目の前の女の子を当然のように殺せと命令してきたヴォルガン。
そして彼女は今『殺し合い』と言っていた。
その言葉から考えるに、おそらく俺達集会所の子供達と同様、影の牙の娯楽として悲惨な扱いを受けたに違いない。
女の子が資材を盗んだ、それ自体は良くないことだ。
だが殺し合いにまで発展させるのは、やはりどう考えてもイカれている。
こんな奴らから依頼された仕事なんぞ心底受けたくない。
「……もし俺が断ったらどうするんだ?」
「なに、その時は俺達陰の牙が責任持ってその女を殺すだけだ。目いっぱい痛めつけてな」
なるほど。
どちらにせよこの子の命はないぞってことか。
「ボス、こんなガキに殺らせるより俺らで殺っちゃいましょうよ!」
「そうだ! しばらく殺してねーから体がうずいて仕方ねぇ」
「オレ、殺す前に一発ヤっちゃっていいっすかね?」
「おい、なに子供に発情してんだよ」
部下達は愉しげに言葉を交わしているが、それを聞いた女の子は攻撃的な姿勢に少し怯えという感情が混じった様子をみせる。
「まぁ待てお前達。この2人は俺の見た限りこの街じゃ最強の子供だ。そんな2人の対決、見たくはねーか?」
ボスの言葉に部下達はお互い顔を見合わせ、そして同時に吠えた。
「ウォォォォッ!!」
「そりゃまた面白そうだ!」
「やっぱりウチのボスは企画の天才だな!」
どうやら部下の意見も満場一致、全ての票は子供の一騎討ちへと傾いたわけだが、どうする?
俺が断れば、この子は悲惨な目に遭う。
かといって自らの手で殺すのはなぁ……。
「お前らに俺の気持ちが伝わってよかったよ。それにな……」
ヴォルガンはそう言った後、1人の部下を指差して「新入り、こっちへ来い」と呼びかけた。
さすが新米、即座に駆け足でボスの元へ向かったところ忠誠心が高いとみえる。
ヴォルガンは新入りの頭を愛でるように撫でながら、獣の如く大きな手でそのまま頭全体を包み込んだ。
グチャッ――
何かがめり込み、潰れる音。
まるで柔らかい果実のように弾け飛んだそれは、新入り部下の頭部だった。
その部下だった肉片、鮮血はその周辺、壁や床へドバッと飛び散っていく。
そして本体は無気力に膝を付き、その場に倒れ込んだ。
「えっと……ボス?」
「ヴォルガンさん、何を?」
さすがの部下達も少し混乱している様子。
「それにな、人殺しはいつでもできんだ」
ヴォルガンはまるで何も起きなかったかのようにそう語る。
「うう……っ」
その光景を見た女の子は口を押さえ、嗚咽を漏らす。
無理もない、この年頃の子には少し刺激が強すぎる。
「お前、マジで何してる?」
「おいガキ、ヴォルガンさんになんて口利きやがんだっ!」
ヤツの仲間への扱いに憤りを感じた俺が咄嗟に放ったひと言に、この中で1番ガタイの良い男の部下は強く反発してきた。
直前にあんなシーンを見せられて、それでも尚ヴォルガンを庇うとはコイツのどこにボスとしての威厳があるのか。
なんて思ったが他の部下の様子を見ると7割近くのメンバーは未だに動揺を隠せずにいる反面、残り3割は愉快に会話を交わしていたりと賑やかな構図で、仲間内でも反応が大きく左右している。
どうやらヴォルガンへの絶対的な信頼は一部の部下だけらしい。
「モーリス、黙っていろ。あまりエリアスを舐めない方がいいぞ。本気戦えばお前ともいい勝負だろうさ」
「ちょっとヴォルガンさん、俺はこの組織No.3ですぜ? ガキに負けるわけないじゃないですか」
モーリスという部下は鼻で笑い、俺を文字通り見下してきた。
「まぁそれはこの2人の戦いを見てから判断してみろ」
と、勝手に話が進んでいるが、誰も戦うなんて言ってないが。
とはいえ俺が断ると、彼女は陰の牙総員に何をされるか分からない。
……仕方ない、ここは1つ賭けに出よう。
「ヴォルガン、戦ってもいいが条件がある」
「……ほう? 言ってみろ」
思った通り悪くない反応。
むしろ興味が注がれている、そんな様子だ。
「1つ、俺が勝ったらあの女の子を自由にする権利をくれ」
ヴォルガンは赤毛の女の子を一瞥し、ニヤリとほくそ笑む。
「そうかエリアス、お前も1人の男。性奴隷の1人や2人欲しいよな。いいだろう気に入った!」
いや、別に子供に対してそんな感情を抱いていないが……まぁ思った通り、か。
「それで? その言い方じゃあ他にも要求があるんだろ?」
ヴォルガンは俺の言葉の真意を読み取ってくれていたようで、さらに追求してくる。
「あぁ。そして2つ、これが最後だが、今後集会所の子供達に対して理不尽な罰を与えるのはやめてくれ」
そう言うと、ヴォルガンの顔が少し曇った。
「それは……俺の楽しみを奪う、ことになるが?」
「いや、完全に失くせとは言っていない。今日みたいに成果を達成しているのにも関わらず、なんてことはもう無し。それだけだ」
「……分かった。心得よう」
一瞬考えたようだが、この場では納得してくれたらしい。
約束を守るかどうか怪しいところだが。
「ならアタシも……アタシからも条件、アタシが勝てば、ここから逃がしてくれ」
「ふん、勝手にしろ。エリアス、女、向かい合え! 戦いの準備だ!」
さっきまで嗚咽を漏らしていた彼女だがなんとか平常心を取り戻したようで、俺とヴォルガンの様子を見て、ここぞとばかりに自分も条件を出してきた。
当然の内容だったわけもあってか、ヴォルガンは流すように即答、そのまま戦いの合図へと移行していく。
ヴォルガン含めた観客は戦いの邪魔にならぬよう壁側に寄って、俺と女の子を囲うように立ち並んでいる。
部屋が広いこともあってか、わりと動き回れそうだ。
「さぁエリアス、女、戦いの開始だっ! 存分に殺り合え!」
ヴォルガンのこのひと言。
これが勝ち条件付きの一騎討ち、開始の合図である。