『スレッドリー殿下の部屋の中から不審な物音と声を聞いたラダリィは、そっと部屋に忍び込み、仕込みのナイフを片手に音のするほうへと近づいた。そこで見たものは――』
ラダリィが見たものは⁉
『大きな枕に、姉の残したドレスを被せ、それに抱き着いてすすり泣くスレッドリー殿下の姿だったそうだ』
「あ~~~~~~~~~~~! もうその話は忘れてくださいっ!」
スレッドリーが発狂して髪を掻きむしる。
あらあら♡
「へぇー。お姉ちゃんたちがいなくなっちゃって淋しかったんでちゅねー♡ かわいそうなドリーちゃん♡」
抱き枕まで自作したりして……ちょっとかわいい♡
『ラダリィも、さすがにその時ばかりは「気持ち悪いので燃やします」とは言わなかったらしい』
「もういっそのこと今燃やしてくれ……」
スレッドリーはノックダウン寸前。
イスに手をついて何とか立っている状態だ。
まあねー、あれでなかなかラダリィはやさしいところがあるからね。
きっと心の中ではキモがっていたと思うけど、それを口に出さずに慰めてあげたってことね。
『「気持ち悪いので泣き疲れたらそのまま死んでくださいませんか」としか言わなかったらしい』
あれー?
めっちゃ口に出してるー。
燃やすよりもひどくなってない⁉
『さすがラダリィだな。スレッドリー殿下の気持ちを汲み取ってやさしくしてやる器の大きさを見せていたようだよ』
そ、そうかな……?
わたしだったら、五つ子のお姉様たち1/1等身大フィギュア(ネグリジェ着脱可能)を即座に創って、朝まで貸し出してあげるけどなー。それなら淋しくないよね。なんならお姉様たちと同じ声でスレッドリーのことをあやす機能もつけちゃうよ。
「アリシア=グリーン。それは殿下を甘やかしすぎです」
そう、ですかね?
5人全員はさすがに贅沢かなー。誰か1人にしたほうが良い?
「ところでスレッドリーは、どのお姉様のドレスに抱きついて泣いていたの?」
どのお姉様が1番好きなの?
一応参考のために聞いておこうかなー?
「そ、それは……」
急に挙動不審になるスレッドリー。
「それは……だな……」
そう言いながら、何度も後ろを振り返る。
「ん、どうしたの? 後ろには誰もいないよ? ほら、どのお姉様が1番好きなのか教えてよ?」
「ぜ、全員好き……だ……」
おどおどしながら消え入るような声を出す。
どうしたの?
ほら、全員好きなのは知っているから、1番を教えて?
『アリシア、その質問は……やめてやってくれ』
「なんでー? スーちゃんも知りたくない? もしかして知ってるの? 教えてー」
わたしだけに隠さないでよ。
『違うんだ……。スレッドリーにとって五つ子の姉たちは、愛の象徴でもあり、死の象徴でもある』
死の象徴? どういうこと?
『つまり、逆らったら――死ぬ』
こわっ!
呪いか何かなの⁉
『幼少期からの刷り込みというやつだな。全員が1番。序列はない。もし少しでも贔屓しようものなら……細胞が破裂して粉々になるように調教されている』
完璧に呪いじゃん!
わたしだってそんなエグイ呪術は知らないんですけど……。
「もしかして……過去に粉々になったことはあるの?」
『ある』
あるんだ……。
あ、スレッドリーが震え出した。
ホントなんだ、これ。
『年に1度くらいのペースで体を繋ぎ合わせてやっているよ』
けっこう多いわ!
なんでそんなに地雷踏みまくってるのよ。
「ごめんなさい、姉上。そんなつもりはなかったんです。どこかに1個お菓子を落としてしまったみたいで……」
おや? スレッドリーの正気が失われて?
天井を見つめながら、何かうわごとのように呟き出したけど?
『だからな、姉の序列のことや、あの晩誰のドレスに泣きついていたのかは訊かないでやってくれ』
んー、そっかー。
スレッドリーも苦労しているのね。
まあそういうことならそっとしておいてあげようかな。
「それでー、だいぶ話が脱線したけれど、ラダリィとのラッキースケベの話は?」
『ああ、そうだったな。ラダリィは「こいつ本当に気持ち悪いな」と心の中では思いつつも、枕に抱きついて泣き続けるスレッドリー殿下を放っておけなくなったらしい』
ラダリィさん、「本当に気持ち悪い」っていうのはさすがに辛辣過ぎると思うの……。事情が事情だからもうちょっとやさしくしてあげても良いんじゃないかな?
『ラダリィは仕方なく、殿下にやさしい声をかけたらしい』
おお、「気持ち悪いから死んでください」の後ね?
今度こそホントにやさしい言葉なんだよね?
『「そんなにおつらいなら、今夜だけは私がそばについております」と』
あれー、ホントにやさしい言葉だった!
やっぱりラダリィはやさしい! っていうことで良いんだよね? 一連の言動を聞いた後だと、ちょっと自信なくなってきた……。
『その言葉を聞いて、スレッドリー殿下は……ラダリィに抱きついて、一晩中泣き続けたそうだ』
「うわああああああああああああああああああああ!」
再び発狂するスレッドリー。
頭を抱えたまま床をのたうち回っている。
「ほぅ? ラダリィに抱きついて泣いたんだぁぁぁぁ? どんなふうにかなぁぁぁぁぁ? こうかな? こうかなぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
やっぱりこんなふうにかな⁉
豊かな胸に顔をうずめてその弾力を存分に確かめて♡
「あ、アリシアさんっっ♡」
こんなふうかー⁉
けしからんけしからんぞー!
こうやってこうして、鼻いっぱいに甘い匂いを吸い込んで……ああー!
「あっ♡」
『アリシア……さすがにそこまでではないだろう……。ナタヌが大変なことになっているから、そろそろやめてあげろ……』
今ちょっと当時のことを振り返って再現VTRを創っているところなので!
『お前は当時の状況を知らないだろ……』
……そうでした。
失礼、取り乱しました。
「アリシアさん、もっとっ♡ あんっ♡」
ナタヌ、続きは後でゆっくりとね♡
『まあ、ラダリィが許したのは膝枕までだったから安心すると良い』
安心、ねぇ?
逆に訊くけど、ラダリィの膝枕を味わって……何で理性を保てたの?
メイドさんの膝枕なんて味わったら、そのまま行っちゃわないの?
『いや……オレにはその感覚はわからん。……本人に訊け』
「スレッドリー? ホントは調子に乗って夜伽未遂しようとして、ラダリィにミンチにされたんでしょ?」
怒らないから白状しなさい!
あれ? おーい、スレッドリー? しらばっくれるのもいい加減にして返事を……し、死んでる……! 発狂しすぎてすでに……。
『王子よ。死んでしまうとは情けない』
いや……今のはほとんどスーちゃんのせいだよね?