そしてノーアさんによる取引、主に食事関係のコインレート決定作業が続く。
「はい、バナナクレープは1[アリシア]コインです。アイスチョコレートバナナクレープですと2[アリシア]コインです。モモはサンプル品で、今は季節ではないので取り扱っておりません。ご了承ください。そうです、フルーツは季節によって収穫できるものが違うのです」
丁寧な対応だなー。
取引のことだけじゃなくて、この国の説明や常識的なこともちょこちょこ挟んで伝えている。しかも5人くらいを相手に並行して。
「先ほどのナゲットクンは、次の食事の時に提供します。衣食住は最低保証となっていますから、[アリシア]コインは不要です。あくまで嗜好品などの取引にご使用ください」
あー、そういうルールなんだ。
嗜好品ね。
だからアイスとかレモンスカッシュとか。なるほどなー。
「そちらの日乃本酒1瓶は5[アリシア]コインです」
日乃本酒のレート高っ!
あ、即決で買うんですか⁉
ま、毎度ありー!
「って、だからノーアさんってば!」
「何ですか? アリシア=グリーン。手が止まっていますよ」
「だから、さっきの話の続きです!」
「わかりました。聴きましょう」
ようやくノーアさんが手を止めて、わたしのほうに視線を向けてくれた。
これで話ができる。
「あのですね……。アイスやレモンスカッシュに1[アリシア]コイン、日乃本酒に5[アリシア]コイン。まあ、レートは良いです。それはノーアさんが決めることになっているので、別に口を挟むつもりはないです」
「ではなんでしょうか?」
「大臣。外の草刈りが終わったぞ!」
また邪魔が……。
今度はスレッドリーだわ。
「指示された通り、『剣聖』スキルを使ったら一瞬だった。大臣、さすがだな」
少し息を切らしているけれど、なぜだかうれしそうに笑いながらこちらに向かって歩いてくる。
「それは良かったです。草刈りとはある意味では『狩り』とも言えます。、目標物を見極めて、素早く刈り取る。これは修行の一環としてもとても良いのではないかと存じます。ぜひ毎朝の鍛錬にご利用ください」
「おう! 一網打尽にしてやるぞ!」
草刈りが修行?
そんなわけないじゃない……。
スレッドリー……絶対騙されてるよ。
ナタヌの時と違って自分の修行をしているだけだからなのか、お給金ももらえないし? 人を見て対応を変えて……さすがノーアさん。
「それでは次の鍛錬としまして、ぜひ殿下にお願いしたいことがございます」
「おう、なんだ?」
「スークル様からお聞きしたのですが、殿下は天井の煤払いがとてもお上手だとか」
「神殿では……やったな。あれか……」
出た! 粘着蜘蛛男!
ちょっと嫌そうにしてるのがウケる。
あの時は燃やされて大変だったもんね。
「天井に張り付いて動き回るというのは、とても良い鍛錬になります」
「ほう、そうなのか⁉」
スレッドリーが食いつく。
ホントに騙されやすい人だよねー。そこが……見ていて飽きないんだけどね。
「はい。普段、敵と相対する時の視点は、目の高さです。空を飛んだりしない限り変わりない」
「そうだな?」
「人に空を飛ぶことはできませんので、どうしても視点が固定されてしまいます」
「そうだな?」
「ですが、翼を持たない一部の動物はどうでしょうか?」
「動物?」
「はい。木や壁を伝い、相手の視線を避け、得物をじっと待つ。そうして戦いを有利に運ぶ術を身につけています」
「たしかにな……」
「殿下にも広い視点、異なる視点を身につけていただきたい。そうすることでこの先いかなる敵が現れようとも、戦闘を有利に進めることができるようになるでしょう」
「戦闘を有利に……。どんな場面でもアリシアを守れる……」
「まずは天井の煤払いです。上から敵を見下ろす。その視点をマスターしていただきたい」
「おう、わかった! すぐに行ってくるぞ!」
チョロい……。
完全に良いように使わているじゃないのさ。
うれしそうに粘着テープを体中に巻きつけちゃって……。またナタヌに燃やされなきゃ良いけど……。
「ところでアリシア=グリーン。話があるのではなかったですか?」
おお、そうだった!
またナチュラルに割り込まれていた!
「そうですよ! いやだからですね……。コインレートは良いんですよ。お任せします。そのー、コインで交換する品物は、なんでわたしの、というか『龍神の館』の持ち出しなんですか⁉ 仮に売上金としてそのコインをもらっても、パストルラン金貨や銀貨になりませんよね⁉ 24時間で消えちゃうし!」
おかしいでしょ!
お店だけが大損しているじゃないですか!
いや、わたしがポケットマネーで補填しているから、わたしだけ損しているんですけど⁉
「消えると言ったのはここでの取引を活発化させるため、便宜上の話です。もちろん、私の頭の中にはすべての取引履歴は残っています。いずれ、しかるべき時に清算をしますからご安心ください」
「しかるべき時……?」
「はい、いずれ。心配しなくても大丈夫です。私にかかれば[アリシア]コインはパストルラン金貨の……ざっと10000倍くらいの価値を持たせて流通させることも可能です」
いちまんばい⁉
えっ、どういうことですか⁉
「私がそうと決めればそうなるということです」
何の答えにもなっていない! それなのになぜかめっちゃ説得力がある……。
やはりこの国を陰で動かしていそう……。ノーアさんって怖い……。
「はい、それではお客様がお待ちですから、取引を再開しますよ。アリシア=グリーン、しっかり働いてしっかり稼いでください」
「は、はい!」
いちまんばいのきんかがてにはいるならわたしがんばるよ。
……でもホントかな?