「ニーザをどうにかするのと、ドワーフのやる気を出させろ、か……。」
…………うん。くっっっそ面倒くさい。
基本のんびり屋で中々動かないドワーフをどうにかするのと、このしがみついて、いつ目覚めるか分からない時限爆弾をどうにかしろと?
考えただけで頭が痛い。
百歩譲って方っぽ、それもドワーフだけ何とかしろなら分かる。
最悪、強引に動かせばいいだけだからだ。
だが、ニーザに関しては別だ。
フェンリルは簡単に言ったが、こうなっていてもいつ出てきてくれるか分からないのだ。
下手すれば戦いが終わるまで、なんて事も普通にあり得る。
(あんまりやりたくねえけど、おねだりでもしてみるか?)
もしかしたら、それで出てきてくれるのではないか、と真剣に考え始めた時、ニーザが不意に顔を上げた。
その顔は相変わらず昨日のまま、熱に浮かされた様に紅潮していたが、紅い瞳の色だけはいつもよりも濃い色となっている。
(………始まったか。)
良いのか悪いのか、そろそろ出てきて欲しいタイミングで変化は起きた。
ニーザはふらふらと人差し指を自分の唇に当て、ただ一言。
「アルシア………しよ?」
「…………何処がいい?」
観念して両手を広げると、ニーザは俺の首にその小さな手を絡めたあと、「ここ……」と囁いて………
ズブリ。と首筋に小さな竜の牙が突き刺さる痛みを感じた。
「づ………っ、」
生温い血が首から流れて服を濡らす不快な感触を感じるのと同時に、こくりこくり、と喉を鳴らす音が響く。
暫くして満足したのか、「ぷはっ。」と口を離す小さな声が漏れると、ニーザは首に巻きつけた腕を背中に回して、俺を抱きしめ直した。
先程よりも強い力で俺の頭がニーザの口元に寄せられる。
「………ふぅ、ありがとう。
「……………分かったから、さっさと行くぞ。」
顔の横から聞こえてくる艶やかな声を聞いて、俺はげんなりしながら答える。
俺を抱きしめる、
「よいしょっと。」
暫くして満足したのか、ニーザは俺から離れた。
改めてその姿を眺める。ニーザのその黒い髪は更に伸び、着ているものも普段の露出の多い物とは違い、貴族の着ているドレスのような、それでいて血のように紅く、暗い戦闘装束に変わっている。
そして、腹立たしい事に身長も抜かれ、それを察して意地悪く微笑むその顔も大人のそれになっていた。
首筋の噛まれた痕に回復魔法をかけながら、俺は一つだけ聞く事にする。
「前から気になってたんだけどよ………、噛み付いて血を吸うのって意味あるのか?」
「え、無いけど?」
「無いのかよ!?じゃあ、いつものニーザがあんな風になるのもか!」
「無いわ。あるとしたら、そっちの方がアルシアに色々イタズラ出来て楽しいからかしら。」
「引っ叩くぞ、性悪ドラゴンが!?」
だからか、ああなる時とそうでない時とで分かれるのは!
思い通りにされていた事を今更知ってぎゃーぎゃー喚くも、姿を変えたニーザはどこ吹く風と言わんばかりに笑い、急にまた抱きしめられた。
いきなりの事で目を白黒させると、彼女は寂しげな顔をしていた。
「………2度目になるけど、待たせすぎよ。」
「…………ごめん。」
俺からすれば寝ている間の記憶は無いし、本音を言えば封印前の事などつい昨日の様な出来事にも思えるが、ニーザは違う。
庭園の時と同じ様に抱かれたまま素直に謝ると、目を細めて笑ってくれた。
「分かればよし。じゃあ、行くわよ。」
そう言って立ち上がるニーザに腕を引っ張られる。
「ああ、行こう。…………ところでニーザ。」
「何かしら?」
「…………これで行くのか?」
「当たり前じゃない。私の
「…………そうですか。」
諦めて肩を落として、視線を自分の腕に向ける。
俺の腕には当たり前のようにニーザの腕が恋人がやる様に絡められていた。
このままドワーフ達の所に行って、フェンリルは知ってるからまあいいとして……、アリスにまでこの状態を見られるのか………と、そう考えるだけでも俺はまた頭が痛くなった。
◆◆◆
「お願いです皆さん。このままでは村にまで被害が出ます!」
「心配すんなよ。まだまだ、村から遠い位置にいるんだ。もう少しのんびりしてても間に合うさ。」
「そんな事を言って、前回の襲撃では被害が出てしまったではないですか!出てからでは遅いのです!!」
「そうは言うけどよ。そんなに被害も出なかったろ。被害が出たのは村の囲いで、それも少し壊れたくらいだろう。もう直ってるし、更に頑丈にしたから平気だよ。」
宿を出た俺達が最初に目にした光景は、ドワーフに何とか動いてもらおうとお願いするオルフェンと、中々動こうとしないドワーフ達の集まりだった。
「やはりか。」と溜め息を吐く。
想像通り、ドワーフ達は中々重い腰を上げていなかった。
彼らは本当にマイペースで、自分の本当に目先で何かが起きなければ、自分の事ですら動かないのだ。例外は物を作る時くらい。
とにかく動くのが遅い、遅すぎる。
テキパキ動いているゴドーの方が珍しいのだ。
俺はニーザを伴ってオルフェンに近付く。よく見ると、ゴドーも困った様に眉を下げていた。
「アルシア様、丁度いいところに!ドワーフの方々に何とか言って…………、アルシア様、そちらの方は、その、どちら様で……?」
オルフェンは俺達を見て、これで何とかなる!と期待を込めた表情を見せたが、俺の腕に自分の腕を絡ませているニーザを見て、すぐにその表情を引っ込めた。
それはそうだろう。初めて会った時よりも見た目も雰囲気もまるで違うのだから。
ただ1人、ゴドーだけがその姿を見て青褪めた。
ニーザはそれに応えるように、優雅な足取りで前に出る。
「………ふふ、相変わらずね。ドワーフ達は。」
黒髪の竜姫は楽しそうに切れ長の赤い瞳を細めてクスクスと上品に微笑む。
しかしその微笑む顔はどこまでも美しく、妖しく、そして………
「けれど、ここまでだらしが無くて、怠け者しかいないのなら………村ごと消し飛ばすのもありかしら?」
邪悪竜の名に恥じないくらい、何処までも残忍だった。