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第六幕 呪われたものの行方

28 束の間の休憩

***

淡い青色に染められた空は水面と手を繋げ、目の前の景色を優しく包む。

白雲は海風の吐息に乗り、静かに流れていく。

太陽の光は海面から昇り、大地を明るい世界へと導く。

まるで金色の帳に包まれた朝だ。

遠いところからこの国に訪れた何人の画家は同じことを言った:ここは、世界一番美しい光がある。


朝の忙しさに身を投げた人々たちを避けて、港の片隅にある灰色の石階段で足を止めた。

海に向かって深呼吸をした。

一晩中の混乱と危機はまるで夢のようだ。

「あら、不運なお嬢さんじゃないの!」

後ろから、聞き覚えがある女の声が耳に入った。

「やっぱりね!」

「あなたは……」

振り向いたら、鮮やかな異民族の服装を身にまとう若い女がいた。

一瞬戸惑ったけど、すぐその顔を思い出した。

「あの夜の……」

「シー」

女はウィンクをしながら人差し指を唇に当てて、言わないで~の合図をした。

「旅の占い師です~ほら、この間も占い以外のことをしなかったでしょ」

「前」というのは、サン・サイド島に向かう途中、エリザ王国の土地でのこと。

夜盗のような黒い服を身に纏う彼女に「取引」の相手に勘違いされて、妙な占いを受けさせた。

「そうですね。あなたの占いは、当たりましたよ」

「でしょでしょ!旅をやめた方がいいってアドバイスしたのに、こんな遠くまで来るなんて、お嬢さんも大した頑固さんだね」

女は朗らかに笑った。

「あっ、でも、全然いいことがないわけじゃないよ」

そう言いながら、女は腰に掛けたポケットから何かを取り出した。

「はい、お忘れ物」

「!」

一度失くした「金色の光」は私の掌に乗せられた。金色の百合のペンダント、完全無欠。

「結構高いもんでしょ?もう失くしたらだめだよ」

「……ありがとう」

目線がペンダントに止まったまま、ぼうっとしていた。

これが何日前に失くしたものだったら、今頸にかけているのは何でしょう。

「そういえば、お嬢さんはもの探しのためにあの災難の旅に出たのね、どう、見つけた?」

「見つけました。あなたの言った通り、『他人のもの』です。しかも、私が探しているものではありません」

海の水平線を眺めながら苦笑した。

「そうか、やっぱりね……」

女はため息ついた。

「今回ばかり、お嬢さんの悪運に免じて、外れてもいいと思ったのに」

「そこまで悪いのですか?私の運勢」

明らかに同情されていた。

「ええ、あたしもぞっとするほどね。冷たくて暗い。光は手の届くところにあるように見えるけど、這い上がっても這い上がっても、周りは黒闇ばかり。まるで深い地獄の底に落ちて、世界に拒まれたように、運命の『出口』が全然見つからない……」

世界に拒まれたように……確かにそうかもしれない。

「まあまあ、暗い話をやめましょう」

女は暗そうな表情を一掃し、話題を変えた。

「そういえば、あのペンダントはいかにも高級品な感じ。もしかしたら、大切な彼からもらったものなの?」

「違います!」

反射的に強い口調で否定した。

「あっ、そうか、そうなんだ。分かったわ。怖い顔しないでくださいよ……お嬢さんはペンダントを見る目はやさしいから、つい……」

女のびっくりし表情を見て、自分は反応過剰だと気付いた。

「……大切な人かどうかわからない」

その人は私にとってどんな意味なのか、考えたこともない。

朧な記憶を辿っても、断片的な記憶しか浮かび上がらない。

「もう一度会いたい、一言を伝えたい、それだけかも知れません」

「それだけでもいいんじゃない。もう十分大切と思うよ。人生には光が必要なんだ。特に、お嬢さんのような闇の星の下で生まれた人間にとってね」


運命を司る神は反抗を許さない。

闇の星の下で生まれた以上、光を追うなどは愚かな行為でしょう。

答えを追い続け、力を尽くし、道辺に倒れ、なにも掴めないまま一生を終えるより、

闇に甘んじて、安らぎの眠りと甘い夢に溺れることこそ幸せの形、という考え方もあるのでしょう。


「でもね、一つ、言い残したことがあるわ」

私の次の言葉を待たず、女は続けた。

「あの時、お嬢さんはあっさりと立ち去ったから言いそびれたの」  

「言い残したこと?」

下手な励みなら、言わなくても結構よ。

同情されているのがもう分かったから。

「暗闇を歩み続け、光のあるところに辿り着けないかもしれない、そんなあなたに残された唯一の道ーー」

「お嬢様!」

誰かの呼ぶ声が女の話を遮った。

不思議に、名指しがないのに、それの声が私へのものだと分かる。

その不思議な感覚に引かれて、声の方向に振り向いた――

***


飛ばされた血滴は火の光の中で煌めいた。

「ガァァ——!!」

思いもしなった攻撃を受けて、ケンは苦しい悲鳴をあげた。

けど、その一撃だけで彼の動きを止められなかった。

その力強い手は私の左腕の袖をきつく掴んだ。

その時、誰かがバランスを失った私を受け止めた。

銀色の光が一閃し、ケンに掴まれた私の袖の一部を切り離した。  

ケンのでかい体は反動で垣立にぶつかり、上半身は船の外に傾いた。

ほぼ同時に、藍はケンの方に走る。

急いで振り返ったら、目に入ったのは、ケンの体が傾ける天秤のように海に落ちていくところだった。

私を受け止めた人の手からまたひとつの銀色の光――白い刃が飛ばされた。

垣立にかけている浮輪の太い縄が切られて、浮輪はケンと一緒に海に落ちた。

「ウィル、フリード……」

頭を上げて、あの人に意外な目線を送った。

「言ったでしょ。少しお仕置きをあたえるだけです」

もうとっくに見慣れた淡い微笑みはウィルフリードの顔に浮かんだ。

「まあ、運がよければ、助けられる可能性もゼロではないでしょう」


一方、藍は姫様の前に戻って深く頭を下げた。

「申し訳ございません、お嬢様。考える余裕はありませんでした。危険な人物からお嬢様を守らなければなりません」

「……ええ、分かっています」

姫様は唇を噤んで、涙を堪えて頷いた。

「彼には、ほかの道がないでしょう……今の私は、まだ、何もできません……」

最後の最後まで、姫様はあの男を救えなかった。

姫様の願いより、あの男の意志のほうが強かった。

美しい姫様の救いの手を掴むより、あの男は呪いと罪を重ね、すべてを賭けて、自分自身で仲間を救う道を選んだ。

結局その賭けに負けたけど……そのような決意を持つ人にとって、救いなどは要らないかも知れない。


「モンドさん、大丈夫ですか……?」

ケンに短い祈りを捧げてから、姫様は私に寄ってきた。

「わたくしのために……本当に、感謝の言葉もございません」

「いいえ、それは……」

本当の目的は姫様を助けるためではなかった。

それに、ケンを追い詰めることに、私も多少責任がある……

「っ!怪我をしてます!」

姫様に言われて、はじめて気づいた。

左腕の破られた袖の下から、赤い爪先の跡が残っている。

「大丈夫です」

早速ハンカチを出して、晒された左腕に巻いた。

「手当をさせてください」

「かすり傷です。お手を煩わせるようなことではありません」

姫様の好意を断って、視線の方向を変えた。

今は手当などをする場合ではない。

まだ終わっていない……

「厄介ものは一つ消えたのね。次は、貴様らの番だ」

カンナの言葉は新たな戦争の始まりを告げた。  


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