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第26話 成果発表


 歓迎会の明くる日、俺達のグループ……つまり俺含めアーゼルとラニアの3人は今日の夕暮れに行う陰の牙への成果発表に備えて、資材集めを行っている。


 しかし昨日は色んな話が聞けた。

 その中でも1番驚いたこと、それはここにいる大半の子供達は今の生活を比較的楽しんでいるようだ。


 もちろん資材集めは大変だし、成果発表の日はいつも緊張する。

 陰の牙メンバーにだって震え上がるほどの恐怖心を抱いているが、何よりも食べ物があるから。

 つまりそこには『生』が保証されているのだ。


 子供達にとってはどんな負の感情があれど、『死』という事象に勝るものはない、そういうことだろう。

 ここに居れば、少なくとも飢餓で死ぬことはないからな。


 そんな彼らの笑顔を見ているとなんだかこのままの生活で良い気がしないでもない。

 俺自身リーヴェン村で普通に育った普通の子供、前世でも大変な時期はあったが、それは剣聖としてのそれであって、困窮的な意味での苦しみは知らないのだ。


 だから自分の価値観で彼らの幸せを測ってはいけない、そう思った。

 本来俺がここの従者になったのは、陰の牙及び悪の総裁であるヴォルガンを物理的に裁くためだ。


 しかしこうなってくると話が変わってくる。

 子供達の望みがここで細く長く生きていくことなのであれば、俺は彼ら従者としての生活を壊すことはできない。


 そんな試行錯誤によって俺は何が正しいのか、何が1番幸せなのか、完全なる迷走状態に陥ってしまったのである。


「エリアス! ボーッとしてないで手伝うのっ!」


 ラニアは思考のドツボにハマっていた俺を現実へ引き戻すべく勢いよく背中へ平手打ちを食らわせてきた。


「痛……っ! どんっだけ力強いんだよ!」


「知らないのっ! 仕事をサボっているお前が悪いのっ!」


 あまりの威力で、俺の背中の殴打部位が押し出されたトコロテンのように突出するかと思ったぞ。

 ……とは言いつつも悪いのは全面的にこっち側、俺は未だにジンジンする背中をさすりながらペコリと頭を下げ「すまん」とだけ言う。


「ラニア、そこまで強く言うことないよ。エリアスは今日が実質初めてのことなんだし、そもそもノルマは充分こなしているんだから」


 いつもの如く、優しいアーゼルはしっかり俺のことを庇ってくれる。

 さすが優しきリーダーだ。


「ま、まぁエリアスも頑張ってると思うの。さすがラニアの後輩なの」


 ラニアは俺を褒めているのか、自分を褒めているのか分からないようなセリフを吐いて元の仕事へ戻った。

 まぁ昨日『ラニアさん』から『ラニア』に変わってから若干優しくはなったと思う。

 一応今日もチラチラと俺の様子を見て、分からないことがあればすかさず指導してくれている。

 まぁさっきの平手打ちも仲間だと受け入れてくれたスキンシップとでも思えば悪くない。


「それにしてもエリアス、この仕事についてえらく慣れた手つきだけど、どこで覚えたんだい?」


 アーゼルは俺の仕事ぶりに目を丸くしている。


「えっと、まぁ覚えたというか……エリアスとしては初めてだし、感覚でなんとか」


「エリアスとして……?」


 俺の意味ありげな発言にアーゼルは疑問形で食いついてきた。


「あーなんでもない、こっちの話だ」


 ついクセでアルベールの頃の話を持ち出してしまったが、なんとか適当に受け流していく。


 そもそもさっきから仕事仕事というが、要は街のゴミ拾い……そして可燃ゴミ、不燃ゴミ、粗大ゴミといったようにそれぞれ分別する、ただそれだけのこと。


 一見当たり前のことをやってのけているだけ、しかしよく考えてみると、5歳の子供が言われてすぐ高速で、しかも超的確にゴミの分別なんてできるわけがない。

 どうりでアーゼルが驚くわけだ。


 それからこのゴミ達がどうなるのかというと、分別後、行くべき場所へ運ぶことになる。


 一体どこに運ばれるのか……それは各ゴミを求めている人がいるので、そこで活用されるらしい。


 例えば不燃ゴミである金属類、これは壊れた釜や鍋などの金属製のものを修理するための『はんだ』を作ったり、木材は綺麗に削ったり繋げたりして『家具』にしたり、あるいは硫黄を塗って『発火燃焼材』にしたり。


 なるほど。

 ここではゴミはゴミというわけではなく、しっかりリサイクルという形で物を循環させているのか。

 いや、物自体が貴重なので、そうしていかないと生活が成り立たないって感じかもしれない。


 そしてその取引先となる場所へゴミを運ぶと、さらに良い資材へと交換してもらえる。

 これをヴォルガンに成果として差し出すことで、今まで生き永らえてきたのだ。


 ここまでが俺達従者の仕事の全貌である。



 夕暮れ前――



 今日集めたゴミを取引先の人達へ届け終わった俺達は必要なノルマはとうに越しているらしいので、集会所へ戻ることにした。


「はぁ、疲れたの! 早く帰るの〜!」


 ラニアは大きなため息を吐き、脱力した様子で天を仰いでいる。


「ラニア、エリアス、本当にお疲れ様。今日はいつもより多くの数集まったよ。これで他の子供達に資材を分けてあげられる」


「アーゼル、そんなことまで考えていたのか」


 今日の仕事中、アーゼルは口癖のようにノルマ以上という言葉を使っていた。

 俺は余分に資材を貯蓄して、次回の成果分に回したいのだと思っていたが、どうやらそうではなく仲間のノルマまで彼が背負っていたのだ。


 アーゼル・ヴェリーシア。

 フィオラの2つ歳上なので、現在齢8歳。

 実年齢では図れないほどの寛大さだ。

 フィオラからはなんでもできる天才だと聞いてきたが、まさか器まで大きいとは。


 そして集会所へ戻ると、子供達はいち早く集まっていた。

 やはりこれから集会が始まることもあってか、全体の空気は昨日と違ってどんよりとしている。


 各グループ、資材が中に入っているであろう白く大きな巾着袋の中を何度も確認しているが、どうも不安な気持ちをかき消せない様子。


 そしてしばらくすると大きな足跡と共に、一際体格の良い男が姿を現した。

 灰色毛皮のストールに上裸、長く太い白髪、不気味に笑む口元を見るだけで、子供達は「ひぃ」と短い悲鳴をあげている。


「ガキ共ォ! 成果の準備はいいかァ!?」


 ヴォルガンは威勢よく吠える。


 それに対して俺含めた従者側は誰も返事せずだったが、そんなことお構いなくヴォルガンの部下であろう者達は各グループの白い巾着袋をサッと奪い取り、ボスの元へ円滑に運んでいく。


 隣に立つアーゼル、彼すら今の状況に大人しくしているところ、これが集会の通常運転なのだろう。


「じゃあ中を見ていくぞォ!」


 ヴォルガンは巾着袋1つ1つ順に中を開き、確認していく。

 時には中に手を入れ、直接肌に触れることで首を縦に振って納得したような様子もあった。


 そして確認し終えたヴォルガンは静かに口を開く。


「今回は……全班ノルマ達成、だな」


 姿を現した時の威勢ある声とは違い、今回は淡々とした物言い。

 内心つまらない、とでも思っているのだろうか。


 しかし奴がどう思おうともノルマは達成。

 それを聞いた子供達は、また昨日のような日常を過ごせるのだと皆朗らかな表情になっていった。


「……よかった」


 そう言って安堵の息を漏らすアーゼル、その横で胸に手を当てホッとするラニア。

 2人の反応からして、なんとか今日の集会は無事乗り越えられたらしい。


「……しかしよォ。ただこれで終わるってのもつまんねぇよなァ?」


 ヴォルガンは後ろに立つ仲間へそう問いかけた。


「へへ、そうですね。この間、あんなおもれ〜もん見ちまったんだ、ボスが癖になるのも無理はねぇ!」

「あぁ。子供同士で戦わせる、初めてやったことだが、ありゃ愉快なもんだった」


 陰のメンバー達はケラケラ愉快に笑い合う。


「……ってことだ、ガキ共。やはりできの悪いやつには罰がいる」


 は?

 アイツ何言ってるんだ?


 ノルマは無事に達成しただろうよ。

 にも関わらず今から何を求めようって……。


 ヴォルガンはニタッと不気味に口角をあげる。

 そして切り出した。


「1番成果の少ない班のうちで1人選べ。ソイツの利き腕を斬り落とすことにしよう」  

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