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第22話 今日はダービーめでたいな

「タイセイくん。道中は押さえて、勝負は最後の直線よ」


「……はい」


「チープは一番人気だから、他のンバのマークを受けると思うから、囲まれないように位置取りに注意してね」


「……はい」


 どうしてこうなった?


『快晴の春空の広がる、ここアルデナイデ競ンバ場。

 10万人を超える観客が新たなダービーンバの誕生を一目見ようと集まっております。

 そして、その注目のレースの時刻も刻一刻と近づく中

 いよいよ、出走各ンバが本場場へと入場してきます』


 ああ……もうレースが始まってしまう……。


 10万人とか集まりすぎじゃね?


「タイセイさん!頑張ってください!!」


「うん。ありがとうタマちゃん」


「でも、そんなに無理はしないでくださいね!ゆっくり回って来てくれて大丈夫ですから!!」


 やっぱり君は俺のンバ券を買ってないんだね。


「ラビットさん…。いきなり乗って走るとか大丈夫なんですか?やっぱり練習とかしておいた方が良かったんじゃ……」


 落ちないっていっても……キリンに乗るんだからね。


 口元から繋がってる手綱とか意味ないと思うんだ。


 何をどうやって操縦するのよこれ?


「それはそうなんだけどねえ…。トレセンて使える時間帯が決まってるから、どうしようもなかったのよ。まあ、チープは利口な子だから乗って捕まってたら大丈夫よ」


 人生で最も信用の無い大丈夫とウインクありがとうございます。


「さあ、そろそろ本場場入場の時間だから乗った乗った」


 そう急かされても…。


 どうやって乗るのこれ?


 見上げてみると、俺の頭の遥か頭上にチープの背中がある。


「チープ。お願いねー」


 ラビットさんがチープにそう言うと、チープの首がにょーっと伸びてきて、俺の襟元を咥えて――


 ――ぽいっと。


 背中の鞍へと投げやがった!


 そこまでやったなら咥えて運べや!


「乗ったわね。じゃあ入場するわよー」


 ラビットさんはそう言うが、やっぱり手綱をどう引っ張れどもチープはビクともしない。


 チープさん?あなた、何か笑ってるような気がするんですが?


 お前、最初からそのつもりかー!!


「おい!動けって!!」


『職業【ンバ】 チープインパクトを装備しますか?YES/NO』


 もう何でもありだな!!


「YES!!」


『職業【ンバ】 チープインパクトを装備スロットに装備しました。

 職業【ンバ】 チープインパクトの操作権限を獲得しました』


 何だか無茶苦茶だけど、これで何とかなるか?


「行くぞチープ!!」


 そう言うと、チープはくるりと方向を変えて、入場口へと歩き出した。



『さあ、選び抜かれた18頭の優駿たちが入場して参りました。

 まず入ってきたのは、1枠1番、スタコラサッサー。

 世代屈指の逃げ馬が絶好枠を引き当てました。

 この大舞台でも、あっと驚く逃げを見せることが出来るか』


「あら?結構乗れてるじゃない?」


 装備しましたから。――とは、言えない。


「チープが言う事を聞いてくれたんですよ」


 チープの意識が今どうなってるかとかは知らないけどね。


「タイセイさん!くれぐれも無理しないでくださいね!絶対ですよ!!」


「うん、十分に気を付けるよ」


 もし勝っちゃった時は、夜道の一人歩きにね。



『次に入場してきたのは4枠8番、オイマテコラー。

 前走のトライアルで見せた強烈な末脚すえあしは、長い直線のアルデナイデ競ンバ場で更に威力を増しそうです。

 全てを差し切って、目指すは栄光のダービーンバの座。

 多くの期待を背負っての入場。本日の2番人気です』


「さあ、次よ!頑張ってね!!」


 頑張るのはチープですよ。俺は乗ってるだけ。


 でも、怖ええええ!!



『さあ、大歓声に包まれて、本日の主役の登場です。

 5枠9番、アルデナイデ国王杯の勝ちンバ、チープインパクトが姿を見せました。

 デビュー前から期待されたその才能は、前走の圧勝で証明されました。

 ここも勝って歴史に名を残す名ンバたちに並ぶことが出来るか?

 ここまで無敗、そして親子2代の無敗のダービー制覇がかかっています。

 本日は圧倒的な1番人気。

 鞍上あんじょうは初騎乗のソノダ=タイセイ騎手です』


 初騎乗の俺が乗ってるのに、圧倒的な1番人気なんだ。


 タマちゃんの方が冷静に予想出来てるんだな。


 それにしても、もの凄い人の数だな……。


 逃げ出したい……。


『しかしタイセイは逃げれなかった』


 失敗!!


「じゃあ、あちらのゲートに入ってください」


 係員のような人がそう言って指さした先には、ンバ1頭がギリギリ入ることの出来るスペースで区切られたゲートがあった。


 すでに他のンバたちは順番に入っていっているようだ。


「やだなー。やだなー。帰りたいなー」


 と、弱音を吐いている俺の意思を無視して、チープはゆっくりとした足並みでゲートへと向かっていく。


 おい、操作権限とやらはどうなっている?



 チープが9番と書かれているゲートへと入っていく。


 本当に前後左右ギリギリ入れるくらいの狭いスペースで、前側には両開きの扉が閉められていた。


 両脇のゲートにも巨大なキリンがいる為、めちゃくちゃ息苦しい。


 まあ、チープは首を伸ばしてゲートの外に頭を出してるから関係ないだろうけどね。


 伸びろ俺の首!!


『職業【ろくろ首】のスキル「ゴムゴムゴムの首」でなければ不可能です』


 妖怪の概念よ!!


 あと、いろいろとギリギリ!!



「よお、兄ちゃん。あんた初めてのレースなんだって?」


 左隣の騎手が話しかけてきた。


 確か、この人の乗っているのが2番人気なんだっけか?


「初めてのレースがダービーなんて怖いくらいにツイてるじゃねえか。普通は一度も乗れないまま引退する騎手の方が多かったりするんだぜ」


 俺はこのあとすぐに引退する予定ですけど?


「しかも、乗ってるのが大本命ときちゃあ、とても冷静に乗れるとは思えねえなあ」


 キリンに乗ってる時点で冷静じゃいられませんけどね。


「まあ、下手に欲を出さずに、しっかりとしがみついておくんだな。間違っても俺らの邪魔だけはするんじゃねえぞ?」


 そんなに凄まれても怖くないぞ。


 お前はどう見ても俺より子供だからな。


 むしろ小学生くらいだろ?


 10万人が集まってお金賭けてるレースでどうなってんだ?



『さあ、各ンバ順調にゲート入りが行われております。

 16番のアトノマツリが入り、残すは1頭。

 最後、18番のオレハカズアワセがゲートに入ります。

 ――入りました。

 さあ、スタートしました!!』


 最後のンバがゲート入りした瞬間、目の前の扉が開いた。


 物凄い大歓声が場内に響き渡り、一斉に飛び出したンバたちの猛々しいまでの脚音あしおとが俺の耳を貫く。


 やがて、歓声の中に悲鳴のようなものが混ざりだし、ンバたちの脚音も離れて静かになっていく。


『おおーっと!!9番チープインパクトはまだゲートの中だー!!

 圧倒的1番人気が大きな出遅れー!!

 悲鳴の飛び交うアルデナイデ競ンバ場!!これは大波乱だー!!』



 あ、俺が操縦するんだった。




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