「シャーレさんが夢の中――温泉の中で出会った人物についてのおさらいです。背が高く、ウェーブのかかった金色の髪を頭の上で結わいていて、時折親指で自分の頬をはじくような仕草をしている。間違いないですね?」
「そうです。まさにその人と出会いました!」
「なるほど。わかりました」
ノーアさんはそれだけ言うと、腕組みをして黙ってしまった。
えっ、これで話は終わり?
やけに具体的に描写したその人は誰?
「スークル様」
『おう、なんでオレたちに探知できなかったか、ようやくわかったな』
「そうですね。まさかこんな形で……」
『人騒がせ……女神騒がせなヤツだ……』
「まったくです……」
何やらノーアさんとスーちゃんの間では会話が成立している様子。
置いてけぼりになっているのは、ほかの面々。もちろんわたしもね。
「2人で話を進めるのはやめてくださいよー? 凡人のわたしたちにもわかるように説明を求めます!」
ノーアさんとスーちゃんってホント似てるよね。
主語がないっていうか。主語がない中で2人には同じ絵が見えていて話が進んじゃうっていうか。
たぶん天才と凡人の思考回路違いなんだろうなって思うんだけど、凡人に合わせるのも天才のほうの仕事だとわたしは思いますよ?
「すみませんでした。ここからはスークル様が説明します」
うわっ、女神様にぶん投げた!
なんて人……なんて石だ!
『オレか? まあ、オレか……』
こっちはこっちで納得しちゃったし……。
ホント2人の関係性がわからないよ。
『端的に言うとだな……シャーレ殿の中にいるのは……イニーシャだ』
「えっ⁉ ずっと行方不明になっているイニーシャ様⁉」
まさか、ここでイニーシャ様のお名前が飛び出してきた⁉
知恵の女神・イニーシャ様。
北部沿岸地域、ダーマスの辺りの結界維持をされていた女神様。
スーちゃんの妹分的な存在。
そして、ウルティムス国の反乱分子のみなさんに捕らえられて、数年間に渡って行方不明になっていたんだけど……。
『これまでイニーシャの足取りが掴めなかった理由がはっきりしたわけだ』
「というと?」
『別の空間だよ。前にアリシアも異空間に落ちただろう? あの時、強いつながりのあるはずのミィシェリアたちと交信ができなくなった。結局のところあれと同じだったということだよ。予想通りにな』
空間断絶。
あの時、別の空間――時間の流れも違う空間に迷い込んでしまったわたしたちは、一時的にパストルラン王国と連絡が取れなくなってしまった。
女神様たちの羽根による交信もできなかったんだよね。
わたしが死んで、身代わり護符の超女神パワーを使ってミィちゃんと交信……ミィちゃんをこっちに引っ張り込んで……あの時はごめんね……。
まあ、最終的にはノーアさんが結界をぶち壊してくれたから、みんな助かったんだけどね。
「そっか、空間断絶ね。なるほど……」
その時もスーちゃんがそんな推測を話してくれたっけ。
でも、イニーシャ様はわたしたちが落ちた異空間とは別のところに捕らえられているかもしれないって話。あの時異空間にいたわたしたちからも、イニーシャ様がどこにいらっしゃるかわからなかったし。
「でもなんでシャーレさんの夢の中に? 夢の中って異空間なの?」
何もわからない。
「ここからは私が説明いたしましょう」
ノーアさんが主導権を握る。
「アリシア=グリーン。夢とは端的に言って異空間です。時には次元さえも異なることがあるくらいには現実と違う空間と言えるでしょう」
「そう、なんですね……?」
夢ってその人の脳が生み出す想像の世界じゃないんだ? よくわからない。
「夢とは『記憶の整理』などと言われますが、それは間違いです。夢とは想像。夢とは無限の可能性。夢とはすべての希望なのです」
すみません、余計にわからなくなりました。
「夢には無限の可能性がありますから、その1つに外からの介入があっても不思議ではないでしょう?」
「外からの介入?」
「誰かがこっそり夢の中に潜り込む、ということが起きても不思議はありませんよね」
ああ、この間ノーアさんがわたしの夢に入ってきたやつー。
はっきり言って、めっちゃ迷惑でした!
「シャーレ殿は普段夢を見ない。アリシアたちのような『人』とは違う概念存在です。しかし夢を見ないことと夢の世界を持たないことはイコールではない」
夢は見ないけれど、夢の世界は持っているってことですか?
「気づかない間に侵入されていたのですよ」
「……反乱分子のみなさんにですか?」
シャーレさんの夢の中を牢獄代わりに使ったってことですか。
とんでもないね……。
「いいえ」
えっ、違うの⁉
「イニーシャ様にです」
「イニーシャ様が?」
ご自身で侵入したってことですか?