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一四話 『水蛇事件』 其之一〇

 モミジとザクロが王城の区域を爆走していけば、離宮の手前にて二間3.6メートルにもなる異形の如何物喰らいを連れたスモモを発見する。

「今日!三度目だなクソ女!!」

「全く…くどいですよ、愚弟!!」

 如何物をけしかけるもモミジとザクロの魔法によって瞬く間に倒されてしまい、スモモは仮面の下で顔を顰め杖で地面を突く。

「ザクロ、援護を頼む。あいつはなんとしても止めないとならん」

「領解した!」

 魔導二輪から降りたモミジは全力で駆け抜け鞘を回し抜刀剣術で斬り上げるも、真っ白い杖で受け止められてクルリと受け流された。スモモは反撃に移ろうとするのだが、攻撃する隙を潰すようにザクロが鉛球を射出し牽制を行う。

「態々王太子が出てくるとは愚かですね」

「この国を守るのが、王族の役割だろっての!」

 スモモの視線がザクロへ向いた瞬間、尾で地面を打って体制を整え、脇を締めて相手の手首を狙う。

 カン!。手首に命中はしたものの、服を切り裂いた先にあるのは無数の黒光りする鱗で、キンカンと似たような状態にあるのだと察する。

(仮面で顔を隠しているのは…、チッ。何処に鱗がない?何処なら有効打になる?人龍になった際の弱点を思い浮かべろ)

 振り下ろした刀を両手持ちに切り替え、ザクロの打ち出す鉛球の軌道と混じらないよう足を回し、背面から膝裏を狙う。

「甘いですね」

「グッ」

 攻撃の初っ端は杖での横薙ぎに潰され、代わりに繰り出される杖先の刺突は寸前の所で叩き落とした。

(防御した以上、膝裏の鱗は薄いのだろう。……瞳と身体の回転で視線を巡らせている、…ということは首は確実に堅い)

 モミジから距離を置くように、ザクロからの魔法を叩き落として下がるスモモの実力は如何物化の強化を除いても高く、二人は焦りを露わにした。

「子供二人、中々侮れませんね」

「余裕ぶってなにを言ってやがる」

(あの声、モミジを愚弟と言っていた事を加味すると、スモモ叔母。どういうことなんだ、後で説明しろよモミジ)

 一度刀を鞘へ納め、抜刀剣術の構えを取れば、スモモはわかりやすく警戒の色を露わにする。

「俺の手の内は知ってんだろ?」

「ええ。知っていますよ。『亡名流抜刀剣術』、この国には存在しない独自剣術、きっと断層を越えた先にある無数の星々に存在するのでしょうね」

「…。」

「星の緒に関して何か知っているのではなくって?」

 蛇の仮面を外したスモモの顔の殆どが鱗で覆われ、蛇のような瞳が双眸に収まっている。

 「星のいとぐちから始まりし儂らの連鎖、何時終わるものかね」、何時ぞやの鈴を鳴らす剣聖の言葉を思い出しては、溜息を吐き出す。

「俺が知りたいくらいだ、なんなんだよ星の緒って」

「使えませんね…。星の緒というのは、星と星が交わらない為の自己防衛手段。それを殺めることで異なる星と交わり、歪みが産まれて断層や迷宮、だんじょんという異物を形成し始めるのです。フフ、そして長い時を経てそれらは星を侵食し、崩壊へと導く。はぁ…本来であればこの星も滅び、我々も全て消えさて散るはずですのに、何の因果か再び繁栄してしまった。故に私たちは正しき世界へと舵を戻そうと尽力しています。おわかりかしら、愚弟モミジ?」

「余計にわからなくなったわ」

「その程度、でしょうね」

 刀の柄と手の間に透籠を仕込んだモミジは力強く握り転移。然しながら手の内は把握されているのか、転移距離限界よりも離れられており、一度姿を現さなければならない。

(透籠。あくまで透明化ではなく瞬間移動、視界にいないということ、そして向いていた方向を辿れば)

 僅かに持ち上げた杖に力を込め、後方にいるモミジへ刺突を繰り出せば確かな手応えがあり、呻き声も聞こえてくる。

「うぐ、くくっ」

 笑い声と共に。

 嫌な予感がしたスモモが振り返ると、脇腹に刺さった杖を力強く握っているモミジがおり。

「『封臥印』!」

「させませんよ、『披鍵』!くっ!?そうだった!」

 魔法殺し。僅かに魔法陣が見えさえすれば、そこに封印を施しての展開妨害が行われる。咄嗟に行った行動の無意味さに気付いた時には、機能が封印されており、引き抜こうとしたのだがモミジは固く握っては魔導銃を取り出して霰弾を放つ。

「逃さねえよ。ザクロ!」

 人の頭ほど有りそうな金属の塊を生成したザクロは、スモモ目掛けて射出して胴体へ見事に命中させた。

 その勢いでモミジの脇腹から杖が抜け、ぼたぼたと血液が流れ出す。

「騒ぎを聞きつけて軍人も来た、終わりだよ」

「終わりなものですか、私は世界を正しき姿に戻さねばならないのです!…!まさか、ははっ天は私に味方しましたよ!」

「何を…?」

 腹を押さえ片膝を突いてスモモを見れば、封印したはずの杖がモミジの血を吸って色を赤く染め、杖頭が開花するかの如く展開した。

「待っていたのです、この瞬間を!まさか、血液が鍵だとは!!」

 咲き誇った杖は宙に浮き、杖自身が封印を解いて内側から枝を伸ばし形状を変える。

 先ず出来上がったのは骨格、四本脚で長い首と尻尾を持つ異形。

 次いで筋肉と肉が形成され、皮が被っていった。

 体高が一〇間18メートル体長一四間25メートル、身体の大半が長い長い首で占められている、恐竜太古原初の竜が現れた。

「なん、だ!?コイツは!?おい!スモモ!!」

「これが星の緒、じゃないかしら?さあ葬られた恨み晴らすといい!!」

(こんなの倒せるかよ!?せめてザクロだけでも逃さねえと!)

「ザクロ逃げろ!!」

「…。」

 恐怖からか、身体を硬直させたザクロの耳にモミジの言葉が届くことはなく、ただただ巨体を見上げるのみ。

 走り出そうと踏み込んだモミジだが、脇腹からの出血と激痛で思うように動けず、地面を転がり顔を顰めながらも魔導銃を放つが、強靭な体皮に傷を付けることも出来ず弾かれた。

(このままじゃ王城全体がまずいだろ!腹に穴が空いたくらいで!)

 パチパチっと視界が明るみ、銀の瞳が熱くなる。

(まさか、…――もういい、解決できるんなら俺の身体でも使ってみせろ亡者共!!)

 それは、…異形の龍。モミジの持つ魂、その幹であり根であり、枝を葉を生む存在。大きさは二町220メートルで無数の脚と八つの目が輝く、龍というのは悍ましい巨躯。

 数億数十億、いやそれ以上の時をひっそりと自由に生きた異形の龍は、ふわりと身体を中に浮かべ、首の長い恐竜へ無数の瞳を向ける。

 お互いに攻撃するでもなく見つけ合っていれば、首の長い恐竜は一度声を上げた後に、頭を下ろし近くの樹木を食べ始め、…二体の身体は光の粒となり次第に消えていく。

 まるで白昼夢かと思うほど、綺麗さっぱり消え去った。

(何が、起きたのですか!?杖から形成されたのは間違いなく先史文明時代に滅ぼされたという古代竜、もう一匹の化け物は何?モミジから現れたようにも見えましたが…、)

 先程、モミジが転んでいた所へ視線を向けるのだが、そこには血溜まりが広がっているだけで本人はおらず、「拙い」と周囲を探るのだが空を飛ぶ小さな翼竜がいる程度。

 王家の誰一人として討つことが出来なかったスモモは、忸怩じくじたる思いのまま別の真っ白な杖を取り出して逃げ去ろうとするが、ザクロが魔導銃の引き金を引き杖を弾き飛ばした。

「逃がすか!!」

「小癪なッ!―――!?」

「『遍くを覆い、汎ゆるを閉ざせ、封臥印』!」

 小翼竜の姿で奇襲を仕掛けたモミジは、本来の姿に戻ってからスモモへ接触、生体封印を施して地面を転がっていく。

「モミジ!?大丈夫か!!、血が!!」

 血相を変えてモミジに走り寄るザクロだが、失血で真っ青な顔をした彼を見て慌てふためく。

「死にそう、…止血してくれ」

「どうやったらいい!?」

「…、分からん。軍人にでも…聞いてくれ」

 朦朧もうろうとする意識の中、今にも泣きそうなザクロの頬を撫で、守り切ることの出来た離宮へ目を向ければ、…モミジが今、一番見られたくない相手と視線が合ってしまい、苦笑いをして瞳を閉じた。

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