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第24話 2人の目標


「アーゼル、それって……」


「あぁ。僕はエルフだ」


 アーゼルはそう言ってかき上げた髪をファサッと下ろした。


 そうか、ここで初めてアーゼルの名前を聞いた時、何か聞き覚えがあると思っていたが、それはフィオラの口から聞いた兄の名前だったんだ。

 ようやく俺の中で合点がいった。


 しかし彼が失踪したのは、3年前。

 今もここに居るってことはリーヴェン村には帰れないってことにならないか?

 いや、あえて帰らないという可能性も。


「エリアス、リーヴェン村のことなんだけど」


 アーゼルが本題を持ち出してきた。

 どんな答えが来ようとも覚悟はできている、そう思いつつも俺はハッと息を呑む。


「分からない……いや、情報がないと言った方が正しいかな」


「情報が……ない?」


「あぁ。ここでは食べ物や日用品すら貴重なもの。その中で国にまつわる本なんてあるわけがなかった。集めようにも情報を得る手段がなくてね」


 アーゼルは大きく嘆息を吐く。


「だったら知ってる大人に……」


「聞いたよ。もちろん聞いた。元々ヴォルグリア国にいたイオナさんなら、と思って相談したこともあったんだけど彼女、リーヴェン村どころかアルヴェニア大陸すら知らなかったんだ」


「そう、だったのか」


 そういえば俺がリーヴェン村で、この国について調べたことがあった。

 たしかその時、自国であるアルヴェニア大陸以外の情報は1つもなかった気がする。


 あの時は実家の情報少なさに肩を落とした記憶があるが、もし今のアーゼルの話が本当なら、この国の各大陸……いや少なくとも、アルヴェニア大陸とヴォルグリア国を有するこの大陸は完全なる独立国家である可能性が出てきた、ってことだ。


「つまり戻る方法はまだ分からないってわけだ」


 これは完全に失策、現状打つ手がなくなってしまった。

 まぁ元々手がかりがなかったわけだし、何も分からないことが分かっただけでも進歩だな。


「……手がないこともない」


 アーゼルは俺も目を合わさずボソッと呟く。

 どことなく自信がなさそうに。


「何か方法があるのか?」 


「まだない……」


 その返事に一瞬すっ転びそうになったが、アーゼルはまだ語り続ける。


「だけど、これから作る予定だ。……ヴォルグリア国の冒険者になってね」


「冒険者!?」


 その名前は聞いたことがある。

 ちなみに俺の父親、セルディがそれだ。

 父さんは冒険者の中でも魔道士という部類、たしかA級冒険者と言っていた。


 その称号は国最上位であるS級冒険者の1段階下の階級であり、そこへ到達できる実力者はそのうちの1割にも満たないという。

 ……なんて自慢していた気がする。


「そう、僕達の国にも存在する冒険者だよ。その中でもS級冒険者は最難関の依頼に限って大陸を渡ることが出来るらしいからね」


「もしかして俺達がS級冒険者になって、この大陸から外へ出ようってか!?」


 可愛い顔してえらく無茶な方法を考えるもんだ。

 俺自身、冒険者になりたい気持ちはある。

 いずれS級の階級まで上り詰めたいと思ったこともあるが、それはあくまで未来の話だ。


 仮にリーヴェン村へ帰るためS級冒険者にならなければいけないのであれば、それこそ当分の帰還は叶わないことになる。


「ふふ、さすがにそれは無理だよ」


 そう言って思わず吹き出すアーゼル。

 おいバカにしやがって、なんて一瞬思ったが、さっきまで深刻そうな顔をしていた彼に若干の笑顔が戻ったことを思うと、こっちも少し穏やかな気持ちになる。


「……じゃあアーゼルどうするつもりなんだ?」


 そう聞くとアーゼルはニッと口角を上げ、自信満々に答えた。


「S級冒険者と知り合いになる」


 これはアーゼルがこの3年で行き着いた答え。

 それから流暢な話し方で彼の考えを聞いたが、つまりはこういうことらしい。


 知り合いになったS級冒険者にアルヴェニア大陸発の任務を受けてもらい、それに同行する。


 えらく簡単に言うが、そもそもS級冒険者なんていう貴重な存在がいるのか?


 そうアーゼルに聞くと、そこはもうすでにクリアしているらしい。

 なんとヴォルグリア国にはS級冒険者が2人存在しているのだとか。

 すげーな、ヴォルグリア国!


 とまぁ現状ヴォルグリア国……ではなくその近辺にあるスラムの孤島『ダストエンド』で、人権のない従者として過ごす俺達からすると、これは夢のまた夢、そのさらに夢にみたいな話。


 だけどそこに見えた一筋の光。


「アーゼル、俺はその案……乗ったぞ!」


 俺はそう言って右手を差し出すと、アーゼルが両手で勢いよく握りしめてきた。


「エリアス! 君ならそう言うと思ったよ!」


 たとえ1人では先が真っ暗、絶望色に染まっていたとしても、2人ならもう片方が光を照らしてやればいい。


 今の俺はそんな心境だった。

 アーゼルの導き出した答え、一見無謀にも思えるが、俺からすると大きな進歩。


 だって今の今まで策の1つすらなかったんだぞ。

 策がなければ帰還の可能性は0%、策があるなら無謀といえど、0ではなくなる。


 つまり今日、0が1になったのだ。

 こんな記念すべき日、本当はパーッと祝いたいところだが、俺達の立場はあくまで従者。

 今はまだ奴らの言いなりになるしかない。


 だがいずれここを抜け出し、アーゼルとラニアと……子供達と自由を手にする。

 そして今さっき誓い合った夢を叶えるのだ、絶対に。


「アーゼル、こちらこそよろしく!」


 俺達は熱い握手と共にそんな約束を結んだのだった。



 そしてしばらく2人で話しながら街を回ってから「そろそろ帰ろうか」というアーゼルの言葉で俺達のお散歩は終了した。

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