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第19話「黒い大鬼」


「まさかネガティブジェイルとはね………」


泥の檻に拘束され、内部で藻掻くアルシアを見つめながらニーズヘッグは忌々しげに呟く。

生前のマグジールは彼女が知る限り、魔法に関してはド素人と呼ぶ以外になかった。

剣技でのみ勇者の座に至ったと言ってもいい。

その彼が闇魔法、それも上級魔法を使うなど………

完全に自分達の油断が招いた結果だ。

自分の馬鹿さ加減を呪いたい気分だが、そんな事をするのは後だ。

鎧の魔族の事もどうにかしなければいけないし、このままではアルシアが保たない。

あの出力のネガティブジェイルでは、衰弱死するのも時間の問題だろう。

もう一度アルシアに更に注意を向けると、アルシアは青い顔をしながらも、首を縦に振った。

そして、感じるアルシアの力が僅かに変質していくのを感じ、ニーズヘッグはひとまず安堵する。

アレならば大丈夫だ。ただ、恐らくはまだ時間がかかる。


「さて、それなら…………」


ニーズヘッグは破砕連装の数を更に増やし、マグジールへ視線を移す。

マグジールもまた、ニーズヘッグを見ていた。

アルシアを捕らえた今、次の狙いは当然、自分という事になる。


「………………………………」


無言で睨み合い、一瞬の静寂が辺りを支配する。

始めに動いたのはニーズヘッグだった。

展開した破砕連装の数門から数発、魔法を撃ち出し、残りの破砕連装を自律稼働させる。

変則的な軌道を描きながら、砲門はマグジールを包囲する。


「グアァアアアアアアアッ!!」


始めに放たれた魔法をマグジールはその場から跳躍しながら回避し、上空にいるニーズヘッグに負の念を向けながら迫る。

無数の負の念が鋭利な槍の様に形を変え襲うも、それは自律稼働中の破砕連装が射出した堕天によって迎撃されていった。

負の念と無数の破砕連装から撃ち出される魔法……、お互いが相手を食い潰すかの如く狙い合う。

その中で、マグジールが滞空しているニーズヘッグに貫手を見舞う。だが…………


「身くびりすぎよ、マグジール。」

「ガゥッ!!?」


その手は難なくニーズヘッグに片手で掴まれ止められる。

少女のものとは思えない強い力でギリギリと音を立てて握りしめ、マグジールの手首が軋む。

ニーズヘッグは目の前の、世界を裏切った者を睨んだ。


「アタシはこのファルゼアを統治する者の一人よ。その統治者の一人であるアタシを、たかだかこの程度の力で殺せると本気で思った?」

「ガ、ア…………ァ!!」


マグジールの呻き声が漏れるも、ニーズヘッグはその冷たい瞳で更に強く睨みつけ、怒りと侮蔑を込めて無慈悲にその手首を握り潰した。

潰れる音と、血飛沫が飛び散る。


「ギャアアアア―――――――ッ」

「うるさい」


潰された右手を押さえ、マグジールが悲鳴を上げるも、それを遮るようにニーズヘッグの尻尾が胸から上を捉え、肉片が周囲に飛び散る。

ビクン、ビクンッと痙攣しながら、頭部を失った死体が纏っていた負の念を伴って地上へと落下していく。

地面に重たい音を立てて落ちたマグジールだった物から、囚われているアルシアへとまた視線を向け、そちらに移動しようとした時だった。

無数の黒い触手が視界の端から襲う。

身をひねり、どうにか回避するも僅かに触手の先端が自身の肌を掠り、苦痛に顔を顰める。


「つ………っ!」


黒い触手が立て続けに放たれ、回避しながら再度マグジールの死体に視線を向けると、胸から上を失った死体はひとりでに起き上がり、膨大な量の負の念が注ぎ込まれ、変異を始める。

人だった身体は一回りほど膨れ上がり、喪った部分が再構成されると同時に更に無数の触手が発生し、それがまたニーズヘッグを襲う。

(仕掛けとくなら、今しかないわね………!)

迫る触手を回避、手にしたメイスで打ち落としながら、第二波を用意した魔法で防ぐ。

黒い翼の様な魔力が重なり合い、盾となってニーズヘッグを護るも、それは容易く貫かれ、ニーズヘッグを捉え大地に叩き付けた。


「か……、は…………っ!」


強い衝撃と身体を打った痛みで短い悲鳴を漏らし、身をよじろうとするも、触手に拘束され、それも叶わない。


「グルアァアアアアアアアアアッッ!!!!」

「ほんと………、厄介な奴に因縁付けられたわね、アルシア………」


ニーズヘッグが睨む先…………、そこには異形化し、黒いオーガの様な姿になったマグジールが天を仰ぎ、雄叫びを上げていた。

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