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第59話:赤子を抱き~抱えていた不安~




「三ヶ月というのにここまですくすく育っているんですね」

 人間の赤子なら五ヶ月くらいの大きさの双子を眺めながら私は言う。

 そう言えば、メルト夫人のところも三ヶ月くらいだったはず、まだ一ヶ月経つか立たないか位なのに。


「魔族の血を引いているから成長が早いの、私の母乳もあげているけど、魔力を大量に乳に溜め込む牛のミルクも飲ませて居るわ」

魔牛まぎゅうですよね」

「ええ」

「結構なお値段をした記憶が……」

「マリオン様はこの領地で魔牛の畜産を進めているの」

「それは有り難いですね」

 と言ったが、魔牛ってかなり気が荒くて人の手には負えないのでは?

「魔族の労働階級の人にお願いしているの、飼育は」

「ああ、なるほど」

 納得ができました。

 だから、子どもはあんなに大きく育っているのですね。


 それにしても、むちむちしていて可愛いです。

 なんで赤ちゃんはあんなに可愛いのでしょう?


「あーう」

「だぁ」

「フレン、リチア、どうしたのー?」


 赤ちゃんが寝ているベビーベッドを覗き込みます。

 ふっくらな赤ちゃんは私を見るときょとんとしていましたが、スノウさんをみるとにぱっと笑って手を伸ばしていました。


 スノウさんは赤ちゃん二人を抱っこしてベッドに腰をかけます。

「ふふ、嬉しい重さだわ」

「そうですね」

 幸せそうなスノウさんを見て、良かったと私は思いました。





「マリオン、お前の妻は何なのだ。子どもができてから更に圧がましているぞ」

 レイオスはスノウの変わりように驚いていた。

「あーそれね、母親としてしっかりしないと、っていう考えが出産前後から増してきて、今もう凄いの、馬鹿やると俺も叱られる」

「お前の後ろを歩いていたスノウがな……」

「でもどんなスノウでも俺は好きなのー!」

 客室で叫ぶマリオンを白い目で見るレイオス。

「お前俺の事白い目で見ているけど、お前もアイリスちゃんと契ってアイリスちゃんが妊娠すれば同じになるかもしれないんだぞ?」

「……」

 レイオスの顔が青くなる。

「いや、アイリスだ、あそこまでならない。私も馬鹿をしない」

「どうだかねー」

「なんだと?」

 レイオスは顔を青くしたままマリオンを睨みました。

「アイリスちゃんはほとんど母子家庭で育ったようなもんだ、父親は敵だったしな色んな意味で。そこで子どもを妊娠して父親=敵、と認識されるとそうなるかもよ?」

「‼」

 レイオスはそういう考えもあったかと硬直した。

「私は、彼女を苦しめた父親とは違う!」

「かもしれないけどさー、もしそう思っちゃったらどうしようもねぇだろ?」

「それは、たしかに……」

「そうならないように、今からちゃんと心構えをする必要があるし、アイリスちゃんの迷惑にならないような行動をすべきだぞ」

「……理解はできたが、心から言いたい。お前には言われたくない」

「うるせー!」

 そして殴り合いが始まった。





「あーぶぅ」

「だーぁう」

「よしよし、可愛いね」

「ふふ、ありがとう」

 リチアちゃんの方が人馴れしているというから抱っこさせて貰うと、大人しかった。

 それにしても命の重みはすごい。

 こんなに小さいのに、それでいて命の重さを訴えかけてくるんだから。


「……」


 あの男はこんな私を抱いても何も感じなかったのだろうか。

 それほど冷酷だったのか、あの男は。

 自分の薄っぺらいプライドをお母様と私が踏みにじっていると思ったからこそ無関心になったのだろう。


 ああ、だから馬鹿な継子と継母を愛したんだろう。

 自分のプライドを保てるから。


 なんだか妙に泣けてきた。


「アイリスさん?」

「……あの男を思い出したんです、あの男はこの重みを理解しなかったのかと思うと少し泣けてしまって……」

「あーうぅ」


 リチアちゃんは顔に触ろうとしてきました。

 何故でしょう。


「リチア、涙を拭ってあげたいので、でもその手袋では止めましょう?」


 スノウさんはそう言って私の顔をハンカチで拭いてくださいました。

「すみません……」

「いえ、いいのよ」

 スノウさんは遠い目をして言いました。

「私の両親は私のような者が産まれた途端私を亡き者と扱いました、だから両親はしらないのです。ですが今、我が子達を抱きしめている今、どうして髪や目、肌の色だけであんなに差別できるのか理解ができなくなりました。こんなに愛おしいのに……」

 スノウさんは子どもと私を抱きしめてくれました。

「スノウさん……」

「大丈夫、貴方は自分の子と、夫を愛せるわ。自分の家族全てを愛せるわ」

「……」


 不安を取り除くように言ってくださいました。

 不安だったのです。

 もし契り、子どもができたとき、私はレイオス様への愛を失うのではないかと。

 あれほど私に優しくしてくれた方への愛を忘れてしまうのかと。

 怖かったのです。



「長居したな」

「本当な」


 殴り合っていた侯爵様とレイオス様はスノウさんに直々に説教を受け、そのあと家では喧嘩はしないと約束事を取り付けられました。

 それはそうでしょう、客間が凄まじく荒れていたのですから。

 直せばいいという問題ではありません。


「アイリスさん、何かあったらいつでも相談に乗りますからね」

「はい、スノウさん」


 握手を交わして馬車に乗り、レイオス様と帰路につきました。

 屋敷の庭に、足を踏み入れると、レイオス様が手を握られました。

「レイオス様?」

「……スノウ夫人とどのような会話を?」

 不安そうなレイオス様に、私は微笑んで言いました。

「もし私が妊娠したとしても私は家族を愛せるだろう、という言質を頂きました」

「! ……そうか、それは、よかった」

「レイオス様は何故侯爵様と喧嘩を?」

 私は尋ねます。

「……マリオンが言ったのだ、もしかしたら父親になるであろう私を敵対者として扱うかもしれないと」

「……」

 ああ、レイオス様もそれが不安だったのですね。

「レイオス様、もっと私達は時間をかけましょう、そして愛を積み上げましょう」

「ああ──それは、良い事だ」

 レイオス様は微笑んでおっしゃいました。


 私達には時間はまだある。

 だから愛を積み上げよう。

 愛を育もう。

 今よりも、もっと。


 後悔などしないように。






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