ヴォルガンから下された罰。
それは成果が1番悪い班、そのうち1人の利き腕を斬り落とすというもの。
「やぁぁ……」
「やだよぉ……」
その命令を耳にした子供達の表情は皆一気に青ざめ、怯えた声が飛び交っている。
「うるせぇぞガキ共ォ! なに、命までとろうだなんて言ってねんだ。腕1本、罰にしちゃちょうどいいだろ?」
「ボス、この袋が1番価値低いと思われますぜ」
明らかにチンピラっぽい見た目の部下が袋の中身を見た上で報告している。
「……となるとこの袋を提出した班ってことだが」
ヴォルガンは子供達をぐるりと見渡した後、ある班へ視線を向けた。
「リン、お前のところだ」
そこには10歳くらいの女の子。
たしか先日の集会の様子を教えてくれた子だ。
そしてその後ろには俺と似た歳の男の子1人と女の子が2人、おそらく彼女の班員だろう。
3人の子供達はリンの後ろに隠れ、体を震わせている。
逃げるにもヴォルガン達、陰の牙メンバーはこの集会所の入口に立っており、逃げ場がない状況。
ヴォルガンの強さも分からなければ、部下も5人とさすがに剣聖の力を振るったとしても勝てるかどうかも怪しい。
何せ子供達を守りながらになるだろうし。
「リン、誰の腕にする?」
怯えた彼女は後ろの子供達を順番に見ていく。
そして一呼吸置いてからゆっくり手を挙げた。
「……私の、腕でお願い、します」
「ほう、潔いな」
ヴォルガンは静かに頷きながら、部下から受け取った剣をリンの足元近くまで放り投げた。
「後ろに隠れるガキ共、せめて痛くないように斬ってやれよ」
「ナハハッ! ガキ達に斬らすんですかい? ボスもお人が悪い!」
「違ぇねぇ! ガキ共、こうなりたくなけりゃ明日からはもっと一生懸命働くんだなっ!」
ヴォルガンの命令を耳にした部下はさらに嘲笑ってきた。
「……そんなの、できないよぉ」
「リンお姉ちゃん……」
「うわぁぁん怖いよぉ」
「喚くな! さっさとやらねぇとここにいる全員殺すことになるぞ」
嘆き抗う子供達に対し、ヴォルガンはさらに捲し立てていく。
「ほら、大丈夫。剣を持って」
リンは男の子に拾った剣を直接渡す。
「でも、リンお姉ちゃん……」
そして彼女は地面に伏せ、斬りやすいよう右手を前に差し出した。
「私の腕1本でみんなの命が助かるなんて、凄いことじゃん。だからさ、私怖くない。思っきり斬っちゃってよ。へへ」
リンは男の子に向かって、できる限りの笑顔を見せてから地面に顔を伏せた。
あの笑顔……斬る側へ罪悪感を少しでも減らそうと、最大限の配慮をした上で覚悟を決めたのだ。
アーゼルといいリンといい、ここの子供達は相手のことを第1に思いやる精神を持っている。
そんな子達がなぜこんな目に遭わされなければならない?
それも全て主従制度……いやそれだけじゃない、この街の有り様のせいだ。
しかしここで逆らうと今後の生活が……。
「リン、こんな奴の命令、逆らわなくていいのっ!」
さっきまで突っ伏せていた彼女が体を起こしている……いや、意に反して起こされた。
そう、ラニアの手によって。
「えっと……ラニア?」
「リン、ラニアさんなの!」
ラニアはリンに呼ばれた呼称をいつもの如く訂正する。
そしてさらにもうひと言。
「大丈夫、安心して。ラニアさんが守るのっ!」
そう言ってラニアは彼女達を庇うように前に立った。
「獣族ラニア、テメェ従者のくせに俺達の余興を邪魔するのか?」
「邪魔なのは……お前らなのっ!」
体はわずかに震わせているが、今日は1歩も引かない、そんな様子のラニア。
マズイぞ、ヴォルガンの目がラニアに向いた。
このままじゃ腕の1本どころか他のみんなまで……って待てよ、そもそも腕も良くないだろ。
俺は今、ごく普通にリンの片腕と子供達全員の命を天秤にかけていた。
そして心の中で答えを選んでいたのだ。
自然にリスクの少ない方をと。
ダメだ。
この解は自らの手を汚した汚い大人、剣聖アルベールの最良であって、今できるエリアスの最善ではない。
「獣族ラニア、獣族の女ってのは価値が高いんだ。何せそういう性癖の変わった主人が多いからなぁ。まだ体は成熟しきってねぇが、早めに売りさばくことだってできるんだぞォ! それでも邪魔するのか?」
ヴォルガンの発言にラニアは一瞬押し黙るも、それからすぐ口を開いた。
「そんなの勝手にすればいいのっ!」
今日のラニアは本当に引く気がないようだ。
「……そうか。少しもったいないが、獣族ラニアは競売にかける。お前ら、捕まえろ」
「「「「はい!」」」」
部下は力強く返事し、ラニアへゆっくり近づく。
さすがに俺ももう黙ってられない。
従者であるメリット、従者でなくなった時のデメリット、ダストエンドで生きていく子供達の幸せな生き方、色んなことを考えていて頭がゴチャゴチャになっていたが、もういい。
なんかもう吹っ切れたわ。
「……ま、待てっ!」
アーゼルの声。
どうやら彼も同じらしい。
ようやくの想い振り絞ったような細く震えた声だが、強く握られた拳は彼らに立ち向かうたしかな意志を示していた。
足も1歩大きく踏み出す……が、それ以上は恐怖という本能に逆らえず動けない、そんな様子。
俺はそんなアーゼルの肩に手を置いた。
「……大丈夫、待っててくれ」
「エ、エリア……」
ダッ――
俺はアーゼルの言葉を最後まで聞く間もなく駆け出した。
それも氣を全力で両脚に集中させて。
まずは1人目。
弱そうなチンピラ男にめいっぱいの手刀を背中からぶち込んだ。
「……んあっ!?」
バタッ――
そのまま男はうつ伏せに倒れた。
手刀で斬った部位はその形どおりに抉られているが、まぁ死にゃしないだろ。
「な、なんだテメェ!」
すぐ近くにいたもう1人の部下。
威勢よくそう言い放ち、俺に拳を振るってきた。
シュッ――
いい音はするが、動きが大振りすぎる。
避けた拳の肘部を直接殴り込み、関節を反対方向にへし折った。
「あぁぁぁあああっ!!」
部下は地面にうずくまり、折れた肘を体で覆い隠すようにしている。
残りの部下3人は俺の実力を見て一気に警戒態勢。
おそらく全員まとめて攻撃を仕掛けてくるってところか。
さっき倒した2人は弱かった。
それに内1人は完全に不意打ちでの攻撃だったわけで。
おそらく残り3人、実力はさっきのより少し上。
同時に攻められるとちょっとキツイ気がする。
「待てェ!」
ヴォルガンの呼びかけに部下は勢いを止める。
よかった、のか?
「エリアス、だったな」
それから落ち着いた声色で俺に話しかけてきた。
「そうだが」
「やっぱり只者じゃなかったな。ウチの部下も決して弱くない。実力もD級冒険者程度はあるだろうよ。しかも大人だ。それを瞬殺できる実力、お前何者だ?」
「別に。ただのエリアスだ」
「……ぶっ! ハッハッハ……アハハハハハハハハッ!! 面白い、面白いよお前! いいだろう。今日はエリアスに免じて罰はなしにしよう。獣族ラニアの競売もだ。その代わり……」
その代わり?
交換条件の提示、ヤツは何を求める?
「エリアス、共に夕食を食べよう」
「……は?」
ヴォルガンは今日1番の笑みでそう言い放つのだった。