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第72話 アリシア、恋バナを聴く(1)

「それでは恋バナ大会を始めたいと思います」


 恋バナ大会ねぇ……。


「みなさんは、とっておきの恋バナで、私のことをキュンキュンさせてください」


 ノーアさん……死ぬほど似合わないセリフを吐くのをやめてもらって良いですか?

 キュンキュンって……。

 ちょっと寒気がしてきたので早退します。


「アリシア=グリーン。早退するなら先に恋バナをしてからにしてください」


 うーんダメかー。『賢者の石』からは逃げられない!

 恋バナねー。

 何にも思いつかない……。


「まずはどなたから話されますか?」


 ノーアさんが全体を見渡すように言う。主にわたしたちのほうに向けて言っているみたいだけど……。

 まあそうだよね。これはおもてなしの1つ。わたしたちが恋バナを『ウルティムス』の人たちに聞かせるという娯楽の提供なんですよね? そもそも人格があやふやな『ウルティムス』の人たちが恋バナとかできるとも思えないし。人格がなかったら、恋なんてしないよね?


「まずは俺が行こう!」


 スレッドリーが手を上げる。

 トップバッターは会の流れを決める重要な役割だけど……ホントに大丈夫?


「それではスレッドリー殿下、あなたの恋バナを聴かせてください」


 ノーアさんの呼びかけに、スレッドリーが大きく頷く。

 深く深呼吸を1つした後、ぽつぽつと語り始めた。


「あれは俺が10歳、仮成人になったばかりの頃の話だ」


 まあ、そうですよねー。

 絶対その話だと思った……。


「今思えば、仮成人となり、様々な権限を与えられて少し調子に乗っていた時期だったと思う」


 少し、ねぇ。


「ラッシュやラダリィから何度も『領地経営の勉強をするように』『国民、領民との接し方を理解するように』と言われていたが、あの時の俺の耳にはまったく入っていなかったんだ」


 お金で何とかしようとしている最低野郎だったもんねー。

 それが悪いとも思っていなかったんだろうから、隠そうともしなかったし。

 控えめに言って清々しいクズ?


「俺はパストルラン王国の第2王子だ。第1王子の兄上には、父上をはじめ周りの皆が期待をしていた。もちろん今も期待されている。だからだと思うが、俺は兄上に比べれば自由を与えられていた。ラダリィはことあるごとに、俺に王を目指すように話をしてくるけれど、俺は将来、自分が王になりたいとも思っていなかったし、第2王子で良かったと思っているんだ」


 スレッドリーが小さく笑う。

 それを聞いて、わたしはどんな顔をしたら良いのかわからなかった。ナタヌもわたしと同じ気持ちなのか、複雑そうな表情を見せていた。


「当時の俺は、自由を与えられていたのを良いことに、好き勝手やってしまっていたんだ。それを誰も咎めたりはしなかった。いつもそばにいてくれたラッシュとラダリィ以外はな」


 当時からどれだけあの2人に助けられていたのか。

 今になってようやくそれが理解できたってことだよね。でも今、それをちゃんと感謝することができているんだから、気づいたのは遅くないと思うよ。


「だがラッシュとラダリィはやさしい。やさしく注意してくれていたのだが、当時の俺はまったく意に介していなかったんだ。『また何か言っているな』と雑音くらいにしか思っていなかった」


 まあ、そんな感じだったよね。

「俺がすべて正しい」みたいな顔して歩いていたし。


「しかし、そんな俺の運命を変える出来事が起こったんだ」


 ああ……ついにわたしが登場しちゃう……。

 ナタヌがちょっとだけスレッドリーの話に興味を持ち始めているし。これ、わたしの話だってわかった時、どんな顔をするんだろう……。


「当時、俺と同い年で、仮成人を迎える伯爵のご令嬢の夜会に呼ばれていた時のことだ。俺は、そのご令嬢に何かプレゼントでもして機嫌を取ろうと考えていたんだ」


 貴金属なら喜ぶだろうって言ってたねー。

 まあ、無難ではあるけどさ。


「兄上が即位された後、俺も領地を賜ることになるだろうから、年齢が近い貴族と友だちになり仲良くしておけば、何かと便利だろうなと考えた末の行動だった」


 ロイスの美貌が何たらって言っていたから、最初はエロいこと目的なのかと思ったけどそういうわけじゃなかったのよね。嘗め回すように見てくるから、わたしのこともエロい目で見ているのかと思ったくらいだし。ただの非常識で無遠慮なヤツだっただけ……。


「そこで偶然、1人の女性と出逢ったんだ。いや、今思えば偶然ではなかったのだろうな。運命だったのだと思う」


 ううん、ただの偶然だよ。


「その運命の女性――そこにいるアリシアだ」


 みんなの視線が集まるのを感じる。


 あーうん、とりあえず手を振って愛想笑いでごまかそう……。


 うぅ、ナタヌの視線がめちゃくちゃ痛い……。

 なんでわたしのことを責めてるみたいな目で見てくるの? アイツが勝手に言っているだけでしょ!


「アリシアは、俺のやろうとしていることを否定し、強く叱りつけてくれた。俺の狭くて歪んだ価値観を一瞬で全部ぶち壊してくれたんだ。俺に未来を見せてくれたんだ」


 ざっくりまとめるとめっちゃ良い話に聞こえるー。不思議ー。

 隷属の腕輪なんて使おうとしているのにむかついたから、やることなすこと1個ずつ全部否定してやっただけなんだけどねー。


「俺は目が覚めた。アリシアのおかげで、最低な王子にならずに済んだんだ。しかし今でも思う。その時の俺を褒めてやりたいと。アリシアとただでは別れず、友だちになり、また会う約束をすることができた。俺は初めての友だち……運命の相手を手に入れることができたんだ」


 運命の相手かは知りませんけど、まあ、変な意味ではなくて、わたしも異性の友だちは初めてでしたね……。

 ナタヌさん、そろそろ視線の炎で肌が焦げてしまいそうなので、もうちょっと出力弱めでお願いします……。


「それからの俺は、アリシアに教わった領地経営のことや、領民との接し方など、良い領主としての振る舞いを学ぶために努力した。ラッシュやラダリィからは『殿下が心を入れ替えてくださってうれしい』と言われたが、俺は心を入れ替えたわけではなかった」


 んー? 心を入れ替えたんじゃないの? まさか下心的な?


「俺はアリシアと出逢ったことで生まれ変わったんだ。心だけでなく、すべてが新しくなった」


 そうですかー。

 わたしは生まれ変わりませんでしたけどねー。


「ずっとアリシアのことばかり考えて過ごした。アリシアならどうするか、アリシアならどう考えるか。寝ても覚めてもアリシアの笑顔が頭から離れなかった」


 わたし、言うほど笑顔だったかなー?

 けっこう怖い顔をして説教していたと思うけどね。


「ある時、ラダリィに言われたんだ。『殿下、それは友情ではありません。恋です』と」


 そういう流れかー。


「その時『俺はアリシアに恋をしていたんだな』と気づいたんだ。これが俺の恋バナだ。ご静聴感謝する」


 ノーアさんを中心に拍手が起こった。


 そっか……。

 ラダリィに言われて気づいたんだね。

 うーん、ちょっとモヤモヤするこの気持ちはなんだろう……。 

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