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第30話 帰還?



 一騎討ちが開始された。


 さっそく女の子はガンガンと殺気を飛ばしてくる。


「……ろす、……ろす、……ろす、……ろす」


 そして何かブツブツと呟いている。

 初め、小さな声で何を言ってるか分からなかったが、徐々にボリュームが上がり、それも鮮明に聞こえてきた。


「……ろす、……ろす、……こ、ろす、……殺す、……殺すっ! 殺すっ!」


 目を血走らせた彼女は、俺に全力で駆け寄ってくる。

 その速度、獣族のラニア以上。

 そして放つ拳も絶妙に躱しにくい体の中心に近い部位。


「い……っ!」


 痛っ!

 なんとか手でガードし攻撃を逸らしたが、衝撃までは逃せなかった。


 その後もがむしゃらに殴る蹴るを繰り返し放つ彼女。

 その1発1発は重たく、俺に確かなダメージを蓄積させていく。

 一見何も考えていないような乱暴さに見えるが、攻撃の度、俺の躱わす方向に応じて次の手を調整している。

 イメージとしてはラニアの乱暴さにアーゼルの知性が混じった、そんな感じだ。


 彼女は依然として攻撃の手を緩めることはない。

 そんな怒涛の攻めに対して、俺は相も変わらず守り抜いていくが、そろそろ手も限界だ。


 おそらく彼女の攻撃には相当熟練した氣が練られている。

 無自覚なのか、自在に操っているのか分からないが、この年齢でできるような代物ではない。


 ……とはいえ、俺も本気を出さなきゃいけない。

 彼女自身ここから逃げられるような条件を結んでいたため、彼女の無事を考えると俺が負けてもいいのだが、俺の手抜きを見破れないヴォルガンではないと思う。

 それに俺が勝てば集会所の仲間を守ることにもつながるし、彼女を自由にする権利、これは元々彼女を逃すために口実だ。

 だからこの勝負、勝つのは俺に限る。


 俺は彼女が放った拳を掌で止め、握り止めた。


「な……っ!?」


 彼女は拳を押し引きするもビクともしない様子に驚愕している。

 ……がすかさず俺の握り止めた側の手を叩くように、彼女はもう一方の手で攻撃を仕掛けてきた。


 バシッ――


 しかしその手も俺は空いた手で握り止める。

 つまりお互い両手が塞がった形となった。


「これで身動き取れないな」


 俺がそう言うと、彼女はニヤリと口角を上げる。


「……ふっ、それはお互いさまで、しょっ!!!」


 まだまだ、とばかりに次は蹴りを入れてくるが、俺はそれを足で防ぐ。

 こんな状態でも攻撃の手は全く緩まらない。


 生きたい――


 彼女の一手にはそんな強い執念を感じた。


「そうだよな、生きたいよな」


「……は? 何言ってんの? 当たり前でしょ……うぐっ!」


 俺は未だ反抗する彼女の拳を潰すように強く握り込む。

 いい攻撃だったが、所詮は子供の体。

 コントロールした念を俺の握力に変えれば、こんな小さな手、簡単に潰せる。


「……降参、する?」


 俺としてもあまり女の子を殴る蹴るはしたくない。

 できればここで降参してほしいものだが。


「そ、そんなわけ、ない……いっ!!」


 再び蹴り込もうとするが、俺は彼女の手を握りつぶしつつも強く捻っていく。


「頼む、降参してくれ」


「だ、れが、降参、なんて……」


 やはり意思の強い子。

 到底諦めてくれるはずもなかった。


「仕方ない、か」


 ボソッと呟いた俺のひと言。

 彼女は聞き直すように「え?」って表情を現したが、おそらくそれがこの戦いでの最後の記憶だろう。

 俺はパッと握った両手を離し、そのままガラ空きの腹部へ直接拳を叩き込んだ。


「う……っ!?」


 もちろん手加減した。

 ……というか氣のコントロールをし、攻撃による衝撃をできる限り外部へ逃すように調整したってだけ。

 威力が内部へ直接伝わると内部器官、要は内臓へダメージが入ってしまう。

 それを避けたのだ。


 彼女はその場で脱力した。

 ガクンと膝折れし、倒れ込もうとしていたのですかさず止める。

 さてどうしたものかと思ったが、こんなコンクリ床の上に寝かすのもどうかと思い、咄嗟の判断で横向きに抱き抱えた。


「おい、今のガキの拳見えたか?」

「いや、それどころか最初から何にも分からんかった」

「待てよ、あの2人ガチで俺達大人より強いんじゃ……」


 周りの部下が少々騒いでいるが、当たり前だ。

 この女の子の実力はその辺の大人よりよっぽど強い。

 まだまだ荒削りな部分は多いが、ポテンシャルの高さでいうとイオナさんにも引けを取らないんじゃないかと感じたレベル。

 拳を交えて思ったが、ここで死ぬには本当に惜しい存在だ。


「ガハハッ! 面白い! 面白かったぞ、エリアス! やはりお前は怪物だな」


「戦いは終わったんだ。そろそろ俺達を街に戻してくれ」


「あぁ、分かってる。その前にエリアス、最後の頼みだ、お前にはこうやって時々召集をかける。その時は必ず応じ、ここへ足を運べ。もちろん送り迎えは部下がする。もちろんこれに応じている間は仲間に手出しをせん。どうだ?」


 と、ヴォルガンは俺にとって破格の条件を提示してきた。

 俺がここに来るだけで仲間を守ることができる。

 それに俺1人なら多勢で攻められようが、不意打ちをされようが、逃げるくらいは容易い。


「俺としては問題ないが、なんでそんなことを頼む?」


 そう問うと、ヴォルガンは当然のように答える。


「今の戦いが面白かったからだ。時々お前の戦いを見せてくれ」


 コイツは何を考えている?

 しかしそのまっすぐな瞳からは裏表の有無など感じさせない力強さがある。

 まぁ俺に関していうと、特にデメリットは感じない。


 そう思って、とりあえずは首を縦に振ったのだった。



 それからヴォルガンは部下へ俺達を街へ送り届けるよう依頼し、自らは別室へ移動していった。

 ふぁ〜あ、と大きなあくびをしながら出ていった様子、今日1日ご満悦って感じなのだろう。


 そして俺と女の子を送る部下は、さっきNo.3とか言っていたモーリスってやつと他2人。

 俺は未だ気を失っている女の子を抱えながら、男達に誘導されるがままに外へ向かった。


 もちろん帰りも竜車……だけどどうやら行きのものと別物らしい。

 帰りのそれはみたところえらく頑丈、俺達を乗せる鉄製の荷台は中の様子が全く分からないときた。


「ガキ、さっさと乗れっ!」


 鉄荷台の乗り口を開けたモーリスは乱暴にそう言い放つ。


「なんか来る時よりえらく頑丈なんだけど」


 内心かなり不審に感じた俺はストレートにそう問い投げた。


「う、うるせぇ! ヴォルガンさんから大事に運べって言われてんだよっ!」


 え、そんなん言ってたっけ?

 呑気にあくびしながら去っていったように思うけど。


「ほら、早く乗れ! お前らが帰らねぇと俺らも夜寝れねぇんだよ!」


 部下が急くように俺の背中を押し、無理矢理荷台に乗せてくる。

 まぁコイツらも命令に従ってやっていること。

 これを終えないと、ってのはよく分かる。


 ……どのみちこれに乗らないと俺も帰られないわけだ。


 未だにこの怪しさの正体が分からない……と正直半信半疑の状態で、俺は女の子を背負ったまま鉄の荷台へ乗り込んだのだった。

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