俺はダストエンドにある集会所……そう、つまり我が家へ帰るため、怪しい鉄の荷台付き竜車で運んでもらっている。
中は意外にも明るく、証明みたいなものが空間全体を照らしてくれた。
それから座席も電車の席のような横並び。
おかげでずっと抱えていた女の子を横に寝かすことができた。
向かいにはモーリス含めた部下2名。
ちなみにもう1人は荷台外で竜の操縦をしている。
それにしても行きとは違う頑丈な鉄の荷台、正直何を考えているのかよく分からない。
もしかして本当に俺達を安全に運ぶため?
……いや、そんなバカな。
どこぞのワル盗賊一味がお客様ファーストで考えるんだよ。
絶対にそこには自分本位な考えが盛り込まれているに違いない。
なんて、今何を考えても目の前の部下達は静かに竜車に揺られているだけ。
何も分かりようがない。
仕方ないので俺は向かいの奴らを警戒しつつ横で今も尚眠っている女の子にも目を配る、といったマルチタスクをこなしながら竜車での時間を過ごしたのだった。
それから揺られて1時間と少し程度経過。
竜車は静かにその場で止まった。
……なんだ?
着いたにしては少し早い気がする。
いつもならもう30分ほど余分にかかっていたはずだけど。
「……ふーっ、ようやくか」
モーリスが大きなため息と共にそう漏らす。
「なんだ、もう着いたのか?」
とモーリスに問うも言葉は返ってこず。
しかしそれからすぐ荷台の扉が開いた。
「すいません、竜達に休憩を!」
外の部下からの報告。
彼いわく竜が疲れたとのこと。
「今までそんなことあったっけ?」
「う、うるせぇぞガキ! そこの水が入った樽を竜達に運ぶ! テメェも手伝え!」
「なんで俺が……」
「おいガキ、お前は乗ってるだけだろうが!」
「いや、乗ってるだけならコイツらも一緒じゃ……」
「早く帰りたいんだろ? さっさと運べばすぐに出発する!」
俺と外の部下の言い合いにモーリスともう1人は全く興味を示さずにいる。
くそぉ、コイツらも座ってるだけなのによぉ。
「分かったよ、運べばいいんだろ!」
「そうだ、それでいい」
外の部下も納得の様子で首を縦に振る。
腹は立つが仕方ない、さっさと運ぶか。
樽のサイズはそれこそ5歳のエリアス等身大。
こんな大きなものを子供に運ばせるとはなんという大人達だ。
奴らがゆっくりしている間に俺は、えっさほいさと運んでいく。
荷台を引いてくれていた竜さんは2体、はぁ、はぁと息も荒く、溜まった熱を吐き出すように口を開け、舌も前に突き出している。
どうやら疲れているのも本当、この様子じゃかなり喉も渇いているだろう。
「さぁ、たんとお飲み!」
俺は1体に1つの樽を用意し、竜が存分に飲水している姿を眺める。
「……お前達も荒いご主人に仕えて苦労してるだろうになぁ」
その言葉が伝わったのかどうか分からないが、2体の竜は飲水中、ひょこっと顔を上げ、横に首を傾げている。
「俺達がここから脱出する時、一緒に行けたらいいな」
最後、俺の気持ちをそこで吐き出した後、俺は荷台に戻ろうとした。
しかし様子がおかしい。
荷台の扉が閉まっているのだ。
そして不幸なことに、鉄に囲われた荷台で中の様子が分からない。
……不幸なことに?
いや違う、これは故意だ。
奴ら部下によって仕組まれたもの。
「お前ら、やめ……やめろ、何すんだ! 汚い手で触んなよ!」
内部で反響している声がわずかに漏れている。
女の子特有の高い声だからこそようやく聞こえたという感じ。
間違いなく、奴らは赤毛の女の子に何か乱暴をしている。
「おい、開けろっ!」
俺は外から強く拳で叩いた。
さすが鉄でできているため、びくともしない。
「くそ、このための鉄荷台か!」
俺は氣を最大に練った拳をフルスイングでぶつけた。
ドンッ――
大きな重低音と拳型に凹んだ荷台、しかし開くまではいかない様子。
「アヒャヒャヒャヒャッ!」
ドンドンッドン――
そして中からは高笑いする男の声とリズムカルな殴打音。
中は安心だとばかりに軽い挑発をしてきている。
「マジで舐めてんな」
もうすでに憤りが頂点に達しそうなところで、再び女の子の声が聞こえる。
「……こんなところでアタシの処女が……くっそぉーっ!」
なるほど。
女の子に対しての性的暴行。
想像はしていたが、やはりクズ集団だな。
遠慮なくぶっ潰して良さそうだ。
だがこの鉄荷台、どう突破する。
そう考えた時、ふと脳裏をよぎったのは魔法の存在。
しかしここは魔法が禁止で……。
待てよ、竜車が止まったのは街ではなく、砂漠の中心。
誰が魔法の存在に気づくんだ?
幸い鉄荷台の中からは俺の姿は見えない。
つまり荷台を壊す時のみの使用は問題ないってことじゃないか?
「……へへ」
自然に頬が緩む。
久々にも思える魔法の発動。
「この荷台叩き斬っちゃらぁーっ!」
俺は右手に宿した炎のエネルギーから、一瞬にして1本の剣を構築した。
その大きさ、俺の全長より遥かに大きい、2メートルくらいはあるはず。
そしてその剣を自らの手で握った俺は、荷台めがけてまっすぐ直上から振り下ろした。
ジュウゥ、ガタンガタン――
と大きな音がこの地に鳴り響く。
俺の火の剣が鉄の荷台を焼き斬り、真っ二つになった荷台が地に崩れ落ちたのである。
そしてバレぬ間にすかさず魔法を解除した。
もちろん女の子を避けて斬ってある。
彼女はよほど氣を習熟しているのか、常に体へ宿していた。
そのおかげで鉄越しでも大体の位置が分かったのだ。
「おい、なんだ! なんの騒ぎだ!?」
この事態にモーリスともう1人の部下が飛び出してきた。
「あぁ……くそぉ、なんだ、よ……」
そしてそれに遅れてもう1人。
なんとか出てきたと思えば、片腕をなくし、外へ脱出したところで前に倒れ込んだ。
女の子の位置しか気にしていなかったからありゃ火の剣が当たっちゃったんだな、かわいそうに。
「……前、……お前っ! よくも仲間をっ!!」
もう1人の部下は、仲間の負傷を俺の仕業だと確信して威勢よく迫ってきた。
それも体に仕込んでいた小刀のようなものを持っている。
ブンブンッ――
と、勢いよく振ってくるが見事空振り。
「女の子を襲っておいて、仲間の心配だけは一丁前にできるんだな」
武器を使うならいいよな、ってことで俺も手刀を繰り出す。
氣を最大限練ったその手刀で俺は部下を斜めに斬り込んだ。
「……グアッ!」
斬られた痛みでか手に持つ小刀を地面に転がし、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
まっすぐ受け身すら取らずに倒れたところ、完全に気を失ってるのだろう。
「なんなんだよ、お前っ!」
仲間がやられて初めて、モーリスの表情に焦りが見えた。
「お前こそなんなんだよ。大人が揃って1人の女の子を襲いやがって!」
「し、仕方ねぇだろ! 普段お楽しみはボスのヴォルガンさんだけ! 俺達はせっせと働くだけなんだ。このくらいの楽しみくらいあっていいじゃねぇか!」
「そうだったのか、それなら仕方がない……ってなるわけねーだろ! どっちにしろ、お前らがさっきしたことはやっちゃいけない一線だ」
ま、コイツの訴えに対して一寸たりともピンとは来なかったが、ヴォルガンに仕えることで溜まったストレスには間違いない。
そもそも悪の中から生まれた悪、問題は影の牙自体にあるのかもしれないな。
「……まぁいい。お前みたいなガキに、影の牙No.3が負けるわけがない。遅かれ早かれ、証明するつもりだったんだ。ちょうどいい。お前はここで殺してやる!」
それからモーリスは急ぎ足で崩れた荷台へ入っていき、再び外へ出てきた。
「……なんだそれ?」
「ははっ! 俺の戦闘スタイル、ガントレットだ!」
そして両手の拳をガンガン、とぶつけ合って得意げに笑った。
「なるほど、武器ありね」
俺は手前に落ちてある小刀を拾い、戦闘態勢に入る。
「死ねぇ、クソガキっ!!」
重そうな図体の割に軽快な速度。
ラニアほどではないが、今まで戦ってきた部下とは一足違うらしい。
さて影の牙No.3の実力、見せてもらおうか。