見慣れた街並みのようでしたが、あの男が統治していたよりも目に見えて活気にあふれているようでした。
「そこの果物飴のお店美味しいのですよ?」
「お金は頂いておりますので、食べてみてはいかがですか?」
「ゼスティックさんは、いただかないので?」
「護衛ですから」
「そうですか……」
内心しょんぼりしつつ、果物飴屋さんへ近づきます。
「すみません」
「はいは……⁈ アイリスお嬢様⁈ お帰りになったのですか⁈」
「いえ、招待されてきました。私はレイオス様の妻ですから」
「ですが、旦那様の姿は無い感じで……何か手練れに見える爺様が護衛に一人……」
「旦那様は姿を見せると周りに迷惑がかかると言うことでリーゼン伯爵様達と会話をしていると思われます」
「ま、まぁ確かに。英雄伯爵、黒炎伯爵……色々名前があるとおり、平民の私等からすると畏怖対象だからね」
「そういうわけで、護衛の方と街を巡っているのです、苺飴一つ下さいな」
「そういうことなら、はいよ」
苺をくしに刺して、飴でコーティングしたものが出されます。
私は髪を耳にかけて口にします。
パリッとした食感と、じゅわっとした果汁がなんともたまらないです。
「美味しい、ここに居た時よりも美味しくなっていますね。お母様が統治していた頃の味が近いかと」
「ええ、今の領主様は農業への力の入れようが凄いですから、後防衛の為の費用に回すのも」
「……本当ごめんなさい」
「いいえ‼ アイリスお嬢様の所為じゃありませんよ‼ あの無能子爵と後妻連中が悪いんですから全部」
「でも、貴方達を無駄に長く苦しめてしまった」
「それはアイリスお嬢様も同じでしょう?」
果物飴屋の主人はそう言って私に笑いかけます。
「アイリス様、幸せですか?」
「え、ええ。とても幸せよ」
「ならそんな顔をしないで下さい、アイリス様はお母様が亡くなられてから私達の為に尽力してくださったのですから」
「……」
「だから笑ってください、街の皆は貴方が幸せなのかどうか心配していたのですから」
「……有り難う、じゃあリンゴ飴を二つ貰えるかしら、私と旦那様用に」
「はいよ!」
そう言ってリンゴ飴を作って貰いマジックバックの中に放り込みました。
これでべたつく心配も、溶ける心配もありません。
「毒などは入ってないようですね、果実も新鮮なものを選んで使っているようで」
ゼスティックさんはおっしゃいました。
「ええ」
毒を入れる理由がないのです、あの主人には、レイオス様の恨みを買ったらひとたまりもないですし、何よりあの方達が働けるように必死にあの男のロクでもない書類を直して統治していた甲斐があります。
「アイリス様、貴方は母君が亡くなった後も、ろくに統治もしない父に代わり領民に寄り添って暮らしていたのですね」
「それしか、あの方々へ報いることができませんでしたから」
「はて、報いるとは?」
私は微笑みました。
「母が亡くなったと聞いたとき領民全員が母の葬儀を手伝い弔ってくれたのです。あの男はそれをしなかった」
「なんという……」
「だから、報いる為に何かしたかったのです」
「アイリス様、貴方は本当に良き御方だ、愛されるのも納得がいきました」
ゼスティックさんはうんうんと頷かれました。
「あの、酒場に行きたいのですが、宜しいですか?」
「酒場、ですか? 荒くれ者が多いと聞きます、大丈夫でしょうか?」
「私、食事の為に酒場に入り浸っていたんです」
「なんと」
驚かれるゼスティックさんに続けます。
「だって、私の分の食事はほとんどありませんでしたから」
と。
酒場に入ると一斉に視線が向けられる。
酔っていた男性達の目がしばらくぼんやりとこちらを見ていたが、目を大きく見開かれた。
「アイリス様! アイリス様じゃねぇか‼」
「ど、ど、どうして此処に⁈」
皆が慌てて私に駆け寄る。
一部は酔いを冷まそうと水を飲んだり、頭から被ったりしている。
私はくすくすと笑って、言いました。
「今の領主様に──リーゼン伯爵様達にお招きいただいたのよ。ただ夫が外に出ると皆が怖がるからリーゼン伯爵様達と会話をしていて、私は希望して街を歩いているの」
男性達や働いている女性人、ご主人まで頭を抱えて。
「やっと相応の立場になれたのですからわざわざこんな酒場に来なくても良いではありませんか! いっちゃあ悪いけど、ここの連中契約の兵士連中ですよ!」
「あら、昔はごろつきだって言ってなかった?」
「そうですけど、今の領主さんが『腕に自信のあるものは兵士として契約する、そしてそれを証明できたなら契約から正規雇用へ変える』って言ってくださって」
「凄いわ、リーゼン伯爵様。私はしたくてもできなかった」
私は遠い目をします。
あの頃の私は力をほとんど持たない小娘でしたから。
「アイリス様の所為じゃないッスよいや本当‼」
「あのろくでなし共のせいっすよ!」
「でも、私はそのろくでなしの一人の血を継いでいるわ」
私は皮肉に言う。
そうだ、あの男の血は私にも流れている。
あの無能の血が。
それが嫌でどれほど勉強してきたことか。
あの男の娘ではなく、母の娘として人々に評価されたかった。
そして評価された時どれほど嬉しかったか。
「アイリス様は、エミリア様の娘です! あのろくでなしの血が入ってないって言いたい位にあのろくでなしには似ていません!」
「そうそう!」
「だからそんな悲しそうな顔をしないでください!」
「……ありがとう、みなさん」
私が頭を下げると、皆大慌てで頭を下げました。
巡るところを巡り、私は領主の屋敷に戻りました。
そして客室に案内されます。
「アイリス、どうだったかな?」
「ええ、皆良くしてくださいました」
「アイリス様の言葉に嘘はございません」
私が言うと、ゼスティックさんはそれを肯定する言葉を出した。
「やっぱり」
「やっぱり?」
リーゼン伯爵様の言葉に首をかしげます。
「統治して最初は結構大変だったけど受け入れて貰えるようになると、アイリス様が心配だという声を上げる領民が増えてね」
「まぁ」
「何せ、魔道侯爵マリオンに誰か知らない奴に結婚させた事しかしらないって言っていたから私が調べて報告したら阿鼻叫喚だった」
「阿鼻叫喚……」
「『アイリス様、殺されてしまったのでは⁈』とか『そんなわけないだろう不吉な事を言うな』とかで大変だったよ」
「何故そこまで……」
「過去の戦争で自分のしたこと思い返してください、レイオスの兄貴は」
「むぅ」
レイオス様は不満そう。
「レイオス様、私はレイオス様と出会えて幸せでしたから、そんな不満そうな顔をなさらないでください」
「アイリス……そうか、それならいい」
レイオス様は私の手を包み込むように握ってくださいました。
「レイオスの兄貴、めっちゃ尻に敷かれてない?」
「それだけ、愛していらっしゃるのでしょう?」
「おいそこ聞こえているぞ」
リーゼン伯爵とラティア伯爵夫人はびくっと体を震わせた。
「おい、そこ聞こえているぞ」
と、レイオス様がおっしゃいました。
お二人が何か話していたようですが、私には聞こえませんでした。
「久しぶりに手合わせするか? 二人がかりでもいいぞ」
「いえいえいえいえ! すみません! すみません!」
「も、申し訳ござません、そ、それだけは!」
二人は必死に謝罪します。
レイオス様は少し怒っているご様子でした。
なのでゼスティックさんに聞きます。
「リーゼン伯爵様とラティア伯爵夫人は何をおっしゃったのですか?」
「そうですな、レイオス様をからかうようにも聞こえた言葉をおっしゃったのですよ」
「はぁ」
命知らずなのでしょうか?
しばらく謝り倒した二人に溜飲を下げたレイオス様がお許しになりました。
「ただ、次は締める」
とおっしゃっていたので次があったら大変でしょう。
「それでは、帰ろうかアイリス」
「ええ」
「では私はこれにて」
ゼスティックさんは姿を消しました。
私達は馬車に乗り、私の故郷を後にしました。
そして屋敷に戻ると、リンゴ飴をカットして仲良く二人で食べました。
母が生きていた頃の懐かしい味がしました──