「ニーザよ、こっちじゃ。」
「や。」
引き攣った笑みを浮かべるフェンリルの言葉に、ニーザはぷいっと、そっぽを向く。
「に、ニーザちゃん。さすがに駄目だからこっちに、ね?」
「や!」
今度は困った様に笑うアリスのおいで、という誘いにもニーザはそっぽを向く。
「ニーザ、だから………」
「やー!」
俺が諭すように言うと、今度は強く反抗して俺に足まで絡ませてしがみついてしまった。
俺達はニーザの状態を見て、3人揃って肩を落とす。
食事中も離れず、口を開けて雛鳥のように待っているので食べさせなければならなかったし、トイレまで付いてこようとするのを、フェンリル達に何とか捕まえておいて貰ったのだが……
「ニーザ、俺は風呂に入りたいんだが……」
「一緒に入る……」
「駄目だ。」
「やー!!」
「アルシアさん、不潔です……。」
「俺は一緒に入るなんて一言も言っとらんわ!!」
アリスが青い瞳をジト目にして睨んでくるので、思わずツッコむ。
何故俺のせいになるのだ!と軽く睨み返しながら。
相変わらず駄々っ子モードのニーザにどうしようかひと仕切り悩み、いつもは見せないような顔でニーザに優しく語りかける。
「ニーザ、駄目。」
「や。」
「や。じゃない。すぐ出てくるから、な?」
「だって、また居なくなるかもしれないし……」
幼子の様にぐずりそうなニーザを見て、思わず苦笑する。
普段ならこの手の姿は絶対に見せないし、後で言おうものなら間違いなく消し炭にされるだろうが。
しかし、こればっかりはいくらか自分のせいでもあるので、何とかするしかない。
「風呂だからすぐ……5分で戻って来るから。大丈夫、もう勝手に何処にも行かないから。」
「………本当?」
「ああ、約束だ。」
そこまで言ってその黒い髪を撫でると、渋々ではあるがやっと頷いて離れてくれる。
「………さて、そんな訳でさっさと入ってくる。その間はニーザの事を………どうした、アリス?」
「いえ、何と言うかあんまりアルシアさんっぽくない接し方してるな……って。あと、なんかニーザちゃん、いなくなるかもって……」
アリスが不思議そうに俺達を見てくるので、俺は「まあ、そうなるか……」と苦笑してニーザをアリスに預ける。
「ああ……。まあ、邪険に扱うととんでもない事になるし……取り敢えず
「そうじゃな…。その時は頼むぞアルシア。あやつだけは、妾でもどうしようもない。」
俺達の独特な言い回しに、アリスはニーザを見て、ただ「うん?」と首を傾げるだけだった。
◆◆◆
翌日の朝……。
胸にしがみついてそのままのニーザごと食堂に降りた時、村中に警鐘のけたたましい音が鳴り響いた。
俺達、そして食堂にいる――数は少ないが――冒険者達が一斉に戦闘態勢の顔付きになる。
それと同時に、食堂の扉が吹き飛ぶ様な勢いで開かれた。
ギルド職員だった。
「奴らが来たぞぉっ!数は100以上!中には強力な個体もいる!!」
その言葉を受けて冒険者達が早々に食事を止めて、食堂の出入り口に向かったので俺達も出ようとする。が、フェンリルがそれを遮った。
「アルシア、汝は残れ。その状態で戦える訳なかろう。暫くは妾とアリスでどうにかするから汝はドワーフのやる気をどうにかして、さっさと奴を起こせ。」
「おい、さらっと面倒な注文1個追加しやがったな!?」
ドワーフのやる気も出させろなど厄介な注文を………とフェンリルを睨むが、構うことなくアリスを連れて出ていってしまった。
「魔族狩りのが、遥かに楽じゃねえか……。」
ニーザと2人、取り残された俺は呆然と呟いた。