「どうぞー。ここがポチさんのンバのいる『ンバ
タマちゃんがどうしてもンバが見たいということで、ラビットさんが
それにしても、ここの建物は全部高い。
この『ンバ房』の中も、天井まで5~6メートルくらいある。
トレセンに入ってきた時から獣臭い臭いがするから、その対策とかなのかな?
とか、一瞬でも思っていた俺が馬鹿でした。
「これが、ポチさん所有のンバ。チープインパクト号よ」
タマちゃん曰く、すらりと伸びた四肢に長く
「チープインパクト!?それって、カザリーノ国王杯を勝った、あのチープインパクトですか!?」
確かに、すらりと伸びた四肢ではある。
「あれって、ポチさんがンバ
長く逞しい首筋でもある。
「あら?あなた
すらりの伸びた四肢はに2メートルを超え。
「はい!大好きです!カザリーノ杯で圧倒的な勝ち方をしたチープも大好きです!!」
長く逞しい首はその四肢よりも長く伸び、その先の頭には2本の角のようなものが…。
「ゴールした時に、騎手のロレックスさんが天に向かって投げキッスしたのとか感動しました!!」
そして、ンバ茸と同じような全身黄色に黒の斑模様……。
――キリンじゃん!!
誰がどこからどう見てももももおー!!これはキリン!!
何?馬って速さを極めて進化したらキリンになるの!?
そんなこと言ってたらダーウィンが来るぞ?
「タマちゃん、これって……」
え?今ロレックスって言った?
あいつ騎手もやってるの?
「表彰式の時に、カザリーノ国王陛下が祝辞を読んでたけど、全く何言ってるのか分からなくて、最終的に宰相のカブンニ様が代読してたのも感動しました!!」
あの二人はどこ行っても同じなんだな。
いや、そこは感動するとこじゃなくない?
「ねえ、タマちゃん……」
「来週のダービーでは、チープに父親のブラックインパクトとの親子2代のダービー制覇の夢がかかってるんですもんね!しかもそれがポチさんのンバだったなんて――ああ!凄い!!」
「ラビットさん、すいません。すぐにコレ連れて帰りますんで」
「う、うん。また《ンバ茸》採れたらお願いねー」
俺はタマちゃんの首の後ろを掴んで引きずるようにその場を後にした。
「ロレックスさんにとっても悲願のダービー制覇がかかってますから、来週のダービーは例年以上にめちゃめちゃ熱いレースになります!!」
タマちゃん早くこっちに帰っておいでー。
「すいません……。私、競ンバの事になると周りが見えなくなるみたいで……」
そうみたいだね。
トレセンを出てからも、1時間くらい引きずられながら何か見えない相手に、熱く競ンバを語ってたもんね。
「まあ、好きなものがあるっていうのは良い事なんじゃない?」
「そうですよね!!タイセイさんもそう思いますよね!!」
お、おう。
「私、本当に昔から競ンバが大好きで!!ついついお金に余裕があると行っちゃうんですよ!!で、でも、たまには勝つんです!!」
たまに勝つは、ほとんど負けてるって事だよ。
それで蓄えなかったのね。
「別に賭けなくても楽しめるんじゃないの?」
それだけ好きならさ。
「いいえ!やっぱり、お金がかかっているのといないのとでは応援の力の入り方が違うんです!!」
タマちゃん、その応援は私利私欲にまみれてない?
「そこまで力が入ってるなら、しばらくは《ンバ茸》集めて、ラビットさんのとこに持っていくのを優先する?」
どうせ、当日はポチさんのンバに賭けるんだろうし、それなら少しでも勝率を上げておいた方が良いと思う。
「タイセイさん!!」
「は、はい」
「私もそれを言おうと思ってたんです!!そうしましょう!!明日からはモヒカン狩りまくりましょう」
モヒカン刈りみたいに言わないで。
そうして、翌日から連続モヒカン猟奇殺人事件が始まるのだった……。
「あら?今日も《ンバ茸》持ってきてくれたの?」
いつものように出迎えてくれるラビットさん。
「はい!明後日はいよいよダービー本番ですから!チープには出来る限りの事をしてあげたいんです!」
タマちゃんの生活を脅かす可能性があるしね。
「それにしても…今日もタイセイくんの顔色は最悪ね……」
でしょうね。
「タイセイさん、まだ慣れないんですか?」
多分、あれに慣れることは一生無いと思うよ…。
右手に剝ぎ取ったモヒカン。左手に奪った《ンバ茸》。
それを持っているのは、血まみれで笑っているタマちゃん。
もう、そんなんホラーですやん!!
毎日そんなん見てみ?
そりゃ顔色も言葉もおかしなるっちゅーもんですわ!!
「チープー。今日も来たよー」
『ンバ房』でくつろいでいる、キリンもどきのンバに話しかけるタマちゃん。
「あら?チープもすっかりあなたに懐いたみたいね」
タマちゃんの姿を見ると、その長い首をタマちゃんの顔のところへ寄せていく。
「良い子だねぇ。よしよし」
その頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じる。
キリンもどき、そこ代わってもらって良いか?
ぺっ!!
「あ、こら!そんなことしちゃダメでしょ!」
チープの唾が顔面をどろりと覆った。
「臭ッ!!」
めちゃめちゃ臭い!!
え?キリンて唾吐きかけたっけ?それはアルパカとかじゃない?
「ああ、タイセイ君。はい、タオルで顔拭いて」
「はい…ありがとうございます…」
「ンバは気に入らないことがあると唾を吐きかける習性があるから、近づくときは気をつけてね」
どうもこの世界の生き物は心を読む習性がある気がする。
「レースが近づいてきてるのを感じて神経質になってるんですかね?」
「そうね、チープは利口だから、周りの人を見て気付いているっぽいわ」
「やっぱりチープは凄いねえ!やる気満々なんだ!」
「いえ、多分そうじゃないんじゃないかと思うわ…」
ラビットさんは急に顔色を曇らせた。
「チープには私の焦りが伝わってるんだと思うの…」
いえ、伝わっているのは俺の煩悩です。
「何か心配事ですか?」
「実は――騎手のロレックスさんと連絡がつかなくなっていて…」
どっかで寝てんじゃない?
「それで代わりの騎手をどうしようかと、ポルチーノさんに連絡を取ったんだけど、郊外の依頼に出てて返事がまだ無いのよ……。もう明後日が本番だっていうのに……」
「それは大変じゃないですか!?」
「――大変そうなんで、そろそろ俺たちは帰りますね。さあ、タマちゃん行こう」
何か嫌な予感がする。
この流れは絶対にヤバいやつだ。
「タイセイさん!私たちも何か協力しましょう!!」
無い無い。俺たちに出来る事なんてこれっぽっちも無いから。
「先生、ポルチーノさんから手紙が届きました」
ラビットさんの厩舎の人だろうか?おじさんが手紙を片手にンバ房の中に入ってきた。
ほら、その手紙を開ける前に一刻も早く帰るよ。
しかし、タマちゃんの腕を引っ張っても、全く動く気配が無い。
見ると、反対側の袖をチープが口で噛んで引っ張っていた。
「もう、そんなに引っ張ったら服が伸びちゃうよー」
お前、あれが何か知ってやがるな!!
「――タイセイくん」
ほらキターー!!
「……何でしょうか?」
「ポルチーノさんも、依頼先でトラブルがあって、ダービーまでには帰ってこれないらしいの」
「そう――なんですね……」
「それでね……俺も代わりを探すことが出来ないから……タイセイくんにチープに乗ってもらえないかって……騎手変更の書類にも署名して一緒に送って来てるわ」
予想的中!!タマちゃん!ダービーは俺が予想するよ!!
「残念だけど、騎手はンバ券を買えないわ」
だから心の中を読まないで。
あと、それは騎手を引き受ける前提ですよね?
「そんな簡単に素人が乗ったり出来ないんじゃ……俺、馬にも乗ったことないんですよ?」
普通出来ないよね?免許とかも必要なんじゃないの?キリンに乗るんだよ?
「特に騎手に関しての決まりは無いの。ほとんどは冒険者が依頼を受けて乗っているわ。それに、ンバの
無免許運転オーケーの無法地帯。
そして、ご都合主義的な安全対策。
「タイセイさん!!ラビットさんやチープを助けると思って引き受けましょうよ!!タイセイさんならきっと勝てます!!」
タマちゃん……。
本当に素人の俺が乗ったチープに賭けるつもりかな?
何故か、チープ以外に賭けて儲けようとしてるような気がするよ。
だって、黒いオーラ見えるもん。
「タイセイくんお願い!もう時間が無いのよ!!他の人を今から探したとしても、ポルチーノさんにサイン貰っていたら間に合わない!」
いや、そんなに必死で頼まれても――
「――乗ります!!俺がチープに乗ります!!」
乗るに決まってるじゃねえか!!
「本当!!本当に乗ってくれるの!!」
「むしろ俺を乗せろ!!絶対に全員ぶっ殺して勝ってやるぜー!!ウヒヒヒヒー!!」
「い、いや…殺さなくて良いのよ?」
「タイセイさん……?何か性格変わってません?」
「あ――さっきの……チープの唾……」
「ラビットさん、唾がどうしたんです?」
「多分……あれに含まれていた《ンバ茸》の成分を吸収してハイになっちゃったんじゃ……」
「それくらいであんなになるんですか!?」
「いえ、普通はあそこまでおかしくはならないはずだけど……タイセイくんは体質的に特に弱かった……のかも?」
「ヒャッハー!!レースはまだかー!!早く
ハイで!灰になって!全て灰にしてやるぜえー!!