あれからイオナと共に昼食を食べ、それからなんだかんだ夕方まであの場に居座っていた。
なんともあの居住スペースは実家の内装を思い出してしまうほど居心地がよく、ついゆっくりとくつろいでしまったのだ。
そしてイオナ武器商店からの帰り道。
俺達は3人横並びに歩く。
「はぁーっ! お腹いっぱいなのっ!」
ラニアは少し膨らんだ腹部をさすりながら、幸福そうに気の抜けた声を出す。
「だね。しかしまさかエリアスがあんなに強いとは驚いたよ」
昼食のとき、散々出た話題を再びアーゼルは掘り返してきた。
「まぁ剣術修行は趣味みたいなもんだったからな」
「本当なの! エリアス、とってもかっこよかったの!」
「ラニアさんまでベタ褒めとは。……あ、そんな褒めたからって晩飯は分けてあげないからな?」
さっきのお昼ご飯も俺の皿からしれっと肉を掻っ攫ってきたラニアならあり得る。
今褒めておいて、晩飯も盗れるようになんて甘いぞ、ケモ耳少女よ!
「……ラニア、でいいの」
急に顔を逸らし、小さな声でそう言うラニア。
「え、なんだって?」
一瞬では理解できなかった言葉。
それ故、咄嗟に疑問系で返してしまった。
「えっと、その……なんでも、なの! エリアス、深く追求しないのっ!」
次はその大きな栗色の瞳とガッツリ目が合い、ラニアは強い口調で俺を指差した。
そしてそのまま俺とアーゼルより1歩前を歩き出す。
「……ふふっ」
不意に微笑むアーゼル。
「なぁ、これってなんか意味あるのか?」
ラニアには聞こえないよう、小声でアーゼルに尋ねる。
いや、まぁケモ耳なんだから小声でも聞こえるかもしれないが。
「昨日、彼女の中で呼び方に棲み分けがあるって言ったよね? あれって、自分より強いかどうかなんだよ」
「あーなるほど」
「そう、今日の戦いを見て思ったんだろうね。エリアスは自分よりも強い人なんだって」
今日、イオナと戦うラニアを見て思った。
彼女は強い、そして戦いに対して一生懸命だと。
ラニアが戦いを挑んだ時、今日こそ、そう言っていた。
つまり何度も挑んでいることになる。
それに言っちゃ悪いが、彼女にとってイオナは格上の相手。
そもそも敵う相手じゃない。
それでも果敢に挑む姿、アーゼルの考えであろう作戦を受け入れ実践するという素直さ。
なにより自分の力が通用しないことに対して本気で悔しがっていた。
つまりラニアは戦いが好きなのだ。
そしてまっすぐ素直な性格故、自分よりも強い相手には妬む気持ち一切なく、尊敬することができる。
それを前面に出した結果、呼称の差が表れたってことか。
「完全実力主義、なんかラニアらしいな」
俺がそう言うと、アーゼルは首を横に振る。
「ちょっとだけ違う、かな。ラニアが呼び捨てを許すのは力だけじゃないんだ」
俺は首を傾げた。
見当がつかなかったから。
「信頼。だからエリアスは仲間として信頼されたんだよ、ラニアに」
「そっか、信頼」
アーゼルの口から届いた言葉に俺は胸がいっぱいになった。
剣聖時代、背負っていた仲間の信頼を思い出したからだ。
懐かしい気持ちと合わせて、目頭がほんのり熱くなる。
「ラニアだけじゃない。もちろん僕もね」
アーゼルはパチッと器用に片目を瞑った。
フサッと揺れる銀髪に整った顔立ち、だからこそ似合う仕草だ。
俺が女の子ならきっとこういうのにときめくんだろうな、なんて思った。
「アーゼル! もうすぐ集会所に着くの!」
少し前を歩くラニアが踵を返し、アーゼルにそう呼びかける。
「あーちょっと早い、かな……。ラニア、先に荷物持って戻っててくれ」
早い?
集会所に適正帰宅時間なんてものがあるのか?
なんて思ったが、ラニアはピンときているみたいで激しく縦に首を振っている。
「分かったのっ! 一足先に戻って準備をお手伝いしておくの!」
「準備って……ラニア、余計なことを」
上機嫌のラニアに対して、やれやれと言った様子でチラチラ俺を見るアーゼル。
俺に関してはまだダストエンド初心者、だから2人の会話はさっぱり分からん。
それから、まぁいいか、と嘆息を吐くアーゼルは俺に声をかけてくる。
「エリアス、ちょっと散歩しようか。話したいこともあるし」
「え、おう。いいけど」
ということで男2人、ぶらりダストエンドが始まった。
といっても街の景色は大して変わらない。
生活に困窮した大人が直で寝そべっていたり、大人同士が物を盗り合ったり。
そんな物騒さの中、俺達子供が生きられているのも、この右肩に刻まれた虎の主従紋のおかげってことか。
すれ違っていく者、皆この紋章を見るとすぐ距離を取ろうとする。
つまりそれだけ陰の牙って組織はこの街で恐れられているのだろう。
「えっとエリアス、話なんだけど……」
話を持ちかけてきたわりに、アーゼルは言葉を詰まらせている。
なんか時間稼ぎ、みたいなことされてる?
「あ、そうだ、たしかエリアスはリーヴェン村からきたって言ってたよね?」
アーゼルはようやく思いついた話題をツラツラと話し出した。
しかしそれは俺も気になる話。
昨日からバタバタで本来の目的を見失っていたが、俺はアーゼルからリーヴェン村への帰り方を教えてもらわなければならないのだ。
「そうだ! そこが俺の実家。アーゼル、俺はあの村に帰らなくちゃいけない! 家族が……フィオラが待ってるんだよ」
「……フィオラっ!? フィオラを知ってるのか!?」
俺の言葉にアーゼルはハッとして、乱暴に俺の両肩を掴んできた。
「おお……っ!? アーゼル、ちょっと落ち着いてぇ! 知ってるよ! 1年以上一緒に過ごしたんだから」
「1年以上……っ!? エリアス、フィオラのこと、詳しく聞かせてくれ」
アーゼルは俺の肩から手を離し、真剣な目で俺を注視してくる。
「詳しくったって……」
どこから話したものか。
そもそもアーゼルとフィオラの関係性が分からんことにはどこまで話していいかも難しいところ。
決して彼を信頼していないというわけではない。
むしろこの街において1番信頼をおける人だと言っていいほど。
しかしフィオラも俺にとって大事な人であって……。
「エリアス、これなら話してくれるかい?」
そう言ったアーゼルは、両手を使って覆い被さる銀髪を前から後ろへかき上げる。
それによって顔のパーツ全てが明らかになったアーゼルを見て、俺は彼の行動の真意が分かった。
「アーゼル、それって……」
彼にはある特徴があった。
それは決して変えることのできない、どんな言葉よりもたしかなもの。
そして俺がリーヴェン村で幾度となく目にした、彼らにのみ与えられた特徴が。
「僕はアーゼル・ヴェリーシア。フィオラの実の兄なんだ」
なびく銀色の髪、尖った耳、ヴェリーシアという聞き馴染みのある姓。
彼、アーゼル・ヴェリーシアは3年前行方不明になったフィオラの兄だったのだ。