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一四話 『水蛇事件』 其之四

「扠、当方を楽しませてくれ、ヘビノネゴザ殿」

「…。」

 服の袖から小さな球を取り出したヘビノネゴザはそれをシャクナゲへ投げ付け起爆する。人体をどうこうする事が出来るほどの威力はないが、ばら撒かれる煙幕が視界を奪う。

 短杖を手に煙の動きを見たヘビノネゴザは、大凡の当たりをつけて火球を発射するも、それらは尽く切り裂かれシャクナゲが飛び出してくる。

「呵々《かか》。手緩いな!」

 近づこうと踏み込んだ瞬間、シャクナゲの視界は僅かに光を反射する糸を捉え、勢いを殺しながら刀を振るい糸を切り、鉄の鏃の弾幕を形成した。

(引っかかんねえし、隙も潰された。一番最悪なやつが裏切るとは、な!)

 移動しながら短刀を振るい、自身に迫りくる無数の鏃を切り落とし、距離を詰めようと見せかけて火球を放つと、シャクナゲは一歩下がり躱そうとする。

(糸が)

 踵に感じるは僅かな違和感に、視線を向ければ先程まではなかった数本の糸を踏んでおり、回避は中断して火球を切払う。

 具合を確かめるように足を動かそうとするのだが、いつの間にか糸が絡まり足を取られ、関心の色を露わにした。

「ほう。中々に見られぬ手品。これは如何に」

 面白がっていればヘビノネゴザの火球に加えて、側面から魔力弾が飛来。鞘で火球を撃ち落とし、魔力弾の弾道を刀の腹で反らすのであった。

「…バケモンかよ」

「化け物とは非道ひどい言い様。当方は天冥へと帰るべく剣の道を極め、天冥へ送ってくれる相手を探し求める、徒人ただびとよ」

「最悪な徒人ばけもんだ。さっさと死んでくれ」

「生憎と、御主ら二人では足りぬ故な。男爵流派だんしゃくりゅうは七耀鋼路ななようはがねみち真技しんぎ厳中之釘がんちゅうのくぎ』、髑髏さらされこうべ

「きゃあ!」

 モミジ流な詠唱をしたシャクナゲは床に向かって刀を差し、ヘビノネゴザへ狙いを定めると、先程魔力弾が飛来した方向から女の悲鳴が響く。

「チッ」

「…、よくも、」

 腹部から血を垂れ流し、一歩二歩と歩み寄ってきたのは魔導銃を構えた、中年の女。

「首を落とした心算つもりだったのだが…。どうにも当方、本番には弱い緊張しい性格のようだ」

 肩を竦めるシャクナゲに激怒した女は、魔導銃引き金を引くも命中するはずの魔力弾は全て受け流されてしまった。

「こうなったら!」

「おい!?チッ、最悪すぎる!どいつもこいつも!」

 女が鳥型の魔導具を自身の首に刺すと、ヘビノネゴザは大慌てで煙幕を撒き姿を消して、シャクナゲは首を傾げて刀を正面に構える。

 すると女は人のものとは思えない声と、身体の節々から骨が捻れ折れるような音を響かせ、身体の形状を変えていく。

 それは四本腕と八本の脚を持つ、半人半蜘蛛の化け物であった。

「ほほう。当方よりも水蛇の方が化け物だと思うのだが、まあ良い。こちらも試したい、クラバ殿風に言えば新技がある。楽しませてもらうとしよう」

 満麺の笑みを浮かべたシャクナゲは、刀を鞘に納めてはモミジのような抜刀剣術の構えを取り、一度深呼吸を行う。

「すぅー、はぁー…。亡名流むめいりゅう抜刀剣術ばっとうけんじゅつのならい玉石同裁ぎょくせきどうさい』、襖開ふすまびらき

 抜刀剣術の模倣を繰り出せばチリっと異音が耳に届き、シャクナゲは恍惚に満ちた表情を露わにする。

(当方にもこの剣術を極める素質があるとはな、呵々!)

 いつの間にか真っ二つに切り裂かれていた半人半蜘蛛の化け物など眼中にないシャクナゲだが、モミジの為に一応のこと情報集めるため死骸を漁っていく。

(子供の描いた絵?それと銀の鳥に似た魔道具、こちらが本命であろう。軍に回収される前に一つ二つちょろまか、いや拝借しよう)

「……然し、イカ臭くなってしまったな」

 この男シャクナゲ、刀を扱いて性欲までシゴいてしまった変態である。

「こういう時、水の魔法を使えれば…。まあいい、ヘビノネゴザ殿を追うとしよう」


 引き金から魔導板を伝って蓮根弾倉に収まる魔晶弾へ魔力が伝わり、魔力弾を形成し一七分割、対象目掛けて飛来し巨人の足を粉砕する。

「ヤナギ!凍らせろ!」

「承知しました!『氷が芽吹け、種凍しゅとう』」

 大急ぎで近付いたヤナギは再生する傷口へ氷の種を仕込み、急ぎ起爆する。すると内側から氷の茨が突き出し、傷口の再生が遅れ巨人が転倒した。

(これでも)(再生しますか…)(だが!)(緒は見えたました!)

「後は反撃の手段を奪うぞ」

「ええ!」

 二人は巨人の四肢をもぎ取って氷漬けにし。

「『あまねくを覆い、あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』『安寧の揺り籠、慈母の子守歌、聖園しょうえん』。はぁぁあ!馬鹿がよ!」

 氷漬けにし、生体封印を施し、魔法障壁で巨人を固く覆ったモミジは、彼を銅脈者扉どうみゃくもんぴしまい悪態をつく。

「未だ終わりではありませんが、お疲れ様です。はぁ…はぁ…」

「よっとっと、そちらも終わったようだな!」

 屋敷に空いた穴からシャクナゲが飛び出し合流する。

「シャクナゲか。そっちはどうだった?」

「ヘビノネゴザ殿には逃げられてしまったが、一人は討つことが出来た。それに」

 袖の内から鳥の魔道具を取り出しては見せつける。

「それは?」

「これを用いて化け物に変化してな、軍に回収される前に借りてきたのよ」

「返す予定は?」

「勿論、ない」

「…というか、なんか臭くないですか…?」

「色々とあってな!呵々」

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