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一四話 『水蛇事件』 其之一

 東の空が明るくなり始め陽光を待ち望む夜明け前、モミジは小翼竜の姿で空を舞い、樋五つちのご屋敷の上空をくるりと回る。

(夜間と比べると警備の人が減っている?警戒の山場が越えたということか、不用心だな)

 翼を閉じてくるりと回転すれば、事情を知っているヒイラギたちが頷いて待機状態になる。モミジの変身能力を知っているのは、三人のみなので彼らも変に触れずに魔法障壁が解かれるのを待つ。

 明白あからさまに強固な魔法障壁を前に、「モエギ=みどり魔法師はどうやって潜入を?」と疑問を浮かべる陽前軍人たちだが、上官であるヒイラギから詮索しないよう命令を出されてしまえば突っ込むことは出来ず、固唾を呑んで屋敷の様子を窺うのみ。

(そいじゃ、行くかね)

 モミジは限界まで小翼竜の姿で近づいてから、姿をほんの小さな蜥蜴とかげに変えて腹部に有る飛膜を伸ばす。『姫飛蜥蜴ひめとびとかげ』、南方のやや暖かい気候に住まう、親指程の体躯をした極小の蜥蜴で、捕食者に追われると腹部の飛膜を広げて滑空することで知られている。

 するりと魔法障壁を通り抜けたモミジは、身体を小翼竜へと戻して冷え切った体温を温める。今の一瞬で身体が冷え切ってしまった為、休息が必要となるのだ。

(はぁぁぁ、寒さむ〜…)

 扠、モミジが何故障壁をすり抜けることが出来たのかといえば、魔法障壁の特性を悪用したに過ぎない。

 基本的な魔法障壁というのは、「動き、大きさ、魔力」を条件に特定の入り口以外からの侵入を試みられた場合それらを阻み、陣を仕込んでいれば他に知らせることも出来る魔法だ。

 故にモミジは大きさを最小限に、動きの小さな滑空で落ち葉が紛れ込む風を装って入り込む事に成功した。…そうなると疑問に思えるのは魔力条件だが、これらは戦闘用目的の障壁に使われることが多く、燃費が悪劣化するので無視することができる。

 事実、王城の要所に張られている障壁も魔力検知は行われていない。

(よし、行くか)

 休憩を終えたモミジは障壁の起点となる魔法陣が設置されていると思しき場所に飛び進み、警備の二人を見つけると人の姿へ変身して。

(『あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』)

 飛び掛かりと同時に封印魔法を小声で詠唱し、二人を封印してみせた。

(気持ち悪い魔力だ)

 事前準備の無い接触を行う生体封印は、ほぼ確実に魔力が交わり、…その度に拒絶が起こる。

(さあさ、さっさと障壁を解除しないと。この辺りのはずだが……、あった。…ふむ、魔晶投入型の障壁展開魔法。単純な強度補強と持続性の強化を行っていると。…要塞かなにかかよ、魔力感知がなくてよかったわ)

 仙眼鏡せんがんきょうを展開したモミジは魔方陣の仕様を詳らかにしていき、口端を吊り上げた。

(複数箇所からの魔力循環、それを断ち切ることで警報が鳴る“古典的”で強固な仕組みか。これくらいなら寧ろ楽まであるな)

 警報の魔法陣と地中で繋がっている魔力の循環を絶たないよう障壁の根幹に封印魔法を施し、循環する魔力量が変わらないよう小細工を行えば、静かな早朝のまま魔法障壁に大穴が開く。

(元々不可視の障壁、仙眼鏡を使っても見えないが。くくっ、問題ないな)

 モエギの掛ける色の入った眼鏡に魔力を流すと、魔力の有無が視認でき上手く行ったことを理解する。そのまま封印された警備二人を庭陰に隠しては、小翼竜の姿でヒイラギたちの許へと戻っていく。


(魔法障壁に大穴を開けてきたぞ)

(有難う御座います。では陽前軍ひのまえぐん守護連隊しゅごれんたい芯鉄臨時分隊しんてつりんじぶんたい、突入します。目的は樋五家の両夫婦の拘束確保。当人らと子供以外の拘束は手段を問いません、動くことが出来ない状態を“拘束”とします)

((はっ!))

(行動開始)

 ヒイラギの部下たちは部分的な、要所の保護や身体能力強化を目的とした魔導鎧を展開し、武具を手に突入を開始する。

 先ずは刀持ちの前衛、彼らは一目散に屋敷の防護壁へと近づいていは、複数人で音を立てずに壁を切り裂き、一人が銅脈者扉どうみゃくもんぴで破片を回収し突入口を完成させた。

(ほほう見事な手際。成る程、軍人か)

(嫌な顔をするなシャクナゲ)

(呵々。)

 五人一組を作り動き始めた軍人たちを追うようにモミジたち三人も行動を開始する。

 一組は正門の確保を。二組が周囲の警備を拘束する為に動き、残りが屋敷の制圧に向かう。

(それではモ、エギ=翠さんは独自にお動き下さい、別の目的がお有りなのでしょう?)

(…ん?特別何も言い渡されていないから同行するぞ、変に戦力を欠く必要はないだろう)

(もしかして、先の障壁解除でお仕事は終わりなのですか…?)

(まあそうなるが。…血気盛んなのもいるから、回れ右は出来ないな)

 ヒイラギはヤナギとシャクナゲを目にしてから、どっと疲れた表情を露わに三人を突入組へ組み込む。

(変に人員を増やして、動きを阻害するのは得策ではありませんので、そちらは三人一組、本来より二人少ない状態でお願いします。必要に応じて逃げ去って下さい。本作戦に於いて、協力者の敵前逃亡は認められております故)

(領解した)

 先に突入した組の様子を伺えば、閃光を放つ魔道具が使用され、戦闘が開始された事を理解する。

「行くか」

「…はい」「腕がなる」

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