「ふぅ――」
やっと静かになった。
なんとか面倒な奴らを追い払って、神経も少し楽になった。
「お見事です。お嬢様ならきっと完璧に片付けると思いました」
藍は軽く笑った。
「でも、あの二人は大丈夫ですか。人員の配置がわかっていても、下手に歩き回ったら、危険すぎるではありませんか?」
「ああ見ても、アルビンは鈍いものではありません。末っ子だけど、三人の兄よりずっと優秀です。そのせいでひどく嫉妬され、何回も『事故』に遭わされて、ちょっと神経質になっただけです。こういう時になにを優先すべきなのか、彼は正しく判断できます」
ちょっと心配したのは、彼があの探偵少年を制御しきれないことだ。
「なるほど……彼はお嬢様のことを間違っていないようですね」
何かを納得したように藍は頷いた。
「ですが、たとえ脱走が成功しても、全員を助けるのは難しいですよね。海賊から客船を奪還するのも容易ではありません。救命ボートでそのまま逃げても、海での逃亡は九死一生です」
確かに、どの道にしても、危険性が高く、犠牲が出るかもしれない……
でも……
「それはどうしようもないことです」
目を瞑って呟いた。
「今の状況でできるのはそれしかない。グズグズして時を逃したら、結局誰も助けられないかもしれません」
「余計なことに口を出してしまって、失礼いたしました。では、参りましょう」
藍は爽やかな笑顔で身を翻した。
アルビンがいなくなった今、やっと私の疑問を聞けるようになった。
「どうして私を姫様のところに連れて行くのですか?」
藍は足を止めて、その質問を待っていたと言わんばかりに私に振り向いた。
その不思議な黒い瞳から魂が吸い込まれるような力を感じて、思わず目を逸らした。
「魔女の呪いに纏われている、姫様に助けを求めている、それが理由になるかもしれないけど、もし途中で呪いが発作したら、私は一番大きな荷物になります。あの二人よりもずっと面倒なものです」
藍はそれをわからないはずがない。なのに、彼はわざとあの二人を追い払うように私に頼んだ。
「お嬢様は賢いお方ですから、本当のことを教えてあげましょう」
彼はゆっくりと、泉のような声で返事をした。
「少々長くなりますから、歩きながらお話ししましょう。うちのお嬢様のことと、お嬢様が知りたい、青石のこと」
「?!」
青石のこと?! どうしてそれを……?!
言葉が喉に詰まった。
質問したいけど、余計なことを話したら真実を知るチャンスを失うような気がした。
「あっ、でも、無条件ではありません。お返しとして、お嬢様のことを教えていただきたいです」
微かな火の光に照らされている藍の微笑みは、意味深く見える。
「サラ姫様は二歳の時からずっとサン・サイド島で暮らしていました。カルロス公爵様の話によりますと、奥様がいなくなった後、『天使の聖蹟』の力を持つ大事な娘を守るために、彼はサン・サイド島で土地を買って、世に離れの別荘を立てました。屋敷の使用人は少数精鋭、すべて厳格な訓練を受けて、純潔な心を持つ人です。その上、公爵様は優秀な教師を選んで、定期的に島に送って、姫様にエリート教育を受けさせます」
「そして、どんなに忙しくても、公爵様は姫様への手紙を断てることがありません。姫様の誕生日や重要な祝日も、できるだけ島に訪れます。どこから見ても素晴らしい父親ですね」
なるほど、姫様のお人好しの優しい性格の源は、その愛が溢れた環境だよね。
「箱入り娘として大事に育てられたから、姫様の考え方は普通の人より純粋です。そのため、世の真実を知る度に姫様は心が痛んでいます。人々のために天使の聖跡で何かをしたいと考えられたのです」
「この数年間、姫様は島に訪れる重病人や怪我人を何人も癒しました。ですが、あの力は神聖なものとは言え、悪人に知られて利用されたら逆に人々を傷つける可能性があります。ですから、治療は一方的に秘密に行われていたのです。病人たちは天使の聖蹟のことを知らなくて、体がいきなり治したのは療養の効果だと信じています」
いいことをしたのに感謝を求めない、やさしい姫様らしいわ。
「バレないために、かなり工夫する必要があるでしょう」
「そうですね。いろいろ大変でした。夜中に傷者の宿に潜入してその人を屋敷に運ぶとか、催眠薬で病人を眠らせて、意識を失っているうちに治療するとか……極稀にバレた場合、『催眠術』でその人の記憶を抹殺することもありました」
「……」
治療してくれるのがありがたいが、そこへ至る道は少々法律的に問題があると思う。
「とにかく、姫様はとても大事な存在、『天使の聖蹟』は極密事項です。今回も、公爵様が急病で倒れなかったら、姫様は帰国しないでしょう」
「なるほど……」
「表から見ればそのような筋書になります」
「表から見れば?」
わざわざ主人の秘密を教えてくれたのは、ただの暇潰しではないのがわかる。けど、藍の真意は依然に悟られない。
「わたしが知っている限り、公爵様が守りたいものは、自分の娘だけではないです」
先のほど、藍は「お嬢様のこと」と「青石のこと」を教えてくれると言った。
すると、公爵が守りたいもう一つの物は――
「青石……ですか?」
「そうです。あの災厄の源――青石です。偶然にそれを入手した公爵様は『天使の聖跡』を持つ大事な娘と伝説中の秘宝『青石』、二つのお宝を共にサン・サイド島に保管しました。わたしもその時から姫様の使用人になったのです」
秘宝のことを知っているということは、藍は公爵親子にかなり信頼されているのでしょう。
特に姫様。藍に対して、主従関係を超える親密の感情を持っているらしい。
「保管、だけですか?」
話の続きを促した。
「もちろんそれだけではありません」
目線を先方の道に向けたまま藍は続けた。
「娘をあんなに大事にしている公爵様は、戦争の真っ最中に姫様を国に呼び戻すのがどう考えても不自然でしょう。おそらく、姫様の力、あるいは青石に『用』がある可能性が高いです。わたしだけを同行させた理由は、青石の秘密を守るためだと思います」
藍の言葉を一つ一つ頭に刻める。
青石、公爵親子、彼は一体何を言いたいの?
「公爵様は何をされようと、青石は勝手に使ってはいけないものと思います。でも、無責任の噂のせいで、それの力を迷信する人もたくさんでています。このまま大陸に持ち込めば、必ず面倒なことになります。現に、海賊を招いてしまいました」
そうだね、海賊だけではなく、ほかにもそれを狙う厄介な奴がいる。
「なので、もっと面倒なことになる前に、その危険物を処分したいと考えました」
「処分、というのは?」
「例えば、海に流すとか。悪用されるよりましでしょう」
「でも、姫様は?」
「別のものなら、金塊、宝石……お望みであれば、なんでも用意してあげます。青石だけはあきらめてください……」
あの時の海賊との会話から見れば、姫様は青石をとても大事にしている。
「もちろん頷いていただけないでしょう」
藍は仕方なく笑った。
「公爵様からの影響かも知れません。姫様もあれに頼りすぎるところがあります。彼女自身のためにも、青石を消したほうがいいと思います」
「でも、海賊に狙われた以上、簡単に処分できないでしょ。もしバレたら、姫様も危険な目に遭うかもしれません」
「確かに、そこが問題です」
藍はもう一度足を止めて、ゆっくりと私に振り向いた。
「そういえば、青石について、お嬢様はどう思いますか?」
「私?」
「青石は魔女の呪いを解けられる可能性があります。一度手にして試してみたくありませんか?お嬢様なら、公爵様のような地位も権力もないし、海賊のような悪党でもありません。青石を持ち去っても大変なことにならないでしょう」
「!」
その言葉に惹かれて、再び藍の黒い瞳を見つめる。
「青石」と「天使の聖跡」、二つの奇跡が目の前に並んでいる。
眩しすぎて現実じゃないみたい。私が探している解決方法は、この二つの中にあるのか、それとも、両方とも違うのか……
「今の状況でこんなことを言ってもどうしようもないけど、『この提案』をもう少し検討していただければ幸いです」
藍は踵を返して再度歩き出した。
「それはどういう意味ですか?青石は一体どんな力を持っていますか?どうして私に……」
足を速めて、藍を追いつける。
彼の話にたくさんの情報が混ざているが、これらの情報をつなげる「一本の糸」が欠けている。
その糸こそ青石の謎を解ける肝心な鍵。
「前半はここまでです。公平上、今度はお嬢様のことを聞かせてください。後半の話はどうなるのか、お嬢様の返答次第です」
藍の口元にまた興味深い微笑みが浮かんだ。
これまで彼から感じた温和なイメージがだんだん消え始める。
その優しさの後に、何が潜んでいるのか……