「ここで殿下を落とします!」
体をひねってジャンプをし、着地した直後のスレッドリー。
ナタヌのアタックに反応が一瞬遅れる。
「やったか⁉」
ナタヌの強烈な一撃が決まった――。
観客も含め、誰もがそう思った……はずだった。
「大臣、すまない」
「なんの。これくらい当然です」
しゃがんだままのスレッドリーの顔面ギリギリ。ノーアさんがボールを左手1本でキャッチしていた。
「やりますね……」
不敵に笑うナタヌ。
いやいや、全国優勝の2人に引けを取らないナタヌのほうもだいぶやっていると思うよ……。
一瞬だけノーアさんとナタヌの視線が交差する。
「アリシアさん! 次来ます! ALLBNTCM!」
ALLB=アリシアレフトバック。NTCM=ナタヌセンターミドル。
つまりわたしは後方に下がってストレートケア。
ナタヌがそれ以外をカバーだ!
「殿下。クロスアタックBです」
「おう!」
ノーアさんの指示を受け、スレッドリーが素早くノーアさんの背後へと回り込む。
ノーアさんは左手にボールを持ったまま、両腕を大きく頭上へ。
ノーアさんの体に隠れて、スレッドリーの姿が見えない!
「アリシアさん! きます!」
「りょ、了解!」
わたしはどうすれば⁉
「クロスアタックB」
ノーアさんが低い声で呟くと、両腕を大きく回転。すくい上げるようにボールを頭上へと投げ上げ、すぐにしゃがみ込む。
「おう! いくぞ!」
背後から飛び上がるスレッドリー。
ノーアさんの背中、肩と駆け上がり、ネットの高さをはるかに超える大ジャンプを見せる。
「いけない! アリシアさん! ALLF!」
レフトフロント!
前へ!
猛然とダッシュ。
スレッドリーが狙っているのはネット際。後方に下がってぽっかりと空いた、わたしの前のスペースだ!
走っていたら間に合わない!
コート中央辺りから、ヘッドダイブ!
「届けっ!」
手を伸ばして倒れ込んだわたしの目の前を、無情にもボールが転がっていった。
あと5cm届かず――。
≪1ポイント、スレッドリー&ノーアペア≫
「アリシアさん、ドンマイです。今のは私の指示ミスでした」
ナタヌが近寄ってきて謝る。
「わたしがもっと早く気づけば……」
今のはキャッチできた気がする……。
ネット際で高くジャンプしたら、あえてコートの奥を狙わずに、高低差を利用して上から下に叩きつけるほうが良い。
普通に考えてそりゃそうでしょ、ってわかるけど。
あの場面でそれは想像できなかった……。
経験不足だわ……。
次は絶対止める!
≪カウント1-2。サーブ、アリシア&ナタヌペア≫
審判のエヴァちゃんのコールが掛かる。
次はナタヌのサーブの番だ。
「アリシアさん」
サーブポジションを離れ、ナタヌがわたしのもとへとやってくる。
「どしたの? なんか作戦?」
一瞬だけ手にしたボールを見つめ、それからわたしのほうに視線を移してくる。
鋭い目つきだ……こんなナタヌ見たことないかもしれない……。
「そろそろ本気を出そうと思います」
「お、おお……」
本気。
本気を出したら相手に1ポイントも取られないと豪語したナタヌ。それを見せるということだ。
「でもほんのちょっとだけですよ。デモンストレーションですし」
真剣な表情から一転、破顔する。
シリアスモードのナタヌも一瞬だけだったみたい。
「う、うん。それで……どんな作戦?」
わたしはどこのポジションで何をしたらいいのかな?
なんでもがんばるよー。
「アリシアさんは……ALLFで」
「レフトフロントね。そこで相手のストレートを警戒? ブロックに飛べばいい?」
さっきと同じ作戦かな?
「いいえ。そこでただ見ていてほしいです」
「見ているだけ?」
どういうことだろ。
「おそらく……ボールは返ってきません。特等席で見ていてください。ポイントを取りに行ってきます」
それだけ言うと、ナタヌは踵を返し、サーブポジションへと戻っていく。
か、かっこいい……。
ちょっとキュンとしちゃったじゃないのさ……。
ナタヌってあんなにかっこ良かったっけ⁉
≪ナタヌさん、サーブを≫
審判のエヴァちゃんが急かすように指示する。
その言葉が耳に入っていないのか、ナタヌは手にしたボールを見つめたまま集中モードだ。
数秒間静止したあと――。
「行きます」
ナタヌはゆっくりとした動作で、ふわっとボールを相手のコートに向かって投げた。
さっきのわたしのサーブよりもだいぶゆっくりとした速度でボールが飛んでくる。
わたしの頭上を越え、ネットの辺りまでボールが飛んでいった瞬間――。
ナタヌが小さな声で呟いた。
「『セイクリッド・フォース』」