目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第67話 アリシア、特等席で試合を観戦する

 ナタヌはジャンプすることなく、右手の力だけでゆっくりとボールを相手のコートに向かって投げた。


 さっきのわたしのサーブよりもだいぶゆっくりとした速度でボールが飛んでくる。


 わたしの頭上を越え、ネットの辺りまでボールが飛んでいった瞬間――ナタヌが小さな声で呟いた。


「『セイクリッド・フォース』」


 ボールを投げたフォロースルーのまま前方に向かって掲げられた右手。

 その杖を持たないナタヌの手から光が溢れ出す。


 刹那――聖なる光が収束。鋭い光の矢が撃ち出される。


 ナタヌの放った光の矢が、あっという間にふわふわと飛んでいくボールに追いつき、そのまま一気に飲み込んだ――。


≪1ポイント、アリシア&ナタヌペア≫


「ええー⁉」


 思わず声を上げてしまった……。


 ボール消えたけど⁉

 燃え尽きたけど⁉

 どういうことなの⁉


 ほら、『ウルティムス』の観客のみなさんもざわざわしちゃってるじゃないのさ。


「やりました、アリシアさん! 私の本気、見てくれましたか!」


 めちゃくちゃうれしそうに走り寄ってくるナタヌ。


「いや……うん……見たけど……あんなのありなの?」


 ボール蒸発させたらダメじゃない?


「もちろんありですよ! 相手のコート上でボールが消失したら、コートに落下したのと同じ扱いです!」


「それはルールとしてどうなの……」


 不慮の事故でもなく、がっつり魔法スキルの詠唱しちゃってたし……。


「大丈夫ですよ! 本番の試合の時にしか使いませんから! 孤児院ではボールは貴重でしたし!」


 心配の方向性が違う……。

 もちろん道具を大事に使うのは良いことだけどね?


「そもそもパルーボールって、魔法とかスキルとかって……ありなの?」


「なんでもありですよ! 相手に直接攻撃を仕掛けなければ何でもありです!」


 気づかない間に、とんでもない競技に巻き込まれてしまったわ……。

 何が「大人の遊びですよ」だ。

 これ、下手するとケガどころじゃすまないやつじゃない……。


「ここからはスキル解禁です! ほら見てください。殿下とノーアさんも何やら作戦を立て始めましたよ」


 まあそりゃそうだよね。

 これまでわりと正々堂々と戦ってきた相手が、いきなり『セイクリッド・フォース』でボール消し飛ばしてきたら、わたしだってペア同士の緊急ミーティングを開くわ……。


「デモンストレーションマッチは15分の1本勝負ですし、時間を考えれば、次のゲームでポイントを取れれば私たちの勝ちです」


「そっか。もう15分か。わたしたち、もうそんなに戦ってたんだね」


 パルーボール、意外と白熱したね。

 ナタヌが禁断の手を使わなければ、お互いの健闘を称え合って終えられた感じだったんだけど……。


「アリシアさんはLBで待機して見ていてもらえれば大丈夫です。あとは私がポイントを取ります」


「ん、次はあっちの……スレッドリーのサーブだよね? サーブした瞬間に『セイクリッド・フォース』で消すの?」


 スレッドリーがサーブを打った瞬間を狙い撃つと100%勝ちってことになる?


「それは反則です。サーブは相手側のコートの空間に入るまでは誰も触ってはいけないルールです」


「なるほど」


 そりゃそうか。

 そうじゃないとサーブする人の手元に攻撃魔法を撃ち込むだけになっちゃうもんね。


「んー、そうなるとサーブ側が圧倒的に有利なのかな」


 相手のコートに入った瞬間にボールがロストすればサーブ側のポイントになる。

 そうなると必ずサーブ側がポイントを取れることになるよね。公式の試合だとポイントを取ったほうが続けてサーブをするルールなんだよね? そうなると、ずっとサーブが続いてワンサイドゲームになりそう。でも今回のデモンストレーションマッチは、ポイントを取られたほうがサーブだし、交互にポイントの取り合いが発生して決着がつかなそう……。どうするの?


「そこは任せてください。レシーブ側にもセオリーがありまして、対策はバッチリです!」


 経験者のナタヌが言うんじゃ、まあ大丈夫なんでしょう。


「OK。じゃあわたしは特等席でナタヌの活躍を見物させてもらうね!」



≪カウント2-2。サーブ、スレッドリー&ノーアペア≫


 向こうも話し合いを終えたのか、スレッドリーがサーブポジションに入る。

 こちらから見て左サイドからのサーブだ。

 スレッドリーのすぐ横にノーアさんが立っている。

 2人がコートの後方に立つという変則シフトだ。


 何か仕掛けてくる、か。


 まあそれはそう。

 何もしなければナタヌの魔法の餌食になることは間違いない。

 それくらいは向こうのチームもわかっているよね。


 何をしてくるのかな。

 ちょっとワクワクしている自分がいる。


「いくぞ」


 スレッドリーは助走をつけずにその場で小さくジャンプ。

 上半身のしなりだけでボールをネットの遥か上空を目指して投げ上げた。


 ボールの軌道はさっきノーアさんが放った『サンダーボルト』に似ている。

 でも速度も高さもそこまでではない。


 ボールが最高到達点まで達した後、わたしたちのコートに向かって自由落下を始める。


 そこでノーアさんが動いた。


 万歳のような格好で両手を広げる。

 上空に発生する巨大な火魔法。


 でっかい!

 コート全体を飲み込めるほど大きな大きな火の塊だ!


「『ファイヤーボール』」


 ノーアさんはわたしに向かってにっこりと笑うと、巨大なそれをこちらのコートに向かって投げてきた。


「ちょちょちょっ! それはさすがに反則ぅ!」


 ファイヤーだけどその大きさはもうボールじゃないでしょ!

 炎の壁だよ!


「ナタヌ!」


 これ、どうするの⁉

 炎の壁を投げつけられた時のレシーブ側のセオリーって何⁉


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?