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第28話 与えられた仕事



 ヴォルガンから提示された条件、それは俺を含めたお食事会だった。


 仲間がやられて興奮状態だった部下達もボスのその提案に目を丸くしたが、ヴォルガンの目が本気だとすぐ悟った部下達は俺から身を引き、ボスの元へ戻る。


「エリアス、これは命令じゃあない。提案だ。受け入れるも断るも自由にしたらいい。ただ断った場合は、当初の命令通りリンの腕は斬り落とすし、獣族ラニアは競売にかける」


「……分かった。行くよ」


 どう足掻いても断りようがない。

 だが誰も傷つかずにこの場が収まるのであれば、最善を尽くした甲斐があったってもんだ。


 ラニアやアーゼル、他の子供達は心配そうに俺を見つめているが、言葉を交わす暇もなくヴォルガンに声をかけられる。


「エリアス、いくぞ」


 部下達は俺が倒した2人を抱えながら集会所を後にし、ヴォルガンはその後に続く。

 俺も早くついていかなければならない。


「みんな、心配しないで。すぐ帰ってくるから」


 と、ひと言残してから俺はこの場を去った。



 いざ陰の牙、根城へ。

 以前連れていかれた時は目隠しに手足を縛られ状態だったわけだが、今回は完全フリー。


 そして移動手段はやはり馬車だった……いや馬じゃなくて竜が引いているので竜車、と呼ぶべきか?

 しかし竜といっても大きな体に翼ってわけじゃなく、陸を二足で走る感じ。

 サイズも馬と同等で、俺の記憶では恐竜に近いイメージだ。


 竜の駆ける足音のみが響き渡り、荷台では静かな空気。

 そりゃさっきまで牙を向けていた相手が目の前にいるのだ。

 正直気まずいので、いっそのこと目隠ししてくれていた方がよかったな。


 なんてこと思っていると竜車はあっという間に街を抜け出し、何もない砂漠を駆け始めた。

 夜の砂漠は少し肌寒く、吹く風に混じる砂煙が視界を遮ってくる。

 仕方ないので俺は乗車中、俯いていることにした。


 そんな中しばらく揺られていると、竜の足取りが徐々に緩まっていく。

 俺の中の時間感覚ではそろそろ到着の頃か。

 少し顔を上げると、目の前には殺風景な砂漠の中にポツンとある大きな建物があった。

 さらに廃墟のようなビル、いつ崩れてもおかしくないと外から見ても分かるほど老朽化している。


「おい、着いたぞォ!」


 ヴォルガンのひと言。

 それによって竜車に乗った俺達は順に降りていき、建物の中に入っていく。


 そして言われるがまま誘導されたのは、その建物内の2階にあたる場所。

 そこは広い食堂になっていた。

 10人以上が横並びできるほどの長テーブルが3つ、すでにメンバーと思われる人達が座っており、仲間達とザワザワ雑談を交わしている。

 ……が、ヴォルガン率いる俺達が2階へ足を運んだと認識した瞬間、場は一瞬で鎮まりかえった。


 テーブルの端1箇所が向かい合わせで10人ほどの空席があったため、そこへ座れと命令され腰をかける。

 それから部下によりスムーズな食事運びが終えてから、夕食の開始だ。


 ……にしてもなんで俺は席の真ん中に座ってるんだ。

 両隣にはさっき集会所にいた部下からガンを飛ばされ、ちょうど向かいにはヴォルガン。

 もはや食欲も湧かない……と思ったが、目の前の皿に並んだ肉料理の香りが俺の胃を刺激してくる。

 思えばこの街にきて、肉なんて見たことがなかった。

 まだ1日しか過ごしていないが、街の貧困さから考えると肉は貴重なものなのかもしれない。


 と、とりあえずひと口。

 パクッと口に入れた瞬間、肉汁が溢れて……ってわけでもないし一度噛むだけで、溶けてなくなるほどの柔らかさってこともない。

 しかし久しぶりに食べた肉の味に少し感動してしまった。


「……美味いか?」


 ヴォルガンは食事中の俺を一瞥し、そう問うてきた。


「……まぁ」


 食事をもらっておいて無視はないか。

 そう思って一応答えておいた。

 その解にヴォルガンは満悦そうに口角を上げ、再度食事へ手を伸ばす。


 しかし本当に提案どおり食事を食べるだけとはな。

 まぁまだ帰るまで油断はできんが。


 ……待てよ、そもそもここから帰してもらえない可能性もあるか?

 街からこんな遠い場所に置いていかれたら……まぁそうなったら走って帰るけど。


 なんて考えているうちに夕食が終わった。


 食事が終わった連中は仲間内でガヤガヤ話し込んでいる中俺は1人ぼっち、もう解散なら解散で早く帰りたいんだけど。


「……エリアス」


 向かいの席から声をかけられた。

 ヴォルガンだ。


「1つ仕事を頼みたい。ここは食事代だと思って、受け入れてもらえると助かるんだがな」


 なんだ、大人しくいい飯食わしてくれたと思えば全てはこのためだったのか。

 どっちにせよ相手の根城に来て、何かを断れる状況じゃない。


「……分かったよ」


「ふん、いい返事だ」


 ヴォルガンはニヤリと笑み、その場から立ち上がる。


「全員、1階へ集まれ!」


「さ、行くぞガキ!」


「分かったって! 行くから!」 


 と、俺は隣に座っていたガラの悪い連中に背中を押され、1階へ誘導される。


 それから1階へと降り、長い廊下を渡っていく。

 やはりこの建物は外観同様に大きな造りだな。

 例えるなら小学校くらいの大きさかもしれない。


 そして到着したのは突き当たりの1部屋。

 中に入ると、そこにはコンクリートで四方囲まれた広い部屋、青白いライトが点灯することで不気味さを醸し出しているここは、俺が初めてヴォルガンと会った場所だった。

 その空間は、さっき小学校と連想したこともあって勉学をする教室に近い間取り。

 ただ物は何も無く殺風景、一般的な教室に比べてもう少し広さを感じる。


 しばらくしてヴォルガンが入ってきた。


「待たせたな、エリアス」


「で、その仕事ってのは? 俺も子供なもんでね、早く家へ帰りたいんだけど」


 家、とはもちろん集会所のことだ。

 無理難題を押し付けられないよう、一応子供ってことを強調しておく。

 まぁコイツらにそんな同情心がないのは分かっているが、一応だ一応。


「なに、この仕事さえ終わればすぐに帰れるさ」


 ヴォルガンはそう言った後、入口に立つ部下を一瞥した。

 それがなにかの合図だったのか、その部下は小さく頷きゆっくりとドアを開ける。


 そしてそこには他の部下……と見慣れない女の子。

 歳は俺達子供というよりもう少しお姉さん、大体12歳がいいところか。

 ボサボサの赤毛は肩くらいまで垂れており、その奥に潜む瞳の鋭さは野性味を帯びている。


「ほら、いけ!」


 部下はその女の子の背中を強く前に押し出した。

 彼女はキッと鋭い目でソイツを睨み、周り全体を強く睨み回し、最後ヴォルガンへ視線をやる。


「……テメェッ! アタシ達仲間に殺し合いまでさせといて、まだ何かあんのか?」


 見たところ服装も薄く汚れており、髪もボサボサ。

 見た目だけで判断するのであれば、彼女もきっと陰の街の住民には間違いないはず。

 虎の紋章がないあたり、従者ではないみたいだが。


 そんな時、ヴォルガンが口を開く。


「……この女は俺達とは違う盗賊の一味でな、あろうことか我が陰の牙の貴重な資材を盗もうとしたんだ。そう、お前達従者が命懸けで集めた資材をだ。許せないだろ?」


 他の盗賊。

 そういえばこの虎の紋章はそういった連中から身を守るものなんだとか聞いた気がするな。


「……いや、どうだろうか」 


 現在ヴォルガンには意見の同意を求められているが、肝心の俺に関して、大してそうは思わない。

 そんな俺の返事など元々聞く気がないように話は勝手に進んでいく。


「そうだろ? だからエリアス、お前にはこの女の処刑を任せようと思うんだ。できるよな?」


 今から目の前の女の子を殺す、それがヴォルガンから与えられた仕事だった。

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