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第29話「消える傀儡・後編」


「斬響・嵐撃…………!!!」


煌々と輝く風の槍を無防備な鎧の魔族に撃ち込むと同時、凄まじい衝撃が周囲に広がった。

この一撃で間違いなく致命傷を与える………、そのはずだった。

聖杖の柄越しに伝わる違和感に私は訝しげに眉を顰める。

伝わるべき衝撃が無い。何の破壊音も無い。

けれど、聖杖は確実に何かを貫いたはずだ。

それでは私は、

しかし、その答えを私はすぐに知る事になる。

風の槍が突き立てられた向こうから、耳を塞ぎたくなるほどの断末魔が響いた。


「グ、グァアアアアアアアアアアッッ?!!!」

「あ、貴方は…………!?」


鎧の魔族と私の間………、そこには黒い負の念を纏った一人の男がいたのだ。

私がその名を呼ぶより早く、フェンリルさんが驚きから口を開いた。


「なっ………、あやつはマグジールか!?」

「キ、貴様………、コノボクヲ盾二………!!」


片言の言葉を吐きながら、身体を貫かれたマグジールが背後の睨み付けた。

見てくれに面影はなく、その姿はただの黒い魔族だったけれど、間違いない。

ヴェルンドに現れた、あのマグジールの気配だ。

斬響の一撃によって身体に風穴が空き、それがもたらす暴風によって身体を斬り刻まれるマグジール。だけど……、

(浅い……!)

マグジールの纏う黒いモヤが絡め取るように風の槍を纏った聖杖を押し出し、その身体が再生を始める。

更に遅れて、私が展開していた召喚が解除された。

聖杖を包んでいた風の槍さえも霧散していくのを見て、フェンリルさん達が叫ぶ。


「しまった、時間か!」

「いかん!下がれ、リアドール君!!」

「いえ………、まだ行けますっ!」


そう言いながら、私は手首の収納魔道具を通して杖を何本か掴み取り、それに出鱈目に力を注ぎ込む。

神術を発動する程の神力は残っていないけど、暴走魔法を使う程度なら残ってる。それに………


「神殺し、起動…………!」


両の瞳に十字の紋様が浮かぶのと同時に、宙に数本の杖を放り投げ、それを聖杖で砕いた。

直後、眩い光が無数の光の槍となって聖杖に追従する様に揺らめく。

(あの黒いモヤは神衣だ。なら、これで突破出来る……!)

聖杖を引き、構える私を見てマグジールが何かに気付いたように叫ぶ。


「ソノ眼………ッ、ソウカ、貴様モカ小娘!!!」


神殺しの力の気配を察して引きつった表情を浮かべたが、もう遅い。私は引いた聖杖を渾身の力を込めてマグジールに突き立てた。


「ホーリーランス!!」


聖杖の動きに連動して、後を追うように光の槍の群れがマグジールを襲う。

異形の怪物とその背後にいる鎧の魔族を守る様に黒いモヤは広がるけど、それらは貫かれた後、全て動きを止めていった。しかし……、


「グ……残念ダッタナ!コノ程度デハ僕ハ殺セナイゾ!!」

「はぁ、はぁっ……、うぅ……!」


足りない。この一撃じゃマグジールさえ倒せない。

追加で注ぎ込む力さえ残っていない。光に穿たれたマグジールの腕がこちらに伸び、動きを止めていた負の念もまた、動き出す。

(こんな、中途半端じゃ………っ)

自分の非力さを呪う………、その時だった。

聖杖が一度、大きく脈動し、力が流れ込んでくる。

フェンリルさん達は呆然としていた。

まるで、何が起きてるか分からない、見たことがないという表情で。


「ナニ……!?」

「――――――――ッッ!!!」


マグジールが驚愕し、鎧の魔族の怒りの気配が膨れ上がる。

けど、それはどうでもよかった。いや、気にするどころではなかったが正しいのかもしれない。

力が流れ込んでくるのと一緒に、不思議な感情……或いは誰かの思念が私に溶けるように入り込んできた。

■■■■■■に向ける怒り、呆れ、そして……いつまでも世界にしがみつく事への、憐憫……。

急に視界がクリアになり、放たれた光とが更に眩い光を放つ。


「ナ、ナニガ起キ………、ア……ァ…ギアァアアアアアアアアッッ!!!!?」

「――――――、ああああああぁっ!!!」


まるで闇を祓うかの様に、負の念が光に掻き消され、マグジールの身体を『静止』の神殺しが蝕む。

新たに無数の槍が弾丸の様に放たれ、マグジールの悲鳴が響くも、ダメ押しとばかりに裂帛の気合と共に残りの力の全てを捩じ込む。

暴走魔法と神殺し………そして、予め撃ち込まれていた『破壊』の神殺し、全ての力を受けて遂にマグジールの身体が崩壊を始める。

と捉えようと伸びた手が指先から灰色に染まり、ボロボロと崩れ落ちる様を見て、目を血走らせながらマグジールが叫ぶ。


「グ、クソッ!オノレ……、ドイツモコイツモ、ボクヲ愚弄シヤガッテ!!」


怒りの叫びに合わせ、新たな光の槍がマグジールの右脚を捉え、引き千切り塵と化す。

それでもマグジールは気にする事なく、馬鹿にする様に、そして自身の死を自覚し狂ったように嗤う。


「ハ、ハハ………、ザマァナイ……ッ、ザマァナイナ!アルシアァ!何ガ『完全に俺の手で消してやる』ダ!!叶ワナクテ残念ダッタナァ!殺スノハコノ小娘ダ!!ハハハハハハハ!!!』


マグジールの濁った色の目がこちらに向く。

不思議と何の感情も湧かない。違う、もう1つの……誰かの感情が代わりに表に出ているからだ。私の身体を借りて、その誰かが目を細め静かに告げる。


「終わったのです、とっくの昔に貴方は。だから、眠りなさい。身勝手な感情でもう一度、世界を終わらせかける前に」


決定的な突き放す言葉。

私に流れ込んできた感情をそのまま、並べた言葉。

まるで時が止まったようにマグジールは呆けて、そしてすぐにまた怒りに任せて吠えた。

その間も、身体の崩壊は続く。


「巫山戯ルナヨ………、巫山戯ルナ!!オ前モアルシアモ、オ前ラ高位魔族モ………ッ、アイツモッッ、死ネ!滅べ!!ファルゼア諸共、全テノ命ヲ巻キ込ンデ滅ンデシマエェ!!アリ得ナイ、アリ得ナインダ!!ボクコソ、コノボクコソ……………ガ?!!」


この場にいる全員にマグジールがしぶとく怨嗟を込めた呪詛を漏らすが、全てを言い切る前にその身体は真っ白な焔に包まれ、マグジールは灰となって霧散していった。

未だ怒りを浮かべる鎧の魔族を残して……。

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