目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第53話:亡き母との再会~白い炎~



 何を思ったのか分からないけど、レイオス様が私の故郷、現リーゼン伯爵領へ行くと言い出しました。

 もっと疑問なのは王妃様がそれに同伴するというものでしたが……


 領地に到着すると、リーゼン伯爵様と夫人に挨拶し、そのまま領地の花屋へと移動しました。

「アイリス、君の母君はどの花が好きか覚えているかい?」

「ええ、母が好きなのは──」

 私は淡いピンク色花が咲いている枝を手に取りました。

「このサクラという花です。お母様の墓の所にも飢えましたが……」

「どうなっているか分からない、と?」

 レイオス様の言葉に私はこくりと頷きました。

「今の時期は咲かないんですよ、花屋では魔力調整で咲かせて居るので……」

「では、一本貰っていきましょう」

「はい」

 レイオス様はサクラを一枝購入し、墓所へ向かいました。

 王妃様は、ベールなどで素顔を隠し、侍女の風体で私についてきました。

 若干後が怖いです。



「ここです」

「サクラの木が立派だね」

「そうね」

「はい」

「では、アイリス、少し離れてくれ」

「え、あ、はい」

 レイオス様は墓碑の前で白い炎でサクラの枝を燃やしました。

 そして、それを墓碑に置くと炎は燃え上がり形を取りました。


「お、か、あ、さ、ま?」


 紛れもなく、生前健康だった頃のお母様がそこで微笑んで立っていました。


『アイリス……』


 声も紛れもなく、お母様でした。


「アイリス、大丈夫だ。近づいてもいいよ」

 レイオス様の言葉に、私は母に近づき抱きつきました。

「お母様‼」

『私の可愛いアイリス、よく無事だったわね』

 ぬくもりが伝わってきます。

 涙があふれてぼやけてそれが嫌で余計涙があふれました。

 お母様の顔を見たいのに。

『随分泣き虫になったのね、ごめんなさいね、我慢ばかりさせて』

 お母様を見ると、お母様は手で涙を拭ってくれました。

『レイオス伯爵様、アイリスと会わせてくれてありがとう』

「いえ……」

『マリオン侯爵様に言いたいことがあるけども、今彼は来られないもの』

「言いたいこととは?」

『打算で計画的に私のアイリスを貴方と結婚させた事よ、保護して恋愛結婚にして欲しかったわ』

「それは……私も申し訳ない」

 レイオス様は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「エミリア、久しぶりね」

 ケープを外して、お母様を王妃様は見据えます。

『レイラ王妃! どうしてここに⁈』

「貴方に会いたくてついてきたのよ」

『国王様が怒るんじゃない?』

「いいのよ、エミリア。貴方の死因の原因作ったあの馬鹿に釘を刺してきたから」

『もう……』

 お母様は王妃様の言葉に呆れの言葉を発していました。

「お母様、ごめんなさい。お母様を助けられなくてごめんなさい」

『いいのよ、それは』

「だって……!」

 私が顔を上げると、お母様は優しく微笑んでくださいました。

『あの人との結婚は失敗だったけど、貴方と出会えたことだけは何よりも代えがたい幸福なの、今も』

「お母様……」

『本当はもっとそばで貴方の人生を見てみたかった。貴方の結婚式も直に見たかった、でも貴方が今愛されて生きていると言うことが私にとって何よりも誇りで幸せなの』

「お母様……」

『貴方はどうか、幸せに。私のようには生きないで。あの男のことは忘れて、貴方は私の自慢の娘なのだから』

 お母様はそうおっしゃるとその姿は白くなり、小さな炎になって消えてしまいました。


「……あれは、幻?」

 お母様のぬくもりは確かにあった。

 生前健康だったときよくつけていた香水の香りさえした。

「『死者の為の火』もとい『生者の為の火』を使ったのだ」

 レイオス様は静かに別の花束を母の墓碑に手向けられました。

「あの、白い、炎、ですか?」

「ああ、短い時間だが、死者をこちら側に連れてくることができる、魂がこの世界にない者に限るが……」

「彼岸の彼方ですか」

「ああ、頻繁に使えないのが欠点だ。頻繁に使うと死者の魂を劣化させてしまう」

「……」

 つまり、この一回の為にレイオス様はお母様を呼んだのだ。

 母の口から、私に前を向いて貰う為に。

 自分ではどうにもできない問題だったから。

 ああ、その通りです、レイオス様。

 あの男の事はどうやったって拭い去れない。

 レイオス様では。


 私は贖罪したかった。

 母に謝りたかった。

 そしてあの男の事を否定して欲しかった。

 ごめんなさい、レイオス様。

 ごめんなさい、お母様。


 不出来な妻で、不出来な娘で、ごめんなさい。


 涙があふれて止まらない。

「アイリス、君は不出来な妻でも、不出来な娘でもないよ。立派な私の妻で、エミリア夫人自慢の娘だよ」

 レイオス様がそう言って涙を拭ってくださいました。

「ほんとう、です、か?」

「本当だとも」

「本当よ、アイリスちゃん」

 レイオス様は私を抱きしめてくださり、王妃様は頭を撫でてくれました。

「だからね、あの男の事は金輪際考えないようにしましょう?」

「……はい」


 お母様。

 私はいつまで経ってもお母様の娘です。

 だからありがとうございます。

 抱きしめてくれて、涙を拭ってくれて。

 愛してくれて、愛を語ってくれて。

 ありがとう、お母様。


 リーゼン伯爵様に、挨拶をして、レイオス様が今後お母様の墓の管理をお願いしたそうです。

 頻繁に来られる訳じゃないので、引き受けてくれて有り難かったです。


 屋敷に戻ると、王妃様は「これ以上長居するとアディスに叱られるわ!」と言ってお帰りになりました。

 レイオス様は私の手を握り、


「お腹が空いたろう、食事にしようか」


 と言ってきました。

 私は微笑んで頷き、いつもの食事の時間が始まりました。


 私の倍以上の量をお召し上がりになるレイオス様。

 所作は丁寧で品があります。

 ここに来て最初はマナーに戸惑いましたが、私もレイオス様を真似てお母様のような綺麗なマナーができているのならよかったなぁと思って居ます。


 お母様。

 今もなお、大好きなお母様。

 私は、アイリスは幸せです。

 夫に恵まれ、友人に恵まれ、周囲に恵まれています。

 この恩を多くの人に返しながら、生きて行きたいと思います──





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?