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一五話 冬来たりなば春遠からじ 其之一

 天竜歴てんりゅうれき六八〇年、三冬節さんとうせつ一四日。

 早朝から繰り広げられた都陽前中央全区で発生した水蛇の無差別攻撃事件は、翌日まで持ち越されることがなく軍務局及び冒険者組合、警察局、有志の国民によって沈静化した。

 後に『水蛇事件みずへびじけん』と呼ばれる本件は、多くの被害を出しながらも最低限の被害だったと語られる。

 とはいえ、方々で建物は倒壊し舗装道は破茶滅茶。地下道に関しては大規模な整備が必要となり、復興に向けた予算の調整にヒノキや議会員たちが頭を抱えることとなった。

 更に頭を抱えないと行けない問題として、主犯が王族のスモモであるという点だ。秘匿すれば王家への不満は間違いなく溜まり、何れ鉾を掲げられてしまう。かといって素直に発表してしまえば王威が弱まり、更なる騒乱を生みかねない。

 議会では様々な意見が飛び交ったものの、『主犯が樋五家である』と噂が広まり始め、泣く泣く発表。賛否はあるが、対応の速さと枝天王家が蓄えを放出し復興に当たったことが評価され、持ちこたえることが出来たのだとか。

 尤も、今回の事件解決に尽力したとある人龍が、ザクロと協力関係にあるという噂広がった結果でもあったりする。

 ザクロ自身は「なんとなく通じ合えた」「陽前を救うため龍神が遣いを送ったのだろう」と適当を嘯いていたのだとか。まあ真実を語ることなど出来ようはずもないので仕方ない。


「はぁ…、」

 重傷を追って治療を受けていたモミジは、鏡を見つめて溜息を吐き出す。

 二年前に尾先が白変し切断するかしないかという事態に陥ったかと思えば、今回は片方の角が折れ、もう片方も襤褸々々。基本的に角や鱗、尾といった龍の徴を誇りとする為、経緯がどうあれ恥ずべき姿として扱われる。

(いっそのこと取れてしまえば楽なんだが………、おっ?ぐらぐらしてるし落ちるか?)

 半ばで折れ短くなった角を掴み左右に動かしてみれば、やや安定感が低く力を加えれば抜けそうな具合。

「よーし、いっせーのー、せっ!」

 力任せに引っ張ればモミジの角は頭部を離れてモミジの手に収まっている。

「……ちと痛かったな」

 自然に落角らっかくするのとは異なり早期で取った為、若干の痛みを伴いモミジは目に涙を浮かべていた。龍人の角は平均三年に一度落角し生え変わるのだが、前回生え変わってから一年半しか経っていないので、痛いし出血するしで良いことは全く無い。

 寝台から立ち上がり、小棚から軟膏を取り出し塗布すると傷口に染みて更に顔をしかめる結果となった。

(見た目を気にする俺ではないが…、周期がズレて左右不揃いになるのは嫌だ。…覚悟を決めろ)

 もう片方は先の角よりはしっかりと頭部に付いているので、ただの力任せでは首骨を痛めてしまう。角に紐を縛り付け、手頃な柱と繋いでは、顎を引き首を押さえて頭を振る。

「ぎあっ!!い、っったぁ…、ぃぃぃぃぃっ」

 カランカランと角は床に落ち、モミジは暫くうずくまって気分を落ち着けてから止血し軟膏を塗布とふした。

 「因みに角を一時的に切る」という行為は陽枝族に於いて忌み嫌われるので選択肢にはない。誇りである角は手入れを怠らず、疵のない綺麗な状態を維持してこそ、名誉ある陽枝族なのだ。

 抜けた角を小机に置き、簡単に身体を動かしていれば腹の虫が鳴き始めたので、朝食を求めて部屋を出る。

「あぁー!なんで部屋を出てるの!?って角も無いじゃない!!」

「おはよう、サクラ。今日も元気だな」

「おはよモミジ。…って返答になってない!」

「もう八日も部屋に籠もってたんだ、そろそろ身体を動かさんと根っこが生えちまう。天気も良いし後で散歩に出よう」

「傷口はどうなの?」

「もう何度も見せたろ」

 衣服を持ち上げて腹部を見せれば、傷跡は一つ残されているだけで完全に塞がっている。王城に常勤している医官総出で治療に当たったのだ、もうなんら問題ない。昨日に医官から、簡単な運動の許可も取り付けている。

「じゃあお散歩にいきましょ。無理のない範囲でね」

「引率は任せるよ」

 二人が階段を下っていくと、居間にはシズカがおり食事を私室へ運ぶ準備をしており、モミジと顔を合わせると配膳へと切り替えた。

「お早う御座いますモミジ殿下。お身体の調子は如何でしょうか?」

「問題ない。流石王城付きの医官たちだ。…褒状でも認めよう」

「喜ぶと思いますよ。…して角は?」

「そうよ、角が生え変わるには早いんじゃない?」

「引っこ抜いた。そっちのが色々と楽だろう?」

「「……。」」

 病み上がりなのに無茶をするモミジに二人は口を尖らせ、過ぎたことを言っても仕方ないと諦めた。

「生え始めるまでは私が角痕の処理を致します故、ご自身で弄るのはお止め下さい」

「任せるよ」

 椅子に腰掛け、サクラと共に配膳が終わるのを待っていれば、机の端にはいくつかの書簡が積まれており、簡単に目を通すとクリサからの手紙を発見した。

 封を切り中身を改めていれば、モミジの体調を心配する文言、彼らが無事に研究所に戻れたという報告、そして救助した少年が無事親元へ戻ったという報告が書き連ねられている。特に体調を心配する部分は、アケビも筆を走らせていたようで中々に読み応えがあり、くすりと笑みを零す。

「誰からの手紙?」

「サクラとミモザに光の魔法を教えてくれた冒険者がいたろ?」

「クリサンセマム先生ね」

「そう。クリサが俺を心配して手紙を送ってくれたんだ、婚約者と一緒にな」

「教え方が分かりやすくて優しい先生だったし、モミジと縁があるなら相手には困らなそう」

「婚約者以外眼中にないから、断るのが大変だとぼやいていたな。くくっ」

 綺麗に折りたためば丁度配膳が終わり、二人は箸を取って食事を始める。

「今のモミジはあんまり交友関係を持とうとしてないけど、学園に行くようになれば色んな女の子に囲まれちゃうと思うの」

「サクラが俺の隣に立つんだろ?」

「……。」

 黙りこくったサクラは一度頷いて、静々と食事を再開する。

 餅米を混ぜた食感の良い白米に、かぶ油揚あぶらあげの御御御付おみおつけ、出汁を用いたしょっぱめな卵焼き、鰤大根ぶりだいこんの小皿、満足のゆく朝餉に舌鼓を打った。


 サクラに付き添われモミジは砂糖楓宮さとうかえでのみや付近を散歩する。

 離れの付近は警備の軍人やモミジの世話をする城仕え、サクラ等を除き近付くことを良しとしない風潮がある。…不審者がいれば即捕縛されるというのも原因では有るが。

 そんなこんなで人目を気にすることなく呑気に散歩をし、簡単な運動を終えれば離れへと戻って椅子に腰を下ろす。

「問題なさそうね」

「魔法様々だ」

 机に積み上げられた書簡の中から送り主がイヌマキの物を手に取り中身を検めると、モミジが捕縛した構成員の身体とキンカンの遺骸が如何物しており、キンカンに関しては魔晶が採取されたという報告が上がっている。

「何が書いてあるの?」

「小言。今回の件で多くの構成員を取り逃がしてしまったからな、もっと上手くやれただろうってさ」

「イヌマキ叔父様ってモミジには手厳しいのね。コムギには甘々なお父さんなのに」

「娘と異母弟じゃあなあ」

 スモモは黙秘を続けており、白い杖に関する調査も始まるまで時間が掛かるらしい。

(残党の処理には骨が折れそうだな。…一旦落ち着いたら皆の様子も見に行って、白い杖に関しては俺の方でも調査しよう。欠片は手に入ったし)

 サクラとシズカから見えない位置で白い欠片を銅脈者扉から取り出して、軽く眺めてから蔵う。これを提供してきたのはイヌマキで、彼なりに何かしらの算段があるのだろう。

「まだ婚約の発表もしてないのに耳聡い…」

「誰から?」

八弓はゆみ商連の会長している爺さんと、その息子の現当主。態々分けて送ってくるなんてな」

「発表をしていないからこそ、発表を取り持ちたいと必死なのでしょう」

「俺は二奏鈴にそうりん家を主軸にと考えているんだが」

「有難う御座います。ですが勢いのある八弓ですから、無下には扱わないほうが宜しいでしょうね」

「二つの家を呼んで話し合うか…。双方の静止役にシズカとアケビを配置して、…何とかなるか」

「お父様は?」

「暫く忙しいから気軽に呼べんよ。俺が出来ることは俺が請け負う、兄貴の力になってやらないとな」

「二奏鈴の当主には此方から連絡を致します」

「任せた」

 すらすらと話しを進める姿を見て、サクラはモミジに父ヒノキ姿を重ねていた。

「お父様みたいになってきたわね」

「なんだ、嬉しいことを言ってくれるな」

「私に手伝えることはある?」

「くくっ、あるぞ」

「何!?」

「手紙の代筆だ。俺とサクラの仲が良好だということを表せるし、『王女殿下がしっかりと本件に関わっている』と相手に圧を掛けられる。協力してくれるか?」

「まっかせて!ふふん、私ね、字の綺麗さには自信があるのよ!」

「頼りになるじゃないか。ならば八弓家当主の方を任せる、内容で行き詰まったら俺とシズカ相談するようにな」

「うん!」

 やる気になったサクラの為に、文を認める道具を準備して二人は筆を走らせた。

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