ナタヌはジャンプすることなく、右手の力だけでゆっくりとボールを相手のコートに向かって投げた。
さっきのわたしのサーブよりもだいぶゆっくりとした速度でボールが飛んでくる。
わたしの頭上を越え、ネットの辺りまでボールが飛んでいった瞬間――ナタヌが小さな声で呟いた。
「『セイクリッド・フォース』」
ボールを投げたフォロースルーのまま前方に向かって掲げられた右手。
その杖を持たないナタヌの手から光が溢れ出す。
刹那――聖なる光が収束。鋭い光の矢が撃ち出される。
ナタヌの放った光の矢が、あっという間にふわふわと飛んでいくボールに追いつき、そのまま一気に飲み込んだ――。
≪1ポイント、アリシア&ナタヌペア≫
「ええー⁉」
思わず声を上げてしまった……。
ボール消えたけど⁉
燃え尽きたけど⁉
どういうことなの⁉
ほら、『ウルティムス』の観客のみなさんもざわざわしちゃってるじゃないのさ。
「やりました、アリシアさん! 私の本気、見てくれましたか!」
めちゃくちゃうれしそうに走り寄ってくるナタヌ。
「いや……うん……見たけど……あんなのありなの?」
ボール蒸発させたらダメじゃない?
「もちろんありですよ! 相手のコート上でボールが消失したら、コートに落下したのと同じ扱いです!」
「それはルールとしてどうなの……」
不慮の事故でもなく、がっつり魔法スキルの詠唱しちゃってたし……。
「大丈夫ですよ! 本番の試合の時にしか使いませんから! 孤児院ではボールは貴重でしたし!」
心配の方向性が違う……。
もちろん道具を大事に使うのは良いことだけどね?
「そもそもパルーボールって、魔法とかスキルとかって……ありなの?」
「なんでもありですよ! 相手に直接攻撃を仕掛けなければ何でもありです!」
気づかない間に、とんでもない競技に巻き込まれてしまったわ……。
何が「大人の遊びですよ」だ。
これ、下手するとケガどころじゃすまないやつじゃない……。
「ここからはスキル解禁です! ほら見てください。殿下とノーアさんも何やら作戦を立て始めましたよ」
まあそりゃそうだよね。
これまでわりと正々堂々と戦ってきた相手が、いきなり『セイクリッド・フォース』でボール消し飛ばしてきたら、わたしだってペア同士の緊急ミーティングを開くわ……。
「デモンストレーションマッチは15分の1本勝負ですし、時間を考えれば、次のゲームでポイントを取れれば私たちの勝ちです」
「そっか。もう15分か。わたしたち、もうそんなに戦ってたんだね」
パルーボール、意外と白熱したね。
ナタヌが禁断の手を使わなければ、お互いの健闘を称え合って終えられた感じだったんだけど……。
「アリシアさんはLBで待機して見ていてもらえれば大丈夫です。あとは私がポイントを取ります」
「ん、次はあっちの……スレッドリーのサーブだよね? サーブした瞬間に『セイクリッド・フォース』で消すの?」
スレッドリーがサーブを打った瞬間を狙い撃つと100%勝ちってことになる?
「それは反則です。サーブは相手側のコートの空間に入るまでは誰も触ってはいけないルールです」
「なるほど」
そりゃそうか。
そうじゃないとサーブする人の手元に攻撃魔法を撃ち込むだけになっちゃうもんね。
「んー、そうなるとサーブ側が圧倒的に有利なのかな」
相手のコートに入った瞬間にボールがロストすればサーブ側のポイントになる。
そうなると必ずサーブ側がポイントを取れることになるよね。公式の試合だとポイントを取ったほうが続けてサーブをするルールなんだよね? そうなると、ずっとサーブが続いてワンサイドゲームになりそう。でも今回のデモンストレーションマッチは、ポイントを取られたほうがサーブだし、交互にポイントの取り合いが発生して決着がつかなそう……。どうするの?
「そこは任せてください。レシーブ側にもセオリーがありまして、対策はバッチリです!」
経験者のナタヌが言うんじゃ、まあ大丈夫なんでしょう。
「OK。じゃあわたしは特等席でナタヌの活躍を見物させてもらうね!」
≪カウント2-2。サーブ、スレッドリー&ノーアペア≫
向こうも話し合いを終えたのか、スレッドリーがサーブポジションに入る。
こちらから見て左サイドからのサーブだ。
スレッドリーのすぐ横にノーアさんが立っている。
2人がコートの後方に立つという変則シフトだ。
何か仕掛けてくる、か。
まあそれはそう。
何もしなければナタヌの魔法の餌食になることは間違いない。
それくらいは向こうのチームもわかっているよね。
何をしてくるのかな。
ちょっとワクワクしている自分がいる。
「いくぞ」
スレッドリーは助走をつけずにその場で小さくジャンプ。
上半身のしなりだけでボールをネットの遥か上空を目指して投げ上げた。
ボールの軌道はさっきノーアさんが放った『サンダーボルト』に似ている。
でも速度も高さもそこまでではない。
ボールが最高到達点まで達した後、わたしたちのコートに向かって自由落下を始める。
そこでノーアさんが動いた。
万歳のような格好で両手を広げる。
上空に発生する巨大な火魔法。
でっかい!
コート全体を飲み込めるほど大きな大きな火の塊だ!
「『ファイヤーボール』」
ノーアさんはわたしに向かってにっこりと笑うと、巨大なそれをこちらのコートに向かって投げてきた。
「ちょちょちょっ! それはさすがに反則ぅ!」
ファイヤーだけどその大きさはもうボールじゃないでしょ!
炎の壁だよ!
「ナタヌ!」
これ、どうするの⁉
炎の壁を投げつけられた時のレシーブ側のセオリーって何⁉