「みなさんを召喚するには、この場所は少し手狭ですね。大ホールのほうに移動しましょう」
ノーアさんに連れられて、わたしたちは調印式の会場から大ホールへと移動する。
1個中隊相当の敵軍かー。
100人規模のホムンクルスってことだよね。
でも最初にノーアさんは「2体の仮初の肉体を用意した」みたいなことを言っていたのに、実は100体も予備でホムンクルスを作っていたってこと? こんなこともあろうかと、の想定範囲が広すぎるんですけど。
「アリシアさん……私、ちょっと怖いです……」
そうだよね。
日課で魔物をぶっ飛ばす趣味がナタヌでも、対人戦は経験ないでしょうし、これから100人の敵と対峙するのは怖くて当然だと思う。わたしも怖いし! でも安心させてあげなきゃ。
「だ、大丈夫だよ。わたしもいるし、スーちゃんは最強の女神様だよ? それとなんて言ったって『賢者の石』ことノーアさんがついているんだから。何があってもわたしたちの願望が実現する。そういうものだよ」
万能の願望器『賢者の石』。
ノーアさんが味方にいるっていうのは、ある意味それだけで反則技だからね。
ノーアさんがいれば因果律さえ捻じ曲げてしまえる。たぶんそういうものなんだと思うんだ。もしかしたら今も捻じ曲げられたのかもしれない。わたしたち人間にはそれを観測することはできないだろうけれど。
「この会場なら広さも十分でしょう」
『ああ、良さそうだな。おい、お前たち』
スーちゃんに声をかけられたのは、わたし、ナタヌ、スレッドリーの3人だ。
「なーに、お義姉ちゃん?」
『これから反乱分子を閉じ込めた200体の人形を召喚する』
200体⁉
思っていた人数の2倍だ!
中隊ってそんなに人がいるんだっけ。
「つまり……反撃されないようにわたしたちで制御すればいいのね!」
「お任せください!『セイクリッド・フォース』でぶっ飛ばします!」
やる気満々のナタヌ。
力強く杖を握り締める。
『いや違う』
そうだよね。
建物の中で魔法はダメだよね。
ならば――。
「俺の出番か。俺の剣ですべての敵をなぎ倒す」
いよいよ『剣聖』スレッドリーの出番ね!
屋内ではやっぱり剣!
わたしのライトサーベルも狭いところは苦手だし、スレッドリーに任せた!
『それも違う』
スーちゃんが首を振る。
んー、じゃあどうすればいいの? わたしたちの攻撃手段って、ビーム、魔法、剣、の3つしかないんだけど?
『攻撃はするな』
「えー! 攻撃しないでどうやって制圧するの⁉」
わたしたちが「コラー」って言っても、たぶん聞いてくれないと思うよ?
そういう役だったらシャーレさんに直接頼んだほうが良さそうだと思うの。
『イスとテーブルをセッティングしろ』
「……はい?」
なんでそんなことを?
イスとテーブルを並べたら、めっちゃ狭くなって、今よりももっと戦いにくくなるよ?
『戦いのことは忘れろ。そっちの隅に重ねてあるイスとテーブルを人数分セットしろ。急げ』
「えー、うん。スーちゃんが言うなら……はい」
ナタヌとスレッドリーに目配せする。
とにかく従わないと。
理由はわからないけど、ここのリーダーはスーちゃんだしさ。
200人分かー。
こんな時エヴァちゃんがいてくれたらすぐなのになー。
【おいらたちも手伝うっす】
【私も手伝い……どうしましょう】
「ありがとうございます! ウルティマさんはこっちをお願いします! シャーレさんはそこで応援しててください! 見ていてもらえるだけで作業捗るので!」
シャーレさんが「ニャー」と鳴くだけで、わたしたちの作業速度は上がっていくからねー♪
じゃあ役割分担。
わたしとスレッドリーがテーブル係で、ナタヌとヤンス(ウルティマ)がイス係ね。テーブルのほうが重たいだろうし。
並べ方どうしようかなー。
200人だと丸くするのは無理だし、とりあえずスーちゃんのほうに全員がまっすぐ座る感じにしようかな。いわゆる講義形式ってやつかな? 講義って意味わかる?
「いっくよー」
ローラーシューズと同じ原理で、床に魔力の波を起こして、テーブルを滑らせる。テーブルが魔力の波乗りをして、セッティング係のスレッドリーのところに流れていく。これなら重たいテーブルも楽々運べちゃう♪
イス係の2人は……。
20脚くらいのイスを縦に重ねて、ローラーシューズで強引に運んでいる。
さっすがナタヌ! パワー系プリースト!
* * *
『よし、並べ終わったな。全員お疲れ』
まあ、わたしたちにかかればこんなの大したことはないですよ。
ね?
と思ってみんなのほうを見てみると、元気が余っているのはわたしと同じテーブル係のスレッドリーだけ。ナタヌは疲弊しきった表情をしていた。ヤンス(ウルティマ)は、飄々としていて疲れているのかちょっとわからないや。
「ナタヌ。HP回復ポーション」
アイテム収納ボックスから取り出して手渡す。
「ありがとうございます……。少し疲れました……」
ナタヌはポーションを口にしてから、小さくため息を吐いた。
『ノーア。準備ができたぞ。召喚を頼む』
「かしこまりました。それではこの場に召喚いたします」
ノーアさんが右手を掲げると、天井付近の空間がぐにゃりと歪み出す。
それがだんだんと大ホールの天井いっぱいに広がっていく。
めっちゃ大規模な召喚だわ……。
「出ます」
いよいよ敵さんとご対面、か。
ホムンクルスに閉じ込められているんだよね。
どんな姿だろう。