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一五話 冬来たりなば春遠からじ 其之二

 明くる日。モミジがバレイショ区の裏通りへと足を運ぶと、表通りと裏通りには補修の跡が目立っており、目を丸くして周囲の者へと尋ねる。

「先日の事件で、この辺は被害が大きかったのか?!」

「物的被害はそこそこだったけど、裏通りの溝鼠どぶねずみなんちゅう人達が尽力してくれて、人死はなかったんだよ。…お兄さんの知り合いでもいるんか?」

「おう、それなりにな」

「ならお兄さんが無事だって知らせるためにも行ってやりなさんな。家が住めなくなった人は、公会堂で生活してるみたいだし、そこをあたってもええ」

「領解、ありがとな!」

「ほいよぉ」

 通行人に礼を言い裏通りへと急ぐと、普段は物乞いを演じている溝鼠の面々や、裏通り中の住人が建材を運んだり忙しなく働いており、モミジを見つけると表情を明るくする。

「おっ、クラバじゃないか!お前さんも無事だったみたいだね!」「おや、角が無くなっとるの」「クラバちゃーん、元気してた〜?」

「はぁー、よかったー。人死は無いって聞いていたがアレだけの事件だ、酷く荒れているんじゃないかと心配したんだ」

「ウチらにはナギナタガヤがいて、溝鼠が尽力してくれたからね。冒険者組合様々だよ」

「ホント、良かったわ。…これ、差し入れなんだけど」

「おお!いつもありがとな!怪我した連中を中心に配ってくわ!」

「そうしてくれ」

 態々遠出をし、被害のなかった中央全区外から購入してきた物資を銅脈者扉か取り出して、裏通りの者へ渡せば感謝の言葉が返ってきて、照れくさそうに不寝飲屋へ向かう。

 似たような会話を繰り返し店舗に入れば、中では炊き出しの準備がなされており、料理の出来る面々は忙しなく働いている。

「おあ!おめも無事だったか!って角が無くなってまあ…」

「折れたから取っちまった。…積もる話もあるが、なんか手伝うぞ」

「じゃあ材料の運搬を頼む」

「あいよ」

 倉庫で物資を銅脈者扉へ納めては運搬を行い暫く手伝っていれば、被害者たちへの炊き出しは終わり一息つく。

「屋敷以降姿を見せず、重傷を負ったと新聞屋で知った時は驚かされましたよ。本当に良かった…」

「悪い悪い、本当に彼方此方飛び回って忙しくてさ。治療が終わった後も姪っ子が離れてくれなくて、顔を見せられなかったんだ」

「体調は宜しいのですか?」

「完治だよ完治」

 薄っすらと涙を浮かべるヤナギに苦笑いを浮かべ、タガヤたちの姿を見ても怪我らしいものはなく、他のものが言う通り切り抜けられたのだと確信する。

「被害はどんだけだ?」

「戦闘で発生した建物への被害が主だな。溝鼠はシャクナゲのお陰である程度地力がついているから、如何物だろうと狂信者連中だろうと一捻りよ」

「呵々。照れるな」

「ハトムギは?」

「工房街の建て直しだとよ。向こうは陽前軍と件の集団が打ち当たったから被害もそこそこ、忙しそうにしてる」

「工房街へ復興支援は優先度が高い、直ぐに顔を見れるだろうな」

(八弓研究所へ早々戻れたのは、俺が魔法障壁を展開していて被害が少なかった、ということだろうか。…今行って姿を見られると面倒だし日を置いて訪ねるか)

「ハトムギはどちらかといえば…」「認可を取っていない品々の隠蔽に走っているのでしょうね」

「あー…」

 呆れ顔のモミジは二人の言葉に納得する。

「そいじゃ先日の報酬なんだが、二人はコレと金子のどっちが良い?」

 コレ、と取り出したのは身分証。

「『オオシロヤナギ=霞林かりん』『シャクナゲ=味有楽みうら』。これを受け取ったら、今まで存在したお前たちの過去は無くなり、新たに陽前国民として生きていくこととなる。過去の洗浄だな」

「法的に立場的に良いのか?」

「ああ。近縁の家に移し名称を変えて洗浄する、ってのはよくあるんだよ」

「成る程。ふむ……悩む」

 腕を組んで唸るシャクナゲにモミジは目を丸くする。

「以外だな、シャクナゲは要らんと突っぱねられると思っていたんだが」

「名を捨て、ふらふらと根無し草をした結果だ。身分証を持っていて損はない」

「へぇー。ヤナギはどうする?」

「そう、ですね。…墓を建てて弔ってからでも良いでしょうか?捨てるわけではなく、切り替えるための準備をしたいのです」

「いいぞ。待っててやる」

「有難う御座います」

 憑き物が落ちたヤナギの表情に、モミジは安堵しながら身分証を蔵う。

「当方は今受け取ろう。クラバ殿が当方を下す、その日までは、陽前で暮らさねばならんのだからな」

「ほいよ。家名は雑に付けちゃったが問題ないか?」

「構わぬぞ」

 両手で身分証を受け取ったシャクナゲは、額にそれを当ててから懐へ収め一礼をした。

「そうだ、ヤナギとシャクナゲは屋敷を探索したのだろう?何かしら情報なんかは拾えたか?」

「残念ながら今まで得た情報以上は。…無駄骨でしたよ」

「…、子供は居なかったか?齢八つ七つの」

「それらしい方は見つけられず…、狂信者が残っていた程度でしたね」

「そうか」

 元より期待していなかったモミジだが、現地の探索をした二人の言葉を信じて、甥っ子姪っ子の生存を諦めた。

「悪いな、ヤナギ。残党はいるが…主犯たるスモモを拘束し終わらせちまって」

「…。自分が関わりたかったという気持ちはあります、然し解決したのならそれで良いのですよ。これからは償いも兼ねて、未来を生きる子供たちが道を踏み外さないよう支援を行いながら前へ進みます」

「支援?」

「バレイショ区の孤児院に寄付を始めたんだって」

「ええ。…残党狩りは続けますがね」

「領解。俺も余裕ができたら加わるとするから、無茶と殺人はするなよ」

「勿論です。クラバから頂いた新たな名を汚すわけにはいきませんので」

「大切にしてもらわんとな。…よしっ、俺は帰るかな」

「おう。次は何時頃来れそうだ?」

「暫くは忙しいから、…二春節にしゅんせつくらい」

「達者でな」

「おう、お前たちもな」

 モミジは窓を開け小翼竜の姿へ変身し、空へと消えていった。

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