この世界に来て10日が過ぎた。
俺とタマちゃんは基本的には薬草採集の依頼を受けては、いつもの森へと通う日々を繰り返していた。
最初の頃と少し違うのは、毎日少しずつ奥へ奥へと進んで、少しでも出会った事のない魔物を探しては倒すことを第一の目的としていた事だった。
レベルアップしながら使えるスキルを集められて、しかもお金が稼げるという一石三鳥――とは、なかなか上手くいかないもので。
レベルが上がると次のレベルまでの経験値が増えていくので、どうしても討伐数を稼がなければいけないし、少しレベルが上がったくらいでは不用意に奥へと行き過ぎるわけにもいかない。
そして、大陸の半分を占めるという広大な森では、少しくらい奥に行ったとしても、なかなか新しい魔物に出会うことはない。
帰り道のことを考えると、それほど無理をする事も出来ないのだ。
それに、薬草採集の報酬では、貰えてもせいぜいその日の宿泊代と一食分の食費程度。
俺は王様から貰ったお金がまだまだあるが、タマちゃんは俺と出会うまではその日暮らしの生活で、主に街中でのお使いのような依頼をこなしていただけだった為に、泊まりで一件の依頼をこなして大丈夫なほどの余裕は無かった。
それでも、ゆっくりではあるが、着実に俺たちは強くなっていたのだ。
「タイセイさん、何を一人でぶつぶつ言ってるんですか?私はもう慣れましたけど、周りの人が変な目で見てますよ」
「ん?ぷろろーぐ的な?」
「的な?とか言われても分かりません」
何事も最初が肝心なのだ。
「よお!タイセイ!今日も変な奴だな!!」
ギルドで受付の順番待ちをしていた俺の背中をパン!と叩いてきたこの失礼な奴は、Dランク冒険者のポルチーノ。
通称ポチ。
命名、俺。
こっちの世界では、犬にポチと名付ける習慣が無いらしく、逆にポチと呼ばれることを気に入っているようだ。
犬獣人と人間のハーフで、見た目はほぼ人間だが、タマちゃんと同じようなところに犬耳がある。
結構な大柄のこの男は、ちゃんとそれぞれの種族の特徴を引き継いでいるようで、同体形の人族よりも力も敏捷性も高い。
つまり――めっちゃ背中が痛てえ!!
対物理防御(小)よ、もう少し頑張ってくれ。
「ポチさん……俺の背骨に何か恨みでも?」
「お前の背骨に恨みはねえが、腕の骨とかはしゃぶってみたいとは思ってるぜ」
ちゃんと特性を引き継いでいるようで何より……。
「ポチさん、あんまりタイセイさんをからかわないであげてくださいね?」
からかわれてたの?
あんな真顔で?
「おっと、嫁に怒られちまったな。つい、美味そうだったもんでな」
「ちょっ!よ、嫁とか言わないでください!!」
タマちゃんがそこにツッコむ気持ちは分かるんだけど、俺は後半が気になって仕方ないよ。
ポチさん以外にも、最近は顔なじみになった冒険者も増えてきた。
一緒に依頼をするという事はなかったけれど、何度もギルドに足を運ぶうちに何となく知り合っていったという感じ。
でも、そのきっかけの内、前からこのギルドにいるタマちゃんの存在が大きいのは間違いない。
他の冒険者の人たちも、一人でいるタマちゃんの事が気にはなっていたようだ。
しかし、Cランクのロレックスくらいの稼ぎに余裕がある冒険者でないと、ほとんど素人同然だったタマちゃんを守りながら、自分たちの依頼をこなしていくというのは難しかったらしい。
当然、更に素人のような俺と組んで森へと出かけて行ったと聞いた時はヤバいと思った人もいたようだが、何度も無事に依頼を達成して帰ってきていることを知ってからは、タマちゃんにも毎日気さくに話しかけてくるようになった。
何をヤバいと思ったかは詳しく聞かない事にしている。
紳士とは態度で示すものだからね。
タマちゃんに毎日探り入れなくても、何もやましいような事はしてないから。
「で、お前らは今日も薬草集めに森に行くのか?」
「そのつもりです」
俺は手に持っていた依頼書をポチさんに見せる。
その依頼書を見たポチさんは何か考えている。
「なあ、もし時間に余裕があればで良いんだが、一つ頼みを聞いちゃくれないか?」
「頼み――ですか?」
「ああ、その薬草を探してる途中で、《ンバ茸《だけ》》を見つけたら取って来てくれないか?」
「ンバ茸?」
覚えておけばしりとりが終わらないシリーズ。
「あ!ポチさんも『
話を聞いていたタマちゃんが凄い勢いで喰いついてきた。
「
「いえ、
微妙に違うらしい。
「脚の速い馬を何代にもわたって掛け合わせ続けた事で生まれた最速の馬。その品種が《ンバ》です」
ああ、サラブレッドとかいう馬の事か。
「すらりと伸びた四肢に長く逞しい首筋。まさに馬を芸術品の域にまで高めた生き物です」
タマちゃんのンバに対する熱量よ。
「そのンバの能力を底上げする為に使われているのが《ンバ茸》です」
「薬物?」
「ああ、違う違う」
心外な、と言わんばかりのポチさん。
「別に《ンバ茸》にゃあ、そんなドーピング的な効果はねえ。普段から食事に混ぜてやっていれば、トレーニング効果が上がる程度のもんだ。で、そいつを見つけたら採って来てもらいたいんだが」
「店に売ってないんですか?」
馬の餌だったら、どこででも仕入れられそうだけど?
「売ってることには売ってるんだけどな……。うちのンバは好き嫌いが多くて、あの森で採れた《ンバ茸》しか食わねえんだわ。で、ここらで売ってるのは、ほとんどが養殖された《ンバ茸》だからな」
「そんな違いがあるんですかね?」
キノコはキノコだろ?
「俺は食ったことねえからなあ。まあ、もし見つけたらで良いんで頼むわ。でっけえレースが近いから、今は《ンバ茸》を切らしたくねえんだわ」
「まさか!?ポチさんとこのンバってダービーに!?」
ダービー?
何か聞いたことあるな。
「ああ――出るぜ」
ニヤリと笑うポチさん。
「ダービーって何?」
サッカーの試合とかで聞いたことある気がするけど。
「タイセイさん知らないんですか!?」
知ってて聞いてたとしたら、俺って凄く嫌なやつじゃない?
「ダービーっていうのは、2週間後にアルデナイデ競ンバ場の左回り芝2400メートルで年に一回行われる、3歳ンバ世代最強を決めるレースですよ!!年末のグランプリアルデナイデ記念と並ぶ2大競ンバレースなんです!!」
だから、タマちゃんのそのンバにかける熱量は何?
「ダービーが近づいてきてるんで、街の中はあちこちでその話題でもちきりなんですよ!!」
勇者が魔王退治に出かけてる間に何を平和に盛り上がってんだ。
「選ばれた18頭の優駿たちがその全てを賭けて――」
「大丈夫!!もう理解した!!俺も盛り上がるぞー。わー。楽しみー」
放っておくと遠い世界から帰ってこなくなりそうだ。
「で、そのダービーにポチさんとこのンバが出るんですか?」
「ああ、今年のンバは自信があったんだが、想像を超えるンバに成長したんでな。で、今までは俺が《ンバ茸》を調達してきてたんだが、今日からどうしても断れない依頼で街をしばらく留守にすることになってな。一応他の奴にも頼んであるから、気楽に引き受けてくれると助かる」
「まあ、そういうことでしたら……。あくまでも見つけたら、で良いんですよね?」
「ああ、見つけたら、このメモのところへ持って行ってくれ。そこには俺のンバを預けている調教師がいるから、そこで報酬を受け取ってくれ。損させない程度の金額にはなるはずだ」
そのメモには、まだこの街で行ったことの無い地域の住所が書かれていた。
競ンバ場とやらも、その辺りにあるのか?
「次の方どうぞー」
受付のお姉さんが俺たちを呼んでいる。
ポンコツは今日は休みか?
「あ、じゃあ、とりあえずそういうことでよろしくな!」
まあ、見つからなくても構わないみたいだから気楽なもんだ。
「――というドラマチックな結末を迎えたのが一昨年のダービーです!!更に3年前のダービーはというと、その年の年度代表ンバにも選ばれた――」
タマちゃん、早くこっちの世界に帰ってこないと置いてくよー。