「スノウさんに薬の補充と、マタニティオイルとかの差し入れをしたいのです」
「それは喜ぶだろう」
「有り難うございます」
そう言っていそいそと出掛ける準備をしていると、チャイムが鳴った。
「誰でしょう?」
「知り合いではないな、この足音」
警戒モードでレイオス様が出て行きました。
「一体誰……」
「申し訳ございませんでした‼」
「……」
出会って早々、謝罪から入られてレイオス様も少し混乱しているご様子。
「私ディオス子爵と申します……このたびは妹が申し訳ございませんでした!」
「妹? つまり貴方は……」
「ルイーズの兄です、現子爵ですが」
「何用だ? 家の爵位が下げられた事への直訴か?」
レイオス様がいつもとは違い、初対面でありながら素で返します。
「違います! これを……! お金では解決できない事は理解できていますが‼」
と言われ、袋にぎっしりつまった金貨を渡された。
「金銭的に余裕はあるのかね?」
「いいえ、余裕はありませんが……妹の被害に遭われた方々に謝罪金として渡して回っています」
「レイオス様」
私が言うと、レイオス様は頷かれました。
「謝罪金は要らぬ、それよりも何故ルイーズは、貴殿の妹はあのような性悪女になったのかをしりたい」
「え……で、ですが」
「賠償金は少しずつだが国から入る、だから要らぬ」
「そういう訳ですのでしまってください、何かの時必要になるかもしれないですので」
「も、申し訳ございません……!」
ディオス様はなんとか返したお金を受け取ってくれました。
そして客室にお招きし、事情を聞くことに。
「両親は女の子を欲しがったのです」
ん?
このパターン聞いた事あるぞ?
「レラと似ているな」
「カイル侯爵様の姉の事ですよね? そうなのですか?」
「ああ『可愛い綺麗な女の子が欲しい』と両親が切望したそうだ」
「おんなじですね、両親も同じように女の子を切望しました。それで産まれたのが妹です、妹の我が儘なら両親はどんなものでも叶えました、私は跡継ぎなのだからと我慢させられましたが」
「なるほど」
「ただ、事件が起きます。妹がもう一人生まれたんです。エリナといいます」
「……」
「妹が生まれた事で自分の我が儘を聞いてくれなくなると危ぶんだルイーズはエリナを殺そうとしました──が、私が未然で防ぎました」
そこまでして、自分の立場を守りたかったのでしょう。
「両親は?」
「その時の両親はルイーズの味方でしたから、祖父母に連絡し、エリナを養子として預けさせました、たまに会いますが、兄弟仲はエリナとは良い方です」
「……」
平民落ちもこれでは仕方ない、同情できない。
「ただその後、王妃様から聞いている暴行罪などの暴露によってルイーズは自棄になっていました。それもそうです、ルイーズは結婚できなかったのにエリナは良縁で別の貴族に嫁いだからです」
「なるほど、見下していた相手が良縁でどこかに嫁いだとなれば姉としてのプライドはずたずただ」
そんなプライドがあったからいじめ……暴行罪なんかをやらかしていたんですよ、そんな物体犬にでも食わせれば良かったのに。
「結果、私の妻の事を聞き、あんな馬鹿げたことをしたと」
「本当に申し訳ございません」
「ディオス子爵、顔を上げていただきたい、貴方はそんな環境でもくさらずに前を向いて領主に、当主になるため努力してきた」
「……」
ディオス様、泣きそうな顔をしている。
「だから、どうかこの事を起こさぬように糧にして、歩んでいただきたい」
「レイオス伯爵様、アイリス伯爵夫人……ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
涙をぼろぼろと流すディオス様にレイオス様がハンカチを渡しました。
しばらく泣いていたディオス様にそのままハンカチを上げて、明るい表情になった彼にお土産を少々お渡しし、お帰り頂きました。
最期まで真面目な方でした。
「真面目な方でしたね」
「真面目すぎる、故に損ばかりしていたのだろう」
「ちょっと、気になりますね」
「念の為連絡先は聞いておいた」
「さすが、レイオス様」
私がそう言うと、レイオス様は少し得意げな顔をなされました。
「では行こうか」
「はい」
ディオス様で時間を少々使ってしまったので侯爵様にレイオス様は既に諸事情で遅れると連絡していらっしゃったようでした。
私は馬車に乗り、レイオス様と侯爵様の屋敷に向かいました。
あっという間につくと、侯爵様がうろうろと歩いていました。
「本当! 遅かったじゃ無いか!」
「仕方なかろう、先日あった事件の関係者がきたんだから」
「ほほぉ、詳しく教えて貰おうか」
「あの、私は先にスノウさんの部屋に向かいますね」
「あ、うん。いいよ」
「こちらです」
執事の方に案内され、スノウさんのお部屋に向かいました──
レイオスとマリオンは客室入り、扉を閉めるとソファーに座りました、
「で、先日の件ってあれか、ガルド侯爵の令嬢ルイーズが
「それだ」
「で、関係者って誰」
「ルイーズの兄だ、責任とってなけなしの財産から賠償金などを配っているようだ」
「うわー、割にあわないの可哀想」
「全くだ、彼はルイーズの事を両親に報告していたが、ルイーズを溺愛していた両親は耳も貸さなかったようだ」
「カイル侯爵の事思い出すねー」
「ああ、だがアレより精神的に参っていた。何せ同じ親元で育てられたのだからな」
「それはキツいねぇ」
マリオンはため息をついた。
「後でアディスと話合うが、その際ディオス子爵の働きによっては爵位を伯爵、もしくは侯爵に戻すよう嘆願する」
「いいね、俺も通話で言っておくよ」
レイオスの提案にマリオンも同意した。
「ところで今何ヶ月目だ?」
「妊娠して五ヶ月目だよ」
「まだ時間がかかりそうだな」
「うん、でも聞いてくれよ! 実は双子だったんだ!」
「そうなのか!」
「嬉しいんだけど、この嬉しさを共有してくれる相手が居なくって」
「悪いが私はまだアイリスとそう言う関係ではない」
「ちょ⁈ お前マジ⁈」
マリオンがドン引きするような顔をした。
「し、仕方ないだろう! アイリスはまだ成長期だ! それにそのお陰でこの間の事件も一発で違うって分かったんだ」
「それでも、ないわー……」
マリオンの発言にレイオスはぐむっと表情を曇らせた。
「失礼します」
「ああ、アイリスさん。いらっしゃい」
「お邪魔します、スノウさん」
膨らんだお腹をさすりながらスノウさんは立っていた。
「座って話しましょうか?」
「ええ」
スノウさんはベッドに座り、私は椅子に座った。
「何か変化は?」
「酸っぱいものをたべたくなったの」
「妊娠あるあるですね……子ども、双子だったりしません?」
「⁈ どうして分かったの⁈」
驚かれるスノウさんに、私は頬をかきながら言いました。
「あれ、妊娠しやすくする薬であり、安全に妊娠できる薬なんですが副作用で双子になる確率が高くなるんですよ、説明せずすみません」
「そうだったの……でも、嬉しいわ。幸せが一つ増えたんだもの」
「ただ、ちょっと負荷が増すのでこちらの薬も一匙分一日一回飲んでください。あ、こっちの薬は無くなりそうだとおもったので補充しました」
「ありがとう、アイリスさん」
「いえ……」
私は頬をぽりぽりとかいていると、ノック音がして侯爵様とレイオス様が入って来ました。
「医師の診断はどうですか?」
「いやはや、類を見ない位良好だって言われたよ! 出産も安産になるんじゃないかといわれているけど……」
「そこまで楽観視しないように医師に言っておいてください、出産時も安全になるような薬とは言え、お産は命がけですから」
「分かっているよ」
「……心配なので定期的に来ますね。レイオス様、ダメですか」
「私は構わない、マリオンお前はどうだ?」
「ありがたいよ、どうかよろしく頼む」
「はい」
私は静かに頷きました。
いつ生まれるか、まだ分からない侯爵様とスノウさんのお子さん。
無事に生まれるのを私は見届けよう。
それが私の役割──