだがな」

「懲りていませんね…」

「別に自分から入ったわけじゃないからな」

 二年前の行方不明、アレで断層に懲りるわけもないモミジに呆れる風もなく、側車に置かれた弁当を取り出し、昼食の準備をするヤナギ。

「如何物ってのは今の魔晶魔導具文明社会に於いてはなくちゃならない重要物資でもある。勿論、断層内に自生しているのも確かだが、消費される魔晶の四分40パーセントは如何物頼り」

「そんなに頼っているのですか」

「昨年の調べだ。…だが、…如何物っては危険なもんだし、如何物被害で命を失う龍人は、冒険者非冒険者に限らずそれなりに多い」

「…。」

 それには水蛇が魔晶を手に入れるため、繁殖の餌として龍人を食わせている分も含まれ、ヤナギはそれ理解し顔を顰めるb

「もっと、如何物への対策を徹底し、被害を減らして国土を多く使えるようになればいいと思っているんだ。……そんな都合よくはいかないだろうが、志は高く持ちたくてな」

「立派、ですね」

「だから人の業とは思えん行いをする水蛇は確実に潰すし、如何物対策に必要な魔導具の開発には協力したいし、実際の冒険者たちは働く現場を見ておきたい。我ながら強欲だ」

「……。」

「なあヤナギ」

「はい」

「俺はさ、水蛇をぶっ潰した後でもお前とこうして遠駆けに出かけたいし、お前の作る食事を食べたいと思っている。最近は落ち着いているみたいだから、今言わせてもらう。……そろそろ殺しを終えて、奴らを警察や軍に引き渡さないか。罪に問われる前に」

「ハトムギが甘っちょろいと言ってましたよ」

「知っている」

「奴らを引き渡しても、死罪は逃れられません」

「だが、死ぬ間際に改心することは出来る。より良い天冥へと昇る権利があると思うんだ」

「本気で、仰有っているのですか?」

「本気だよ」

 ヤナギが腰に佩いた魔導銃、それを抜き取り自身に向けられようとモミジは微動だにせず、憐れむような悲しみの表情を露わにした。

「これまでは復讐の権利、その範囲内だと言い張ることが出来たが、……もう暴れすぎている。ここらで一旦冷静にならないか?」

「私は!後ろで糸を引く者のせいで、仲間を手に掛けたのですよ!!今更止まれるものですか!!?」

「復習をそそのかした俺が言うのもなんだが、一旦熱を冷ませということだ。何事もやりすぎ―――」

「それは!!止まれって意味なんです!!」

 魔導銃を恐れる事無く歩み寄ってきたモミジは、自身を本来の姿に戻して銃口に額を付ける。

「なにをッ」

「まだ頭を冷やせる段階にいることを教えてやりたくってな。どうする?新しく増えた仲間も撃ってでも復讐劇を続けるか?」

 引き金に震える指を掛けようとしたヤナギであったが、苦しく悔しい表情で銃口を下げて膝をつく。

「悪いなヤナギ。お前を苦しめたくはなかったんだが…、今からする話しは冷静に聞いてほしかったんだ」

「なんの、話しですか?」

「とある情報筋から黒幕、いや後ろ盾として資金提供や軍務局、警察局へ妨害を仕掛け水蛇が動きやすい場作りをしている人物を割り出すことができた。ま、お前の仇だな」

「ハトムギはそんなこと」

「言葉を、噂を集めて束ねる鳩の情報ではなく、金の流れと文字を読み解くことで情報を得る狼からの情報だ。それでも二年掛かったが」

「…………、それで誰なんですか」

「俺の姉。スモモ=樋五つちのご、嫁ぐ前の名はスモモ=砥利とり枝天してんだ。…腹違いとはいえ実の姉がこんな事をしているとは思いたくなかったのだが…、悲しいかな拘束するのに必要な情報が揃っちまった。アレのこと、嫌いではあるが家族とおもっていたんだ…はぁ…」

 どこか物悲しい表情をしたモミジに、ヤナギの頭は僅かに冷静さを取り戻す。

「…襲撃をするのですか?」

「流石に樋五家へ、俺等が襲撃を仕掛けたら間違いなく処刑だ。俺は正体を明かせばどうにでも出来るが、兄貴の権威は地に落ちる」

「では何故明かしたのですか?」

「相手の出方次第ではあるが、身柄の確保を行う際の突入作戦、その陽前軍に一時的な席を用意できる」

「!」

「ただし、スモモを殺害することは出来ない。相手は重要人物であり王族の一人、…黒幕であったとしても処刑することすら叶わん」

「釈放には…なりませんよね?」

「一生涯を監獄に幽閉されるが、何不自由無い生活を送れるだろう。簡単な話し、ヤナギの復讐は成功しないことになる」

「……成る程、私を冷静にさせた理由を理解できました。ただその話を聞かされていたら、間違いなく魔導二輪を走らせていたでしょう。…いや、今からでも走り出したいですか」

「残ってくれて嬉しいよ。それでどうする、俺の伝手を使って復讐に終止符を打つか、袂を分かって一人で歩むか」

 モミジは左手を差し出し握手を求める。ヤナギが左手に持った銃を手放さなくては握り返せない左手で。

「クラバは私よりも年下なのに子供とは思えませんね…」

「まだまだ子供さ、俺は」

「そういうところですよ」

 ふっ、と笑みを零したヤナギは魔導銃を腰に納め、モミジの左手を握る。

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