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第52話:王妃との会話~アイリスの傷~




 はやり病の為の万能薬作りが終わり、納品すると王妃様にお礼をいわれ、沢山の金貨を頂きました。

 レイオス様にお渡ししようとすると、

「何かあったときの為に貯金しよう」

 と言われたので、貯金箱に半分、銀行に口座を作って半分入れておくことにしました。

 お母様に作って貰った口座があったのでそれを活用しました、貴族用の銀行だったし、あの男が口座を作っているなんて知らなかったようなのでお金は無事でした。

 レイオス様が同伴して口座に入金しに行くと、銀行の方々は今までは優しく丁寧でしたが、酷く緊張した様子でした。


 やっぱり、レイオス様の評判でしょうか?

 英雄伯爵、ある意味レイオス様にとっては嫌な評判でしょう。


 実際、レイオス様も何か不服そうでしたし。


「露骨に態度を変えられるからいやなのだ」

 帰りの馬車でレイオス様はそうおっしゃいました。

「レイオス様は、レイオス様ですのにね」

「ああ、そうだ。そう言ってくれるのは悪友達と君くらいだ」

 レイオス様は私の手を握ります。

 暖かい手の感触に私は少し落ち着きます。

「さて、問題は解決しそうだから、後は君と、メルト夫人と、スノウ夫人の体調を気にしていればいいかな」

「私の体調は気にしなくても……」

「愛する妻の体調を気にしない程私は薄情ではないよ」

「……」

 少し照れてしまいました。

 愛する妻という言葉は、本当に嬉しいものです。

 まぁ、性行為はまだまだ先になりそうなのが欠点ですが。

 失敗しそうなのをきにしているのか。

 それとも成長が止まるのを気にしているのか。

 きっと両方でしょう。

 多分。

 でも、そんな貴方でも私は愛しましょう。


 屋敷に戻り、お茶とお菓子を口にしてゆっくりしているとチャイムが鳴り、扉が開く音がしました。

「アイリスちゃんありがとー!」

「⁈」

 王妃様が抱きついてこようとしたので私は急いでお菓子とティーカップをテーブルに置きました。

 お陰で服は汚れませんでした。


 良かった。


「レイラ王妃。我が妻はお茶をしていたのが見えなかったのですか? 我が妻がお茶で火傷したらどうしてくれるのです」

 レイオス様は服の事ではなく私の事を気にしてくださいました。

 それが嬉しかったです。

「ご、ごめんなさい」

 王妃様はしゅんとしょげられました。

「で、流行病は良い方向にいったのですね」

「うん! どこの領地でも、流行病の病人は万能薬で治療がされて流行病が沈静化されたのよ!」

「それなら良かったです」

「あら、アイリスちゃん、また成長した?」

「ええ、ここに来てからアイリスは成長を続けています」

「やっぱり、環境が変わったから?」

「でしょうな」

 王妃様の言葉に、レイオス様が静かに頷かれた。


 あの男のところで使用人として暮らしていたとき、食事が取れるのは夜会に出ている時だけだった。

 その時だけ、酒場で栄養のある料理を食べさせて貰えた。

 それが無かったら、体がボロボロになっていただろう。

 毎日飢えと闘っていた事すら、あの連中は見もしなかった。

 私が死んだら隠蔽していただろう。

 ぞっとする。


「もし、アイリスちゃんが死亡したら徹底的に調べるつもりだったわ」

「⁈」

 王妃様が思考を読んでいるような──そうだ、王妃様は思考を読むことができるのでした。

「それで今よりももっと重い罰を与えて死なせてやる」

「王妃様……」

「エミリアの事で、動けていたら良かった。でも、動けなかった。私は王妃だから、特定の個人に好意を寄せるのはダメ、でも、いまはできる。だってアイリスちゃんは、レイオス伯爵の──英雄伯爵の妻だもの」

「王妃様……」

「私、人の心を読めるから特定の者達以外は近寄らないの、でもエミリアは近づいてくれた、そして好意をもって私と仲良くしてくれた、だから──」


「死んだ、と聞いた時思ったわ。きっと殺されたんだと」


 王妃様の言葉は当たっている。

 まともな治療を受けられずにお母様は亡くなったのだから。


「本当は平民落ちじゃなくて処刑したかったけど、そこまでやると個人的な動きとみられるってアディスに言われて、財産没収と平民落ちで我慢したわ」


 王妃様は盛大に舌打ちなされた。


「個人的と言われても処刑しておいたほうが良かったわ、マリオンの領地の件で思ったの」

「領地の件」

「君の血縁上の父親がレラに頼まれて呪いをばらまいた件だよ、領民が呪われただろう?」

「あ……」


 あの男の血を引いていることが酷く忌々しく思えてきた。

 叶うなら、自分の体からあの男の血だけを排除したくなった。


「アイリス」

 そっと手を握られる。

「手首を」

 自分が握っていた部分を見ると、手形ができる程痕が残っていた。

「血縁上の父親のしたことに、酷く嫌になっているのだね」

「ごめんなさい、アイリスちゃん。そこまで貴方を追い詰める言い方をしてしまったなんて……」

「い、いえ」


 王妃様に申し訳ない。

 悪いのはあの女とあの男なのだ。

 いつまでも引きずっている私にも問題があるんだ。


「アイリス、君が悪い訳じゃ無い。自虐行為に走らないで」

「……はい」

 レイオス様は痕が残る手首を撫でました。

 痕は消えていました。

「ごめんなさい、私がうかつだったわ……」

 王妃様が申し訳なさそうな顔をなさっています。

「いいんです……」

 気分が落ち込む。

 今日はちょっと疲れてしまった。

「アイリス、部屋で休んでいなさい」

「はい、レイオス様……」


 レイオス様に促されるまま、私は寝室に向かい、服を着替えてベッドに横になった。

 そして目をつぶり、疲労感からくる眠気に身を委ねた──





「レイラ、あまり我が妻を追い込むな」

「ごめんなさい、怒りのまま喋っていたらつい……」

「アイリスは、母君を救えなかった事を今も悔やんでおり、また血縁上の父親との繋がりがあることが酷く嫌なのだ」

 レイオスがじろりとレイラを睨むと、レイラはしょんぼりとしょげる。

「ごめん……でも、父親はもう外には出られないんでしょう?」

「ああ、鉱山働きをすることになったからな、逃げられないように首輪つきだ」

「それなら良かった」

「それにしても、一体どうすればいいのだろうな」

「アイリスちゃんのこと」

 レイラに言われ、レイオスは頷く。

「ああ、妻の自虐性はどうにもできない」

「お母様の言葉があったら少しでも楽になるかもしれないけど、死んじゃっているし……」

「……いや、案外いけるかもしれない」

「どうする──あ」

「『死者の為の火』を使う。ティアは魂が私の中にあったからできなかったが、そうじゃないアイリスの母君ならできるかもしれない」

「お願いよー! アイリスちゃんにこれ以上鬱屈状態なってほしくないの!」

「任せろ、リーゼン伯爵に連絡を取らねば、領地を訪問するのだから」

 レイオスは白い炎手のひらで燃やし、掴んだ。

「成功させねば、絶対」

 覚悟を決めたように呟いた。





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