すっかり夜は更け、集会所へ続く路地裏も当たり前だが昼よりも薄暗く、不気味さがさらに増していく。
それにも関わらずこの先、ほのかに明かりが灯されているところ、まだ子供達は起きているということか?
しかし昨日俺が集会所へ帰った時はすでに真っ暗で明かりの1つもついていなかった。
いや、そもそも昨日は今日よりもっと遅い時間だったわけだし眠っていても不思議ではない。
前を歩くアーゼルは「こっちこっち」となぜか異様に急かしてくる。
それに必死でついていくうちあっという間に集会所……いや、我が家に到着した。
そこで俺の目に入ったのは、一斉にこちらを見る総勢20人近い子供達。
もちろんその中にはラニアも。
皆、手には折り畳まれた白い折り紙のようなものを持っており、お互い目配せをし合ったと思えば、同時にそれを上から下へ振り下ろした。
パンパンッ――
その瞬間白い折り紙はパッと開き、発砲音のような爆音が鳴り響く。
まるで銃声……いや、それは大袈裟か、せめてクラッカーって感じだろうか。
どういう仕組みかなのか分からないが、あれから音が鳴ったのは間違いない。
そしてみんなが俺の方を見て微笑んでおり、揃えて声を出した。
「「「エリアス、これからよろしくね!」」」
「え……?」
と、隣のアーゼルに目をやると、ニッコリと笑みを見せてきた。
「エリアス、お祝いだよ。君が仲間になった記念」
なるほど。
ラニアが先に帰って準備がどうとか言っていたのはこれのことだったのか。
「エリアス、これ、どうぞなのっ!」
一足先にここへ戻っていたラニアが綺麗に畳まれている白い布を手渡してきた。
「えっとラニア、これは……」
「いいから受け取るのっ! みんなからのお祝いなの!」
そう言ってラニアは俺の胸にグッとその白い布を押し付けてくる。
「お、おう、分かった」
俺は半ば強制に近い感じで受け取ったそれを広げた。
そこにはこの街に来てから見たことないほど純白で、汚れがほとんどない綺麗な半袖Tシャツ。
しかもサイズは割とぴったりっぽい。
「えっ!? いいのか!? こんな高級そうな!」
そりゃこんな綺麗な服を着ている住民なんてほとんど見たことがない。
それこそ陰の牙でさえ、ここまで綺麗な服を着ている人はいないんじゃないたろうか。
ボスに関してはそれ以前に上裸だったし。
周りの子供達を見渡すと、皆「うんうん、」と快く首を縦に振ってくれている。
ここに来たばかりの俺が貰っていいものなのか、非常に悩ましいところ。
しかしそんな気持ちとは裏腹に、みんなは受け取ってほしいとばかりに快く差し出してくれている。
これで受け取らなければもはや失礼になる、そんなレベルの空気だ。
「……みんな、ありがとう」
俺がそう言うと、全員パァッと表情が明るくなりガヤガヤとし始めた。
「良かった、受け取ってもらえて」
「だね。気に入ってくれたみたいだよ」
「ほら、次はご飯! ご飯食べよう!」
どうやら次は晩御飯らしい。
子供達は準備に取り掛かり始めた。
周りを見渡すと、地べたにいくつもの土鍋のようなものとコンロが置かれている。
「鍋?」
「僕達にとって火は貴重。ガスにも限りがあるからね。だからお鍋は特別な日にだけ食べるものなんだ」
アーゼルは準備している子供達を遠目に見ながらそう言う。
「そう、なのか」
それこそリーヴェン村では普通に食べていた。
父さん母さんとテーブルを囲んで、野菜や肉を放り込み、母さん得意の火の魔法で一気に加熱を……。
……ってあれ?
魔法があるじゃん。
「アーゼル」
「どうしたんだい、エリアス?」
たしか昨日アーゼルは、ここでは魔法が禁止、と言っていた。
その言葉の真意を聞くことがまだ出来ていないが、仮に魔法が使えれば解決できることだってたくさん増えるはず。
念の為、周りには聞こえないようアーゼルに耳打ちをする。
「魔法で火をつけるのはダメなのか?」
俺はオブラートに包むことなく、直接的に問う。
アーゼルは一瞬ハッとした顔をするもすぐにいつも通りの穏やかな表情に戻り、俺の問いに同じく耳打ちで答えてくれる。
「……そういえば魔法禁止について、まだ説明してなかったね。このヴォルグリア国には魔法が存在しないんだ。いや、魔法を使える者が1人もいないって言う方が正確だね」
「えっと、ちなみに魔法を使えばどうなんの?」
「そうだなぁ。異国の民として殺される、かな」
なんと、えらく理不尽な扱いだ。
ヴォルグリア国と魔法の間にどのような軋轢があるのか分からないが、相当毛嫌いされているらしい。
「そりゃまたなんでそーなるんだ?」
「実はこのヴォルグリア国、数百年前に一度魔法によって滅ぼされたって過去があるらしくてね。それ以降この国では魔法は殺しの道具、異国の危険な文化として広まってるんだ」
「つまりそれが魔法禁止の理由ってことか」
アーゼルは静かに頷く。
「もし魔法を使えば、このダストエンドの人々からは不気味がられ、すぐさま迫害されるだろうね。少なくともイオナさんはそう言ってた」
なるほど、ヴォルグリア国の騎士団元副団長とやらのイオナさんが言っていたのなら間違いないな。
そもそもこの街自体がヴォルグリア国から迫害された場所だ。
そんな街からの迫害……それは完全に自身の居場所がなくなること。
そのくらい昨日ここに来た俺でも分かる。
「アーゼル、サボってないで手伝うの!」
するとラニアが何やらこっちを見て叫んでいる。
どうやらアーゼルは俺と話してサボっていることになっているらしい。
「え、あぁごめんね。エリアス、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。魔法さえ使わなければいいだけだから」
アーゼルはそう言って俺の肩をポンと叩き、ラニアの元へ向かった。
「……そう言ったってなぁ」
俺のボソッとした呟き。
すでにここを去ったアーゼルには聞こえていないことだろう。
別に魔法を使わないことは問題ない。
……まぁちょっと隠れて魔法の練習をしたい気持ちがあったから複雑だけども。
しかし今のアーゼルの話だと、魔法は人から恐れられている存在だということ。
とはいえここはダストエンド、ヴォルグリア国であってそうではない。
少なくとも秩序的なものは少し欠如している場所のため、たとえ魔法を使ったとしても咎められるようなことはない気がするが……。
ま、どちらにせよ魔法の問題はアーゼルに相談する必要がある。
また時間ある時に話し合うか。
「エリアス、できたよ」
しばらくしてアーゼルから声がかかった。
鍋の完成らしい。
地べたに置いてあるカセットコンロ。
その上に土鍋、中にはお野菜がてんこ盛り。
昼はイオナさんのところで昼食、夜はみんなでお祝いの鍋とここに来てわりと良い生活をしている気がする。
しかし忘れてはいけない。
ここがスラムだということを。
そしてもう1つ忘れてはいけないことがある。
それは、明日が定期集会だということだ。
つまり集めた資材という成果を陰の牙ヴォルガンに示す日。
何も……なければいいが。
「エリアス、早く来るのっ!」
アーゼルの声だけでは動かなかった俺に対して、ラニアは乱暴に手を引く。
「おおっ!? 行く、行くってば!」
強引に連れられた先には美味そうなお鍋とを取り囲む笑顔の子供達の姿、えらく歓迎されているようで嬉しい限りだ。
ま、俺の歓迎会ってんだからそりゃそうか。
明日からの事をグダグダ考えていても仕方ない。
今日はせっかくのお祝いだ。
一旦先のことは考えず、楽しむとしよう。
俺は今日この日、歓迎会をもって本当の仲間として迎えられたのだった。