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第66話 アリシア、経験不足を痛感する

「ここで殿下を落とします!」


 体をひねってジャンプをし、着地した直後のスレッドリー。

 ナタヌのアタックに反応が一瞬遅れる。


「やったか⁉」



 ナタヌの強烈な一撃が決まった――。


 観客も含め、誰もがそう思った……はずだった。


「大臣、すまない」


「なんの。これくらい当然です」


 しゃがんだままのスレッドリーの顔面ギリギリ。ノーアさんがボールを左手1本でキャッチしていた。


「やりますね……」


 不敵に笑うナタヌ。

 いやいや、全国優勝の2人に引けを取らないナタヌのほうもだいぶやっていると思うよ……。


 一瞬だけノーアさんとナタヌの視線が交差する。


「アリシアさん! 次来ます! ALLBNTCM!」


 ALLB=アリシアレフトバック。NTCM=ナタヌセンターミドル。


 つまりわたしは後方に下がってストレートケア。

 ナタヌがそれ以外をカバーだ!


「殿下。クロスアタックBです」


「おう!」


 ノーアさんの指示を受け、スレッドリーが素早くノーアさんの背後へと回り込む。

 ノーアさんは左手にボールを持ったまま、両腕を大きく頭上へ。


 ノーアさんの体に隠れて、スレッドリーの姿が見えない!


「アリシアさん! きます!」


「りょ、了解!」


 わたしはどうすれば⁉


「クロスアタックB」


 ノーアさんが低い声で呟くと、両腕を大きく回転。すくい上げるようにボールを頭上へと投げ上げ、すぐにしゃがみ込む。


「おう! いくぞ!」


 背後から飛び上がるスレッドリー。

 ノーアさんの背中、肩と駆け上がり、ネットの高さをはるかに超える大ジャンプを見せる。


「いけない! アリシアさん! ALLF!」


 レフトフロント!

 前へ!


 猛然とダッシュ。

 スレッドリーが狙っているのはネット際。後方に下がってぽっかりと空いた、わたしの前のスペースだ!


 走っていたら間に合わない!

 コート中央辺りから、ヘッドダイブ!


「届けっ!」


 手を伸ばして倒れ込んだわたしの目の前を、無情にもボールが転がっていった。

 あと5cm届かず――。


≪1ポイント、スレッドリー&ノーアペア≫


「アリシアさん、ドンマイです。今のは私の指示ミスでした」


 ナタヌが近寄ってきて謝る。


「わたしがもっと早く気づけば……」


 今のはキャッチできた気がする……。

 ネット際で高くジャンプしたら、あえてコートの奥を狙わずに、高低差を利用して上から下に叩きつけるほうが良い。


 普通に考えてそりゃそうでしょ、ってわかるけど。

 あの場面でそれは想像できなかった……。

 経験不足だわ……。


 次は絶対止める!



≪カウント1-2。サーブ、アリシア&ナタヌペア≫


 審判のエヴァちゃんのコールが掛かる。

 次はナタヌのサーブの番だ。


「アリシアさん」


 サーブポジションを離れ、ナタヌがわたしのもとへとやってくる。


「どしたの? なんか作戦?」


 一瞬だけ手にしたボールを見つめ、それからわたしのほうに視線を移してくる。

 鋭い目つきだ……こんなナタヌ見たことないかもしれない……。


「そろそろ本気を出そうと思います」


「お、おお……」


 本気。

 本気を出したら相手に1ポイントも取られないと豪語したナタヌ。それを見せるということだ。


「でもほんのちょっとだけですよ。デモンストレーションですし」 


 真剣な表情から一転、破顔する。

 シリアスモードのナタヌも一瞬だけだったみたい。


「う、うん。それで……どんな作戦?」


 わたしはどこのポジションで何をしたらいいのかな?

 なんでもがんばるよー。


「アリシアさんは……ALLFで」


「レフトフロントね。そこで相手のストレートを警戒? ブロックに飛べばいい?」


 さっきと同じ作戦かな?


「いいえ。そこでただ見ていてほしいです」


「見ているだけ?」


 どういうことだろ。


「おそらく……ボールは返ってきません。特等席で見ていてください。ポイントを取りに行ってきます」


 それだけ言うと、ナタヌは踵を返し、サーブポジションへと戻っていく。


 か、かっこいい……。

 ちょっとキュンとしちゃったじゃないのさ……。


 ナタヌってあんなにかっこ良かったっけ⁉


≪ナタヌさん、サーブを≫


 審判のエヴァちゃんが急かすように指示する。

 その言葉が耳に入っていないのか、ナタヌは手にしたボールを見つめたまま集中モードだ。


 数秒間静止したあと――。


「行きます」


 ナタヌはゆっくりとした動作で、ふわっとボールを相手のコートに向かって投げた。


 さっきのわたしのサーブよりもだいぶゆっくりとした速度でボールが飛んでくる。


 わたしの頭上を越え、ネットの辺りまでボールが飛んでいった瞬間――。



 ナタヌが小さな声で呟いた。



「『セイクリッド・フォース』」


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