「『ファイヤーボール』」
ノーアさんはわたしに向かってにっこりと笑うと、巨大なそれをこちらのコートに向かって投げてきた。
「ちょちょちょっ! それはさすがに反則ぅ!」
ファイヤーだけどその大きさはもうボールじゃないでしょ!
炎の壁だよ!
「ナタヌ!」
これ、どうするの⁉
炎の壁を投げつけられた時のレシーブ側のセオリーって何⁉
振り返るとナタヌは胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなポーズを取っていた。
「『魔法障壁』」
ナタヌの防御魔法スキルが発動する。
コートの半面を覆うほど巨大なプロテクションだ。
ノーアさんの『ファイヤーボール』が届く前に、ボールも含めてすっぽりとこちらのコート全体、そして観客席も包み込んでいた。
「おお、さすが……」
これぞプリースト。
攻撃魔法スキルばっかりじゃなくて、ちゃんと本職の防御魔法スキルも鍛えていたんだね。
良かったよ……。
なーんて安心したのもつかの間――。
ノーアさんの巨大な魔法スキル『ファイヤーボール』とナタヌの展開した防御スキル『魔法障壁』がぶつかり合って激しい削り合いが始まる。
お互いの魔法スキルは、ぶつかり合って一瞬で消滅する、なんてことはなく、数秒、いや10数秒間にわたって激しくせめぎ合いを続けた。
結果。
ボールは無事、ナタヌの手元にすっぽりとおさまっていた。
わたしたちは燃やされることはなかった。ナタヌの『魔法障壁』が巨大な『ファイヤーボール』からわたしたち、そして『ウルティムス』のみなさんの身を守ったのだった。
「アリシアさん! やりました!」
「すごい! まさかあのノーアさんに競り勝つなんて!」
相手はパルーボール初代王者ってだけじゃなくて、伝説の『賢者の石』だよ?
普通にもう伝説級のプリーストを名乗れるじゃないのさ!
「アリシアさん、喜ぶのはまだ早いです。ここでポイントを取って、勝ちを決めます!」
「お、そうだったね。まだカウントは2-2だ」
残り時間もわずか。
自分のコート内に25秒を越えてボールをとどめてはいけないルールもある。
となれば、急いで相手のコートに投げ入れて『セイクリッド・フォース』でボールを消し炭に変えたら、わたしたちの勝ちだ!
どう? 悔しい?
と、スレッドリーとノーアさんの様子を伺ってみる。
スレッドリーはサーブを打った位置で、ノーアさんは『ファイヤーボール』を打った位置で、身動きが取れないでいるみたいだった。
全力を出し尽くしたかな? それとも、ナタヌの『魔法障壁』の強度に驚いて腰を抜かしたとか? まあ、今からどこにポジションを取ったとしても、ナタヌの『セイクリッド・フォース』があれば余裕なんだけどねー♪
「ナタヌ、いきます!」
ナタヌが上空へボールを投げ上げる。
そしてすぐに『セイクリッド・フォース』の発動体制へ。
完璧なコンボだ!
さあ、どうする?
ナタヌみたいに『魔法障壁』で守る?
でも、『セイクリッド・フォース』は『ファイヤーボール』と違って光を凝縮した熱波の攻撃と、範囲物理衝撃の両方で攻撃するからね。簡単には守れないでしょ?
「『セイクリッド・フォース』」
ナタヌの手から一筋の光が放たれる。
よし、勝ったな。
と、勝敗の行方、ボールの行方を目で追っていた時だった。
消えた……?
ナタヌの放った『セイクリッド・フォース』が当たるよりも前に、ボールが消失した。
「え、どういうこと……?」
「アリシアさん……やられました……」
ナタヌが悔しそうな声を上げる。
そして指さす方向を見ると――。
「次はこちらの攻撃です」
ボールは、なぜかノーアさんの手の中に納まっていた。
標的を失い、虚空へと消えていく『セイクリッド・フォース』。
「えっ、なんで⁉」
「アリシア=グリーン。私がいつまでも化石のような『賢者の石』だと思いましたか?」
「えっと、それはどういう……」
「情報とは生き物です。常にアップデートが必要なのですよ。攻撃魔法スキルを放たれたらどうすればいいのか、とね」
それって……最新のパルーボールの戦術も学んでいるぞって……そういうこと?
「ご名答です。それでは改めて最後の攻撃を受け取ってください」
ノーアさんがそう言うと、その手の中にあったボールが再び消えた。
≪3ポイント、スレッドリー&ノーアペア≫
審判のエヴァちゃんによるコール。
「アリシアさん……やられちゃいました……」
2度目となるナタヌの悲しそうな声を聞き、慌てて振り返る。
そこでわたしが見たものは――。