「神…殺し……」
「神と、神の力を殺す事が出来る力だよ。人間が唯一神に対抗出来る力だ」
俺は簡単に説明する。
『神殺し』……、その名の通り神を殺す力だ。
開眼条件含めてその殆どが謎に包まれた力でもある。
何せ、これを持ち得た人間は長い歴史で見ても殆ど存在しない。
用途の関係上、持っていても気づかないのかもしれないし、公言してない可能性もある。
俺も昔、色々と調べたが、分かったのは所持者が殆どいない事と、その能力自体にも個人差があるという事だけだ。
「神の力を殺す………。じゃあ、アルシアが僕の神の刻印を破壊したのも……」
「そうだ、俺も使えるよ。もっとも、神と相対する事が無いのもあって、基本的には使わないけどは。アリスの力は恐らくは『静止』の力だ。フェンリルの権能と同質の力だな」
「……たぶん、そうだと思います。あの子が言ってました。力を使う時、もっとも信頼している誰かを思い浮かべて使え、と」
「…………あの子?」
誰の事だ?と首を傾げると既に話を聞いていたらしいフェンリルが曖昧な表情で説明を始める。
「アリス曰く、シギュンと名乗っていたそうじゃ。妾達の事を知ってる様な口ぶりだったらしいが………、汝ら、心当たりは?」
フェンリルの問い掛けにニーザとフレスも頭を振る。勿論、俺もだ。
そんな名前は聞いたことがない。
「……フリード、先生はこの名に覚えは?」
「すまないが分からない。アルシア達の名前を出したなら、僕とディートリヒは関係無いと思うよ」
「私もフリードと同じ意見です。遺跡調査などで出掛ける時、現地民とも話しますが、その名前には心当たりがない」
一応聞いてみたがやはりと言うべきか、二人とも知らない様だった。
それならばと、俺はアリスにその少女の特徴を聞くことにする。
それらしい特徴でもあれば、何か分かるかもしれない。
「アリス。その子の特徴は?」
「私と同い年くらいの真っ白な女の子でした。あそこにいるのが不思議なくらい……。あ、でも耳に付けてる羽飾りだけは真っ黒でした」
「白くて………」
「黒い耳飾り………」
やはりというか、全員首を傾げた。
そもそも、アリスと同い年くらいの女の子という所で該当する人物が一気に居なくなる。
「………その少女の事は一度置いておこう。無関係とは思えないが、用があれば向こうから来るだろうし。アルシアの言う鎧の魔族の事もある」
フレスの言葉に、俺達全員が頷いた。
奴がいつ動き出すか分からない以上、早めに動く方がいい。
「アルシア。一応聞くが、その鎧の魔族はどの程度消耗している?」
「………ベルゼブブの一撃を叩き込んで、それに加えてニーザが追い討ちを掛けてる。完全に修復するだけでも、スルトの神核の劣化具合、あの傷付き具合から見て数日は掛かるはずだ。奴らにソレを即時修復する手が無ければ、の話だがな」
フレスはそれだけ聞くと、無言で頷いて背を向ける。
「私は先に行く。アルシア、ニーザ。セシャト砂漠………
「分かった。フレスも気を付けて行けよ」
そう返すとフレスは「分かっている」と答えて部屋を後にした。
「って訳で、俺達も行ってくる。何かあったら念話で教えてくれ」
フェンリル達が頷いたのを確認して、俺とニーザも出かける準備を始めるのだった。
◆
城を出たその日の夜…………
立ち寄った途中の村で俺達は宿を取り、食事も済ませ後は寝るだけとなったのだが………
「えっと、扉に硬度強化の術、認識阻害の阻害の結界に催眠誘導魔法………、爆薬………はまずいから魔除けの護符をドアの隙間を埋めるように片っ端から貼り付けて、んー…………、怒られそうだけど、まっ、いいか。魔除けの護符に竜除けの護符、後は鎖で塞いで………、コレで完成だ。」
俺は立ち上がり、無数の術式とぺたぺたと紙の護符が張りまくられ、挙句の果てに鎖で厳重に固定された部屋の扉を見て満足げに微笑みながら頷く。
よし、これで大丈夫だ。今夜、俺の安眠は守られる。
少なくとも他の結界はともかく、最後の鎖だけはアーティファクトだから突破されることはないだろう。
安宿のベッドの寝心地を楽しむべく、俺が振り返ろうと身体を動かした時だった。
肩に軽く、手が置かれる。
どっと、嫌な汗がダラダラと溢れ出る。
(………………ドウシテ?)
部屋に誰も居ないのを確認してから作業を始めた。
何なら、隣の部屋に入った後姿はこっちじゃなかったはず。
そうか、分かった。きっと宿の関係者だ。そうに違いない。
そう現実逃避をしようとしたのだが、誰かの顔が耳元に近付き…………、
「あら、そんなに私との時間を邪魔されたくないのかしら?アルシアは♪」
上機嫌な大人ニーザの声であっけなく現実に引き戻される羽目になる。
俺は引き攣った笑顔でキリキリ音が鳴りそうな動きで顔を少しだけ動かした。
「い、いや?ちょっと新しい魔法を試すのに………、近所迷惑にならない様にだね?」
影の掛かった笑みを浮かべるニーザから後退りして距離を取る。取れてもあと一歩二歩が限界だけど。
「へえ、それと竜除けの護符に何の関係があるのかしらね?」
一歩、ニーザが歩み寄る。
怒ってはないけど、纏っている圧が怖い。
「あー………、ちょっと竜が出てくるかもしれない魔法で…………」
「そんなもの、部屋でやる物じゃないわよね。近所迷惑どこの話じゃなくてよ?」
「た、確かにそうだなー、あはははは…………」
一歩、下がりながら後ろ手にドアノブに手を掛ける。
よし、逃げよう。幸い、内側から開けるには何の問題もない。
今夜は野宿だ。
そう思い、静かにドアノブを回そうとするが、回らない。
「あ、あれ…………?」
こっそりやるのも忘れて乱暴に回そうとするも、ドアノブはビクともしなかった。
そんな俺を眺めて、ニーザは愉快げな顔になる。
「術式、追加しておいたわよ。明日の朝まで内側からは絶対に開かない結界と、防音魔法」
「何してくれやがる!?ひっ?!!」
余計な事をしてくれたニーザに文句を言うも、ニーザの片腕が顔の真横に伸び、扉をバンッ!と叩いた。
艶やかな笑みを浮かべたニーザのもう片方の手が、俺の顎に伸びる。
「さあ……、どう可愛がろうかしら?」
「いやあぁあああああああああああああ!!?」
その夜、涙混じりの全力の俺の悲鳴が響くも、それが部屋の外に漏れることは無かったのだった。