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第28話 竜とたぬき

 城下をしばらく歩きまわると、さすがのヴェラにも疲労の色が見えてきた。慧芽は馬車に乗り、城下のはずれへと向かうことを提案した。


 克宇が再び御者を務め、慧芽が意図する場所へと馬を進める。


 城下のはずれにある、少しだけ廃れた邸。

 向かった場所は慧芽の生家だ。


「克宇様、馬車はそちらへ停めてください。父を呼んで参ります」

「わかりました」


 慧芽は馬車から降りると、裾を蹴るように早足で邸へと踏み入る。長い廊を突っ切って、父がいるだろう裏庭へ行けば、案の定、文仲はそこにいた。


「おや、慧芽。昨日ぶりだね」

「ただいま、父様。急で悪いのだけれど、お客様よ。克宇様と、私の姫様」

「へ?」


 文仲の首に巻かれていたたぬきが、きゅっとしっぽを文仲の首にまわす。文仲が餌をやっていた牛は一歩あとずさりして、足もとをちょろちょろしていた栗鼠たちは怪訝そうに慧芽を見上げた。文仲の餌やりを見ていた鳥たちは今のうちだと言わんばかりに飛び立っていく。


 相変わらずの生き物まみれな父の背中を、慧芽は問答無用でぐいぐい押した。


「さすがに牛舎にいると匂いが気になるわ。上衣だけでも着替えて頂戴」

「えぇ〜。そんな急に言われても困るよ」

「ごめんなさい。私もまさか、昨日の今日で外出許可をいただけるとは思わなかったから」


 文仲を急き立てて、慧芽はすぐに馬車のもとへと戻る。通いの遊々は今日、来ない日だったはず。なので慧芽が二人をもてなさないといけないと、広い邸をぱたぱたと駆ける。


 馬車を停めた前庭では、ヴェラが物珍しそうにあちこちへと視線を向けていた。


「こくう、ここはとってもにぎやかだね」

「そうですか? 城下のはずれなので、静かなほうですよ」

「んー、さっきのところもにぎやかだったけど、ここもにぎやかだよ?」


 いまいちかみ合わない会話をしている二人は、まるで仲のいい兄妹のようだ。支度のできた慧芽はくすりと微笑んで、二人に声をかける。


「お待たせしました。さぁ、中へどうぞ。父は裏の飼育小屋にいたので、支度が整い次第、ご挨拶させていただきます」


 良家の子女らしくヴェラと克宇を招いた慧芽は、二人を客間へと通す。


 華美すぎない品のある調度品で整えられた部屋は、さっぱりとしていてよく手入れが行き届いている。父は飼育小屋に入り浸るばかりなので、通いでも遊々のような存在がいてくれるのは大変ありがたかった。


 ヴェラと克宇を椅子へと座らせ、慧芽は厨に走る。ささっと茶菓子を持って戻れば、文仲と行きあった。


「あぁ、慧芽。着替えたけれど、これでいいかい?」

「……たぬきは置いてきてくれると嬉しいのだけれど」

「離れてくれないんだよねぇ」


 襟巻きのように文仲の首に抱きついてるたぬきは「ぼくいないよ!」と言わんばかりに素知らぬふりでいる。


 慧芽もこんな父のもとで育ったので、生き物に対して無体な仕打ちができるわけもなく。結局はそのままヴェラに挨拶するのを看過した。


 慧芽は文仲とともに客間へ戻る。

 客間に入ると、先に気づいて動いたのは当たり前のように克宇だった。椅子から立ち上がって、邸の主人に対する礼をとる。


「本日は突然のご訪問で大変申し訳ございません。文仲殿におかれましてはご健勝のようで何よりでございます」

「ありがとう。いいよ、いいよ、堅苦しいのは。克宇殿もお元気そうで何よりです」


 克右のきっちりとした挨拶に、文仲はゆるりと返している。

 茶器を卓に置いた慧芽はヴェラのそばに立つと、父を紹介した。


「姫様。こちらが私の父、梔文仲でございます」

「しぶんちゅー?」

「はい。竜の姫様。お初にお目もじつかまつります。慧芽が父、文仲にございます」

「こんにちわ!」


 ヴェラがにぱっと笑えば、文仲も笑み崩れる。

 竜の姫君と父の挨拶は良好のようで、慧芽も表情をゆるめた。四人で卓につくと、さっそくヴェラがそわそわしだす。


「けーめー、この子は?」

「あぁ、父のたぬきですよ。父は生き物に好かれやすいので、ここにはたくさんの生き物がおります」

「はわぁ……さ、さわってもいい……?」


 おずおずとヴェラが申しでると、文仲は首に巻いていたたぬきをそうっとはずして、卓の上に座らせた。


「ゆっくりと背中をなでてやってください」

「はわぁ」


 ヴェラがおそるおそるたぬきの背中へと指を伸ばす。

 撫でられたたぬきは一瞬だけ身を縮こまらせた。でも人見知りをしないのか、だんだんと力が抜けていき、くにゃんと卓の上に寝そべって。もっとなでろと言わんばかりに尻尾をふりふりさせた。


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