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一四話 『水蛇事件』 其之三

(後ろにいんのは変色蜥蜴へんしょくとかげ野郎か。…反応できてた俺を追ってくるとは、馬鹿なのか自信家なのか)

 モミジは目に見えず、非常に脆い魔法障壁を無数に展開し、砕かれることで警報とする運用を行っていた。狭い屋内、急な奇襲に備える為の魔法なのだが、随分な大物が釣れてしまったようで。

「とりあえず、『龍装騎兵ドラゴニックドラグーン其始式マーク・プリミティブ造装顕現ぞうそうけんげん!』」

 全身を魔導鎧で覆ったモミジは杖をしまい、針尾雨燕はりおあまつばめの柄に手を乗せて相手を迎え立つ。魔導鎧の展開とヘビノネゴザから聞いていた構えを見た相手は、フーッと息を吐き出し透明となる。

(消えた。詠唱も無しに完全透明になれる魔法なんぞ聞いたこともないから、魔導具か先史理外遺産。ならば)

「『仙眼鏡』」

 クリサが発明した多機能仙眼鏡強化魔導具を用いて、相手の名前と魔力を露わにする。

 魔力だけでは大まかな位置しかわからず、魔力の宿っていない刀は視認不可。然し、先の奇襲で打刀であると情報を拾っていたので、男爵流派だんしゃくりゅうは、シャクナゲの太刀筋を思い出す。

「『爆刀ばっとう』」

 魔力爆発を鞘の内で引き起こし、勢いを付与した抜刀剣術は、本来であれば相手の脇腹から入り柔らかな臓腑を抜け、温かな血飛沫を放っているはずだったのだが、相手の刃を受け止めるだけに留めていた。

「受け止めるか、アズマザサ=健李けんり

「なっ!?私のこと、ぐあっ!?」

 本名を呼ばれた事で驚いたアズマザサは、モミジからの蹴りを受けて床を転がる。

「健李家の御子息が碌でもない宗教団体に入っているとは、驚きだよ。…まあ樋五つちのご家と懇意にしていた気もするから当然か」

「何者ですか、って!?そちらから話し掛けておいて、こちらが話そうとしている最中に攻撃しないでください!」

「煩ぇ」

「ちょっ!?」

 容赦なく剣撃を繰り出し、距離を置かれれば魔導銃を取り出し遠慮なく引き金を引く。

「戦作法がない人ですね!」

 息を吐き出すと同時姿を消し、後ろへ回り込んだアズマザサだが、軽々と攻撃は回避され顔面を殴られる。

「戦なんぞ七〇〇年一度もなかったろ、作法なんてあってたまるか。…奇襲が成功しなかったら案外弱いもんだな」

「弱い、?この私が?……、こんな物を使っているからいけないんです」

 透明化するための道具なのだろう。アズマザサは首飾りを外すと衣嚢に放り込み、剣先を僅かに下げた構えを行う。

「いいのか?姑息に隠れて不意打ちしないと勝てないから、ちゃんちゃら可笑おかしい道具を使うんだろ」

「異端流派の分際で!!」

 剣先を高く掲げる構えと力強い踏み込み、男爵流派にして隙を晒しすぎている太刀筋へ、モミジは魔導銃をぶっ放した。

 振り下ろしで魔力弾を切り落とし、次の踏み込みと同時に刃を返した斬り上げ。剣の位置がアズマザサの右手側に流されている事を考えると逆袈裟斬ぎゃくけさぎりであろう。

(シャクナゲ程ではないが、こいつには勢いがある。こういった勢いってのは、)

「自分の流れを作ってきて面倒なんだ」

 魔導銃を蔵い、刀を鞘に納めたモミジが抜刀剣術の構えを取るも、アズマザサはお構い無しに突撃し、刃を振るうと刀身が透明になって消え去った。

(成る程、中々の食わせ物。打刀の刀身は大体二尺四寸72センチ前後だが、こういう使い方をするなら幾らか長い得物を使用する筈)

 最低限の動作で避けきれるだけの距離を下がるも、顎先の魔導鎧が切り裂かれ魔力となって消える。

 刀が振り上げられれば胴への防御がガラ空きになるわけで、モミジは至近距離まで踏み込み鐓でアズマザサの鳩尾みぞおちを打つ。

「ぐはっ!?」

 大きく身体が逸れて二歩三歩下がると、モミジはアズマザサの胴へ手を付けて口を開く。

「『汎ゆるを閉ざせ、―――」

 封印処理を施そうと試みた瞬間、右側面に展開されていた感知用の障壁が砕かれ、対処しようと視線を向けるも何もなく、透明な何かに頭を強く殴られ吹き飛ばされ、使用人服を纏った女が姿を現す。

「大丈夫ですか坊ちゃま?!」

「余計な、お世話です…」

「はぁ…、さっさと持ち場の処理が出来て良かったです。現在此処にいる相手は守護連隊の精鋭、他は崩れ始めているので、止めを刺してから撤退しましょう」

 崩れて覆いかぶさっていた家具を除けて出てきたのは、少年態のモミジで身体がふらつき力が入らないために転倒する。

「めんどうなのが、ふえたな…」

(魔法陣に集中出来ない、これは拙い…、)

「少、年?」

「あ?」

 モミジは自身の手の大きさを確かめてから、変身が解けていることを悟り、急ぎ仮面で顔を覆う。

「だから、なんだよ。みずへびは…ろうじんでも、ガキでも、イカモノにくわせてたろ…。……はぁ、いまさらコロせないってか?」

「なにを、言って」

「あ?みずへびはイカモノのはんしょくに、ひとをくわせてるだろ。……ガキのシタイもあった、すっとぼけるなよ!!」

「聞いてはいけません坊ちゃま。アレは我々の崇高なる世界を崩さんとする悪しき言葉、処理を終えて撤退いたしましょう」

「はぁん?自分たちの組織の活動も知らないとは、くくっ捨て駒か。哀れだな」

(時間は稼げた。杖なしの無詠唱は無理だが、)

「煩いですよ!!」

 一歩踏み出した女の動きに合わせ、モミジは透籠を用いて彼らの真後ろへと瞬間移動すると。

「相手も透明化を!?でもあの様子では!!」

 勢いよく手に持った槌を振り下ろし、モミジのいた場所を粉砕するのだが手応えはない。移動したと思しき場所へと槌を振り回す女だが、視線がアズマザサの後ろへ向いた瞬間に、杖を構えたモミジがいて。

「『汎ゆるを閉ざせ、封臥印』」

 アズマザサを封印してみせた。

「人質は取れた。俺が一言、魔法名を詠唱すれば、アズマザサ=建李を肉塊に変えることも出来るが、どうする?」

「下衆が!!」

「どっちが下衆だよ、異端宗教団体の狂信者さんよ」

「異端!?我々が!?」

「…、いや当たり前だろうに…。今までしてきたことを考えれば、異端も異端の大悪党だって」

「これだから、何も知らぬガキは…!我々は大崩壊で滅びず、生き残ってしまった全ての龍人を天冥に送り、正しき世界を取り戻す為、行動しているのですよ!」

「それで老若男女を如何物の餌にしていると?…ならば、アズマザサ=建李が今此処で肉塊になっても問題ないということだな。『宝包」

「待て!!」

「あん?」

「その方には水蛇での役割があり、死なれては困るのです」

「そりゃ叶わねえよ。此処で肉塊になるか、拘束されて裁判に掛けられるかの二択なんだからな」

(よし、無詠唱も行ける。こいつを人質に取ったのは正解だったな。『聖園』で包んで銅脈者扉に放り込めば生き物でも大丈夫、その後にあの女を潰せば問題ないな)

 杖を蔵い姿を金髪色眼鏡に変え、相手の意表を突いたモミジであるが、窓の外に見えた巨人に驚き、女も釣られて視線を移しては眉を曇らせる。

「あんの馬鹿男、」

「如何物かっ?!」

(ですが、利用できますね)

 女は手に持っていた槌を窓に、巨人へ向かって投げれば見事命中。

 角の一部を圧し折っては怒り狂い、視線をモミジたちのいる部屋へと拳を捩じ込まれ、アズマザサを庇いながら障壁を展開すると。

「坊ちゃまは回収させていただきます。…それではお気をつけて死んでくださいませ」

 女はモミジへ危害を加えることなく一礼し、透明になって消え去った。

「クッソ!何なんだよ!まったく!」

 拳を引き抜いた穴から外へ出て、体長三間5,4メートルはあろう巨人を見上げてみると、頭部に角、腰部からは尻尾、間違いなく龍人族であることが窺えるのだが、…あまりにも大きすぎる。

「クラバ!?」

「ヤナギか!なんだコイツは!?」

「わかりませんが、氷の魔法で凍結させ拘束した相手が途端に大きくっ、なり!暴れ回っているのです」

「凍結弾は?」

「駄目です、大きすぎますね」

「次から次へと面倒な…。ヤナギ、今後の為にもコイツは生かして確保したい、協力してくれるか?」

「お任せを」

「ならとりあえず、手足を落として動けなくするぞ!」

「はいっ!…ただ、これ再生能力もあるっぽくて、どうしましょ、っと!あっぶな」

 振り下ろされた拳を寸前で躱し、短刀で斬りつけるも血を幾らか吹き出すばかりで、傷口は塞がってしまった。

「厄介な…」

 拘束すると言ってしまった以上、撤回するのも罰が悪いと蓮根弾倉式霰弾銃『遊蛍あそびほたる』を取り出し狙いを定める。

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