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一四話 『水蛇事件』 其之二

 陽前軍人、それも練度の高い分隊は中々に強力なもので、瞬く間に屋敷を制圧していった。

(なんで私が分隊長をやらされているんだろう…。…いや、秘密を知っているから、というのは確定か)

 実のところ有望株に実戦経験を積ませたいという、上層部の育成方針でも有るのだが、オオバコとイヌマキあたりからそれとなく推薦されていたのも事実。

 いずれの陽前軍高官として期待されているヒイラギは、状況を整理しつつ陣頭指揮を行う。

 そんな中で異彩を放っているのは、前衛三人で立ち回るモミジ御一行、翠組。シャクナゲの単純戦力を起点に、モミジが周囲へと妨害を撒き、ヤナギが詰めていく。

「我々の手で世界を正しき姿に!!」

「大将、ありゃ自爆特攻だ」

「自爆特攻!?『聖園』!」

 モミジが急ぎ全周を覆う魔法障壁を展開すると、水蛇の構成員。いや狂信者は障壁へ取り付き、内側から破裂する。べちゃん、と肉や臓器、骨などが辺りに散乱し、顔を引き攣らせていれば焦点の合わない狂信者たちが姿を見せて走り出す。

「なんで事前に言わないんだよ!」

「いやまさか、こんなにいるとは思わなんだ。前にヤナギと襲撃を掛けた時は一人しか居らず、それ以降見掛けんかった故」

「昨年の、モエギが忙しくしている時期でしたので、つい報告を忘れてしまいました。申し訳ないです」

「過ぎたことはしょうがないが、ッ!厄介が過ぎる!『おれの鎖は払われた、おれは浮き滑る者、無量天星ほしのおよぐうみ』」

 杖を取り出したモミジは魔法障壁を消すと同時に重力魔法を操り、狂信者の一団を宙に浮かせ。

「『母の子守歌、聖園しょうえん』」

 魔法障壁で囲い、その内で自爆させる。宙に浮いた障壁の内部には血液の海が出来上がり、肉片が泳いで骨が沈む。

 解除してしまえば当たりは血みどろの大海が出来上がってしまうので、周囲の家財等を巻き込む覚悟で重力に圧を掛けて消し去ると、屋敷の壁と屋根の一部まで巻き込んでしまい、三人も僅かに吸い込まれそうになった。

「室内でやることじゃねえな」

「吸い込まれたらどうなるんですか?」

「塵になるな」

「…。」

「…、彼方此方で爆発音が聞こえてくる、水蛇も本格的に動き出してきたか」

「然し不気――」

 不気味と唇を動かし終わる前に視界の端から火球が飛来し、モミジの障壁を打ち抜いてヤナギに命中。崩壊した壁を越えて吹き飛ばされていった。

「ヤナギ!」

「大丈夫、とは言い難いですが、…何とかします」

 外から声が響いたと思えば、刃打ち音が響き渡り戦闘が開始されていることが窺える。

「顔見知り二人とは、なんとも最悪な」

「おや、ヘビノネゴザ殿。中々に久しい邂逅かいこうだ」

「裏切り者がぬけぬけと…」

「呵々《かか》。しかし然し、ヘビノネゴザ殿一人では当方一人ですら届かぬと思うのだが?」

「うっざ。もう一人、吹き飛ばされたのが此処に居れくれれば楽だったが、…何とかなるだろうよ」

「右!」

「あいわかった」

 モミジが言葉を放つと同時、シャクナゲの側面から透明な何かが一歩踏み込み、彼は対応すく刃を振るう。すると甲高い刃打ち音が響き渡って、男が姿を現す。

「最悪だ…、失敗しくじるとはな」

「感知されるなんて聞いてませんよ」

「俺も知らん」

 二人の視線はモミジへ向けられ、憎々しい感情が籠もっていた。

「まあ最悪な組み合わせだが、アレの対策も十分伝えてあるだろ。ワクラバの枢軸たる封印魔法を使う化け物の片割れ、厄介な王弟の臣下は確実に潰せ」

「領解です」

(乱戦は億劫だ、ヘビノネゴザは任せるぞ)

(任されい)

 二人の視線が合わさった瞬間、シャクナゲはヘビノネゴザへ斬り掛かり、モミジは一目散にきびすを返す。


 火球を受け外へ投げ出されたヤナギは、衣服に燃え移っている火を水の魔法で消し去りながら、目下に待ち構えていた男の攻撃を妨害するため左手に握られている魔導銃を撃ち放つ。

 集弾性能低い霰弾銃撃は避けられてしまったが、着地から構えへ移るだけの時間は用意でき、迫りくる一撃を受け止めることに成功した。

「なんだ…金髪色眼鏡でも黒髪蒼眼でも、ヘビノシャクシとかいうのでもない、ただの一般人か。はぁー、おもんな」

 打刀よりも長い、騎馬戦で用いる野太刀に近い刀を振り回す青年は、興味なさ気に溜息を吐き出しながら悪態をつく。

「…、」

 重そうな野太刀を軽々と振るう怪力に圧倒されそうになりながらも、隙を見て短刀を振り大腿部を切り裂く。

「ちょこまか煩い蝿だなッ!」

「うはっ!?」

 確かに一撃入れ、骨まで見えるほど切り裂いたのだが、相手は気にする風もなくヤナギを蹴り飛ばした。

「たかだか一般人が動き回った所で、僕には敵わないんだからさっさと死んじゃってよ!他のと戦いたいんだからさァ!」

 切り裂かれた大腿部は血液が流出した後と切り裂かれた衣服を残して、既に傷口が塞がっており、呼吸を整えるヤナギは顔を顰める。

「誰のせいで、こんな事をしていると思っているんですか。貴方達が何でも屋『水蛇』に関わらなければ、私は此処に居ずに済んでいたのに」

「あん?あー…、水蛇の関係者か?ききっ、ぶっ殺された復讐ってか?ざぁーんねん!僕たちは殺してませーん、どっかの誰かが勝手に始末しちゃいました〜」

「…、」

「だけど可哀想だよね、彼らが慕ってた店長も。何処へ旅に出たか知らないけど、信じてた部下たちは僕らの罠に掛かって経営を傾け、自分たちで銀の鳥を使うまでの愚か者になってたんだから。あぁ〜、最初から愚かだったのかな?きひゃひゃっ」

 下品な哄笑をする相手に怒りの感情を隆起させるヤナギだが、好き勝手に暴れてしまってはモミジに愛想を尽かされると思考を冷やす。

「で、キミは彼らのお友達ぃ?」

「そんなところです。親しくしていたのですが、…残念極まりない」

「残念?」

「テメェを微塵切りに出来ないことが、ですよ」

「だろうね、キミじゃ僕には敵わないんだから。きひ」

(アレは重要な情報を持っている構成員、目標は捕縛。手段は…)

 銃身と銃床を切り詰めた霰弾魔導銃に魔晶弾を装填し、相手に狙いを定める。

「無駄無駄、無駄なんだよね。僕は無敵なんだから」

「無敵だって言うならこそ、こちらが取れる手段もあるのですよ。死なないでくださいよ、友人に怒られてしまいますので」

 カチッと引き金に力を込めようとした瞬間、野太刀持ちは右へと飛び退きヤナギへと距離を詰める可く、軸足で地面を蹴る。

 対するヤナギは引き金から指を離しては、相手を見失わないよう注意をはらいながら駆け出し、広い間合いの横薙ぎを跳んで回避、銃口を改めて相手へ向けた。

(逃げる。先の一撃で痛みを感じている風は有りませんでしたが、攻撃を喰らうのは嫌なご様子で。……、空宙からの初撃も避けていましたし、実際は無敵ではないのでしょうから、)

 怪力と間合いの化け物の懐へ潜り込むのは難しく、頭抜けた身体能力で魔導銃の照準は合わない。だが、一進一退の攻防を繰広げる内に、野太刀持ちの頬には汗が伝う。

「弱いですね。シャクナゲなんかと比べれば力任せなだけの、お猿さんと変わりません」

「そう、いうのは!倒してから言うもんだろうが!」

「そうですね。」

「――ッ!?」

 パキッと耳に届く音、そして思ったように動かない身体に、野太刀持ちは眼球を回して自身の肉体を確かめると、木の根の様な形状をした氷が脚へ腰へ伝い登ってきていた。

「ハッタリなんです、これ」

「何が、!?」

「後生ですから教えてあげます。猪突猛進な貴方が来そうな地点へ、無詠唱で氷の種を仕掛けました。一度だけでは効果の薄い魔法ですがね、二度三度、それ以上踏みつければ。…この有り様。ご清聴有難う御座いました」

(クラバや、…ヤナギなんかと手を合わせていれば、この程度は問題ありません。…無敵を自称しているとはいえ、凍結弾を対人目的で使うのは気が引けました、種を仕掛けているのにも気が付かない阿呆でよかったです)

 装填されていた魔晶弾を取り出そうとすると、野太刀持ちの氷像が震え氷片を落とす。

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