「伯爵家に嫁がれたお嬢様が出産した、祝いの品になりそうな宝石を見つけた者に報償をやろう!」
自分達の意思で鉱山労働している平民共は歓声を上げていた。
奴隷としてこき使われるようになった私には耳の痛い話だった。
毎日、古い野菜を使った薄いスープと堅いパンを食べて過ごしている。
貴族だった頃は柔らかなパンと、瑞々しい野菜を使ったスープと、瑞々しい野菜のサラダなど、贅沢品を食べて過ごしていたと言うのに。
毎日きらびやかな服を着て、夜会に出ていたというのに。
どうしてこうなったのか。
『ルズ、お前の婚約者エミリアだ挨拶を』
『ルズ様、エミリアと申します、どうぞよろしくお願いします』
父に婚約者を決められた。
私はこの婚約者が、妻が、嫌いだった。
頭が良くて、私が惨めになるからだった。
義務として子どもも作ったが、この女は子どもを大事にした。
夫である、子爵である私を立てようという気が全くなかった。
それが忌々しかった。
だから、外でとある貴族の令嬢と子どもを作った。
『ルズ、アタシなら貴方を立てるわ、貴方をちゃんと愛してあげる』
彼女は、ユージェンはそう言った。
ユージェンは私の自尊心を高めてくれる。
頭は良くないが見目はいい。
だから次第に家に帰らなくなっていった。
帰るようになった頃には父母は死に、あの女は病に冒された。
だから徹底的に邪魔をしてやった。
あの女が病から逃れられないように。
治らないように。
そして死んだ!
ようやく自由だと思った、だが一人邪魔者がいた。
あの女との子だ。
ユージェンとの娘達みたく可愛げがある訳でも無い、あの女そっくりの賢さが鼻についた。
だから、召使いのように扱ってやった。
あの娘は文句を言いながらも家の仕事をしていた。
愉快だった。
あの女そっくりの娘が落ちぶれる様は。
数年たって、突然あの娘はマリオン侯爵の馬車に乗り家を出て行った。
『母が用意していた許嫁の元に行くだけですよ、貴方達には愛想が尽きましたので』
と。
恐ろしくなった。
もし、あの娘にしていたことがバレたら──
そして翌日、王宮から使いが来た。
罪状は子の虐待と領の統治放棄などなど……私がやった事と、あの娘に押しつけていたことだった。
そしてユージェンと娘のミーファ、エレナ達と、その実家もそろって平民降格とされた。
財産没収の上。
さっさとあの娘を殺しておけば良かったんだ!
そうすれば私達は平民降格などされるはずが無かったと、ユージェンに罵られた。
でも、私はそうは思わなかった。
殺したことは確実にバレただろう。
そうしたら何が起きたか分からない。
鬱屈した日々が始まった。
妻は、私を罵り。
娘達も罵倒する。
どうしてこうなったのだ。
何が行けなかったのだ。
そうこう考えていると、とある貴族の女性が私の前に現れ、金貨と水の入った瓶を渡していった。
「レイオス伯爵とアイリスという女が結婚しようとしている、もし式をする場所でこの瓶を割りなさい、余ったお金は好きなように」
と言って居なくなった。
あの娘が英雄伯爵と結婚だと⁈
耳を疑った。
だが、女の言う通りに実行することにした。
それに仮にも私はあの娘の父親だ。
何か貰えるだろう。
運が良ければ
そう考えた私は浅はかだった。
水をぶちまけた後、領地を見回る連中に追いかけられて、結婚式をやっているとされる教会に入った。
「アイリス、助けてくれ!」
周囲は侮蔑の眼差しで私を見た。
あの娘も──アイリスも同じような目で私を見る。
「これはこれは、ルズ元子爵殿。どうなさったのですか?」
マリオン侯爵が、笑顔を張り付けて私に語りかけた。
殺されると、思い恐ろしかった。
「ま、マリオン侯爵様⁈」
「貴方の前妻であるエミリア夫人には良くしてもらいましてね、此度、私の友との結婚式を挙げていたのですよ」
「わ、私はそんな話を聞いていなかった!」
「そりゃあそうでしょう。貴方の耳に入ったら邪魔をされますからね」
「それは、どういう……」
「やれやれ、頭の中が花畑な奴の相手は疲れる。つまりこう言うことだよ、貴様は不用、アイリスがレイオスと結婚し、幸せに暮らすには縁切りさせたかったんだよ。貴様と」
怒りを張り付けた顔を見てひぃっと悲鳴を上げた。
殺される。
「そ、それでもアイリスは私の娘だ、だから──」
「婚資が来るはず? 残念だったなぁ、アイリスは既にエミリア夫人の実家の養子になっている!」
「そ、そんな……」
「平民まで降格させられて、それでも虐げてきた娘から金をせびろうとするのは頭の中がどうなっているのか調べたくなるものだな」
「だ……あ、アディス陛下にレイラ殿下⁈」
私は恐怖のあまり平服した。
「私の耳にも届いて居るぞ、お前は不貞を働き、妻を──エミリア夫人を蔑ろにし、病気の治療の金も出さず死なせ、そしてそれに不服を申し立てた使用人達全て解雇して、実の娘であるアイリスを使用人としてこき使っていたと」
「じ、事実ではありません!」
「真実の裁判を行っても良いのだぞ?」
血の気が引いた。
「
アイリスは私を父と呼ばずにそう呼んで、近づいて来た。
「あ、アイリス?」
「貴方がお母様を裏切って不貞に走った時から貴方はもう私の父ではなくなった。継母と継子達が好き勝手にやり、家が傾きかけても何もしない貴方は貴族としても失格だった」
冷たい眼差しが突き刺さる。
「私が寒い思いをしても、貴方は私に毛布一枚渡そうとしなかった」
「私が料理などで手が荒れても、貴方は塗り薬一つくれなかった」
「継子達にはドレス等を買ってあげていたのに、私にはドレスどころか部屋着一つくれなかった」
「お母様は私に色々してくれたけど、貴方は私に何もしてくれなかった」
「どうしてそんな輩を父と思えと?」
何も言えなかった、全てその通りだったから。
他の貴族達は私の処刑方法まで言い出している、私は逃げ出したくなった。
「二度と私の目の前に現れないなら、見逃しましょう」
「ルズ元子爵、貴方にはこれっぽっちも興味はありません、精々地面を這いつくばって生きると良いでしょう」
私は頷いて逃げ出した。
だが逃げた先でマリオン侯爵達が居た。
話が違うと言う私に連中は弾劾してきた。
そして首輪をつけられ、奴隷として鉱山労働をさせられる羽目になった。
噂では、ユージェン達が王宮に不法侵入して奴隷として私と同じように王国管理の鉱山で働かされていると聞いた。
何が間違いだったのだろうとずっと考えていた。
──ああ、最初から私は間違えていたのだ。
エミリアと、アイリスを大切にしていれば、少なくとも私は子爵のままだった。
エミリアをもっと大事にしていたら世継ぎも生まれて居たかもしれない。
そうしたらアイリスが嫁ぐ際婚資も貰えただろう。
エミリアをもっと信頼していたら、アイリスを愛していたら──
……ああ、なんて今更だ。
何もかも無くなって、底辺になってやっと気付いたところで。
何も戻ってこない。
父と母の言う通りエミリア達を大切にしていたら。
自分の愚かさを自覚していたら。
……でももう、どうでもいい、私は此処で死ぬんだから。
謝ったところで、もう許しはもらえない──