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第53話 秀女選抜とは

 梔貴妃。

 今代皇帝軒炎の後宮において、頂点に立つ妃。

 その名前が示す通り、梔家の一族の方であり。


「〝まつりごと〟の七才媛の方……」

「さすが同じ一族だ。梔貴妃が七才媛であるのはあまり知られていないようだが、そなたは知っているようだな」


 にこやかに笑う軒炎に、慧芽はこくりと頷く。

 とはいえ、慧芽自身はあまり梔貴妃の為人を知らなくて。


「〝政〟の七才媛は皇帝に何かあった時、自ら考え、行動できるほどの優秀な御方と聞いておりますが……梔貴妃が、秀女選抜を見送らせるように申したのですね」


 同じ梔家と言っても、慧芽は分家の出。

 梔貴妃は本家直系の姫だけれど、慧芽とはこれまで一切の接点がなかった。梔貴妃の弟妹たちとは顔見知りだけれど、梔貴妃がいたこと自体、彼女が後宮入りしたあとに知ったくらいだったから。


「私としても、特に否やはないため許可をした。それに、ヴェラにとっても良い機会だろう」


 ヴェラが自分の名前を呼ばれて、軒炎を見上げる。きょとんとしていれば、軒炎が彼女の頭をわしわしと撫でたので、嬉しそうにヴェラは笑みくずれた。


 たしかに、今のヴェラからすれば、品位をあげる機会は多ければ多いほどいい。次は来年だろうと思っていた一年に一回しかない機会が、こうして早くも目の前に転がってきたのなら、普通は僥倖ととる。けれど。


(今の姫様は人間としての振る舞いが半人前。子供が大人の衣まとっているだけの状態。それが秀女選抜だなんて……!)


 絶対に、無理。

 慧芽の胸中が荒れ狂う中、人の気も知らないで、ヴェラが軒炎の胸に擦り寄る。


「ねねね、そのしゅーじょせんばつ? ってなぁに?」

「ふむ。慧芽」


 名前を呼ばれて、慧芽は背筋を糺す。

 いずれはヴェラにも教えるつもりだったけれど、思ったより早く教えることになってしまった。慧芽はこほんと咳払いすると、秀女選抜について簡単にまとめてみる。


「秀女選抜は元々、天峯国皇帝妃を選ぶための行事です。広く妃を集うことで、国母に相応しい女性を選ぶ取り組みがされていたのです。ですが今は形骸化し、後宮妃の品位の査定の場として設けられています」

「つまり? なにするの?」

「試験を受けます」

「しけん」


 ヴェラのお顔が途端にきゅうっとしわくちゃになってしまう。試験と聞いて、勉強しないといけないことに気づいんたんだろう。軒炎はそんなヴェラを見下ろして、くつくつと喉の奥を震わせて笑った。


「試験は四つあります。後宮の最上宮妃であらせられる四夫人が、それぞれ一つずつ担当します。行儀作法はもちろん、教養も見ることで、それぞれの品位に相応しい妃かどうかを見定めているのです」


 妃嬪同士で競い合うことで、下位の妃はより妃として相応しい振る舞いを。上位の妃は上に立つ者として相応しい人を見る目を。それぞれ皇帝から見定められる、というのが現在の秀女選抜の構図だ。


「もちろん、その年の秀女として選ばれたら良いこともあるぞ」

「イイコトって?」

「その者の願いを一つだけ、叶えてやる」

「ふーん?」


 あんまりよく理解していないヴェラに、慧芽はこめかみを抑えたくなった。この調子だと、試験一つを合格するのにどれほど時間がかかるか、先が思いやられる。やっぱりヴェラに秀女選抜は早すぎるのではないだろうか。


 慧芽がどうやってヴェラに事の重要性を教えようかと悩んでいると、それまで空気のように気配を消して立っていた克宇が「はい」と挙手をした。軒炎が発言を許可する。


「姫君、難しく考えなくても大丈夫ですよ。要は誰が一番素晴らしい妃かを決めるだけなのです。その上で、我が儘を言っても良いんですよ。主上と一緒にいたいです、とか」

「! つまり! 勝ったらダンナサマのお嫁さん!」

「そういうことです」


 そういうことじゃないけども!

 慧芽は克宇のざっくばらんな説明にはらはらしてしまう。優秀な女性を選ぶとはいえ、別に勝ち負けはないはずだ。品位には限りがあるので、もちろん評価が高ければ高いほどありがたいけれど。勝ち負けとは少し違う。いやでも、慧芽が後宮を知らないだけで、実態はそうなっているのだろうか。


 慧芽が悩んでいる間にも、ヴェラは一人で握り拳を作っていて。


「ねねね、しゅーじょせんばつしたら、ダンナサマにもっともっと会える?」

「そうだな。そなたの頑張り次第だが」

「ならがんばる!」


 親の心子知らずとはまさにこのこと。

 慧芽の戦慄を知らないでか、ヴェラは一人でやる気を出している。そんなヴェラをよしよしと撫でた軒炎は目を細めて、慧芽と克宇を順繰りに見やった。


「何も目的なく過ごすよりは分かりやすい目標だろう。必要なものがあるなら、ある程度融通もしよう。ヴェラをどこまで成長させられるのか、楽しみにしているぞ」


 慧芽は睫毛を臥せた。否やなんてとてもじゃないけれど言えやしない。皇帝の言葉はたとえ戯れだとしても勅命に等しいのだから。


 だから慧芽は頭を垂れて礼をとる。


「御意に」


 頷いたからにはやらねばならない。

 慧芽は秀女選抜に必要な教育課程を算段しながらも、明日から始まる忙しい日々についつい遠い目になった。


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