私は定期的にスノウさんとメルト公爵夫人の妊娠の状態を見てきました。
一時期スノウさんの子どもの成長速度が速まりましたが、薬を調整して問題が無い状態になりました。
そして、今日は十ヶ月目──
「失礼します」
「やぁ、アイリスちゃんいらっしゃい! あとレイオスも!」
「私はついで……まぁ事実か」
侯爵様が出迎えてくださいました。
「スノウさんの体調は?」
「医師がいつ生まれてもおかしくないから、産婆達に待機してもらっているよ、部屋で」
「私がお会いしても宜しいですか?」
「もちろんさ!」
私とレイオス様はスノウさんの部屋に案内していただきました。
部屋に入るとスノウさんがベッドの上で横になっています。
私は近づき。
「スノウさん、体調は大丈夫ですか?」
「……ああ、アイリスちゃん、少しだけ辛いけど、本来妊娠した女性はもっと辛いのよね……」
「そう、ですね。妊娠中の苦痛や出産時の苦痛等を取り除く薬でしたから、今日は飲みましたか?」
「ああ……まだだったわ」
「ちゃんと飲んでください」
私はスノウさんがベッド脇の小棚兼テーブルから薬の入った瓶を取り出しました。
そしてスプーンですくい、スノウさんに飲ませます。
スプーンは勿論従者の方に洗って貰います。
「すこし、楽になったわ」
「でも無理はしないでください」
私はそう言って起き上がったスノウさんの手を握りました。
「あーアイリスちゃん、良かったら出産終わるまで泊まって行ってくれない?」
「アイリスが泊まるなら私も泊まるぞ」
侯爵様の言葉に、レイオス様が被せるようにおっしゃいました。
「レイオス様、それでは屋敷に用がある方が……」
「先ほど使い魔に命令して『用のある方はマリオン侯爵の屋敷を訪ねるように』と書き置きを残させておいた」
「レイオス様……」
用意周到といいますか、私に過保護といいますか。
「はいはい、分かった。二人用の客室を用意するから」
「それでいい」
「レイオス様……」
その日は用意された食事を取って普通に寝るだけで特に何もありませんでした。
動きがあったのは二日後の夜。
スノウさんの部屋に向かっていると、侯爵様が飛び出してきました。
「あ、アイリスちゃん!」
「どうしたのですか?」
「スノウが、は、破水した‼」
「……そろそろ来るかもとは予想していましたが」
と思って横を見ると、産婆の方や医師の方がぐったりしています。
何か靄がかかっているように見えて──
私は清め水を吹きかけました。
すると、靄は消え、医師や産婆の方々が起き上がります。
「よかったよー! なんか医師と産婆の人達が動かなくなって──」
「靄が、かかっていました。清め水ではらえたと言うことはなにかあるのでしょう」
「よし、後で徹底調査だ。それより──」
「我が妻が破水した、頼む、其方達が頼りだ!」
侯爵様は口調を変えて医師や産婆さんに指示を出します。
医師や産婆さんはバタバタと動いていきます。
「スノウ……うう、代わってやりたい」
「大丈夫、です……マリオン様」
それから、色々とありましたがなんとか無事に2時間ほどで出産できました。
双子の女の子と男の子でした。
ふぎゃあふぎゃあ
元気な産声が聞こえます。
スノウさんは、産衣に包まれた、我が子達をしっかりと抱きしめています。
「見て、マリオン様……貴方に似て綺麗な赤ちゃん……」
ただ、どこか虚ろな声でした。
「スノウさん、これを」
私は用意していた錠剤をスノウさんに飲ませて、赤ちゃん達を侯爵様にお渡しします。
すると、スノウ様はすぅと眠りに落ちました。
「予想以上に体力を消費していたので、眠らせて回復させる薬を飲ませていただきました」
「よ、よかったぁ……」
「心配なので、私はスノウ様が起きるまでここに居させていただきます」
「それならば私も此処にいよう」
「はい」
「私も!」
レイオス様と侯爵様の三人で待機することにしました。
赤ちゃんは侯爵様が抱きかかえています。
そして夜中。
部屋にぼんやりとした人影が入って来ました。
扉を開けていないので、何なのでしょう、あれは。
レイオス様と侯爵様が臨戦態勢を取ります。
その間、双子ちゃんは私が預かっていました。
『うらやましいぃぃ……わたしだって、しあわせになりたかったぁああ』
聞き覚えがありました。
あの女──レラの声です。
女の形をしたそれは私を見てぎょろりと目を動かしました。
『わたしのれいおすさまとよくもぉおお!』
「俺の子どもと嫁さんの友人になにする気だ。テメェは」
侯爵様はそう言うと、青い火を投げつけました。
『ぎゃああああ‼ あづいあづい‼ きえだぐない‼』
それは──いえ、レラの亡霊は叫びます。
「そのまま魂まで消えろ」
『いやあああああ‼』
亡霊は燃えていき、やがて消えました。
「あ、あの、いま、のは?」
「レラの亡霊だよ。さっきの靄がそうだったんだろう。俺に見えず君とレイオスには見えたから」
侯爵様は淡々と述べます。
「もう出ないだろう、レイオスからお裾分けで貰った浄化の炎で魂が浄化されちまったからな」
「……」
「しかし、なんで私の屋敷にはでなかったのだ」
「そりゃあれだろう、入ったら確定で焼かれるから嫌がらせで俺を選んだんだろう」
「その割には思考が短絡的でしたが」
「この世界への未練と恨みで頭がそればっかりになっていたんだろう」
「はぁ……」
「取りあえず、これで大丈夫そうだから二人は寝てくれ、俺はスノウが起きるまで起きているよ」
「侯爵様、寝なくて大丈夫なのですか?」
「心配してくれるの? ありがとう、でも一週間ぐらいなら寝ず飲まずでいけるから大丈夫だよ、私は」
「は、はぁ……」
「アイリス、もう休もう」
レイオス様に手を握られます。
「は、はい」
私は促されるまま客室に戻り、レイオス様と共に眠りました。
翌日──
「スノウさん、大丈夫ですか?」
「ええ、すっかり。アイリスさんの薬のおかげよ」
出産で疲弊していたスノウさんでしたが薬の効果で翌日には元気になっていました。
「体も軽いわ」
「ええ、でもお風呂には一ヶ月は入らないように」
「分かっているわ」
スノウさんは、赤ん坊二人を抱っこして、微笑んでおられました。
「うっ、私の奥さん、マジ尊い……子ども等も尊い……」
「ところで、お子さんのお名前は?」
「ええ男の子はフレン、女の子はリチアよ」
「良い名前かと」
「ふふ、ありがとう……アイリスさん、本当にありがとう」
「どうしたんですか?」
「私は妊娠を諦めていた、でもそれができた、そして子どもを産んでその子等を抱くことができた、こんなに幸せなことはないわ」
「アイリスちゃん、俺からも礼を言う。ありがとう」
「そんな……私はただ、薬を作っただけですから……」
「それが、二人の願いを叶えさせたんだよ」
「なら……嬉しいです」
私は胸の中に温かい物を抱えながらそう答えました。
スノウさんと侯爵様が幸せなら良いのです。
どうか、お子さんと仲良くしてくださいね。
子育て、頑張ってくださいね。
そんな言葉を二人にかけて私とレイオス様は屋敷に帰りました。