キマイラってどんなだっけ?
少なくとも、こいつは絶対に違う。
どっちかというとキメラってやつじゃね?
何かいろいろ混ぜて作ったってやつ。
『【キマイラ】
ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐く怪物。
広義の上でのキマイラは生物学の「キメラ」の語源となっている』
ナビさん解説サンクス。
ああ、キマラとキマイラって同じようなものなのか。
じゃ、どっちでも良いや。
でもこいつはどっちとも認めん!
「何を寝起きみたいな腑抜けた顔してやがるですか!!」
キマイラは俺というよりはラバンダを自らの敵として認めたのか、明らかに警戒した様子で3つの頭(プラス尻尾)で睨みつけていた。
それぞれの顔は遠目で見ると可愛いよな。
サイズ感はおかしいけど……。
「タイセイさん!!」
「――タマちゃん!?どこ!?無事なの!!」
声の聞こえた方に目をやると、左手奥の木陰からタマちゃんの叫ぶ姿が見えた。
「私は無事です!!危ないところをラバンダさんが助けてくれました!!」
ええー。
嘘だー。
ラバンダってあのポンコツ受付嬢だよ?
そんなカッコいい事出来るはずないじゃん。
まあ何にせよ、タマちゃんが無事なのは良かった。
ラバンダの事は目の前の危機を乗り越えてから考えよう。
――ウオォォォォォ!!
またもや尻尾の叫び声。
お前が主体なのか?
反射的にキマイラの方へ視線を戻すと、さっきと同じように大きく踏み込んだ一歩でラバンダの目の前まで一瞬で迫っていた。
傍目から見てもとんでもないスピードだ。
そして巨大な足の裏でラバンダを踏みつけようとしていた。
しかし、ラバンダもそれに負けない程の高速の動きで横に動いて華麗に躱した。
キャラに合わないことはやらないで欲しい。
「ラバンダ!!援護する!!」
今度はまったく知らない男の声が聞こえたと思った瞬間――キマイラの身体が激しく地面に叩きつけられた。
その背中には巨大な金属のハンマーが振り下ろされており、そこにはそのハンマーを握っている大男の姿があった。
――キャイーン!!
――キュウゥゥゥ!!
――カピー!!
違うな。
カピバラはそんな鳴き声じゃない。
それと、こんな時はライオン鳴かないんか。
3つの頭から悲鳴が上がる。
「ロエベ!!助かりましたでありんすえ!!」
キャラがブレブレすぎる。
お嬢様なのか花魁なのか固めてから出てきて欲しい。
ロエベと呼ばれた大男は、そのハンマーを肩に担ぎあげてキマイラとの距離を取る為にラバンダの方へと跳んだ。
かなり重そうなハンマーを持っているというのに信じられない動きだ。
「おい!そこの二人!!早く逃げろ!!」
ロエベと呼ばれた男が俺とタマちゃんを交互に見て叫んだ。
「キマイラはBランク上位の魔物だ!!俺たちでもそんなに相手してられる奴じゃない!!」
Bランク上位。それはさっきラバンダも言っていた。
あと少しでAランク……うん、そこまで強いのはお呼びじゃない。
ならここはお言葉に甘えて逃げの一手だな。
キマイラが立ち上がり、ロエベとラバンダの方を睨みつけた。
多少はダメージがあったはずだが、見た目には元気そうに見える。
結構痛そうに叫んでたのになあ。尻尾以外。
「タマちゃん逃げるよ!!」
キマイラの注意が二人に向いている間に急いでこの場から離脱しなければいけない。
俺はタマちゃんに合図を……ををを!?!?!?
タマちゃん何やってんの!?
タマちゃんはキマイラの方へ向けて矢をつがえていた。
「タマちゃんやめてぇぇぇ!!」
俺の叫び声に反応したキマイラの頭(3つプラス尻尾)がこちらに向けられた。
俺は慌てて剣を抜いて構えた。
どう考えても通用しない気がしたけども……。
――キャイーン!!
――キュウゥゥゥ!!
――カピー!!
――ビュウン!!
キマイラの悲鳴が上がり、遅れて風を切るような音が聞こえた。
そして後ろ脚の膝を曲げてお座りのような体勢になったキマイラ。
その右足の太もものところには矢が刺さっていた。
今のは……。
「タイセイさん!!しっかりしてください!!」
まさか、さっき聞こえた風切り音はタマちゃんの放った矢の音?
悲鳴の後に?
え?音速超えた?
「大丈夫です!!今の私たちなら落ち着いて戦えばやれます!!」
あのハンマーの一撃でも大して効いたように見えなかったキマイラが、タマちゃんの放った矢で膝をついたのか?
貫通力上昇スキルの効果?
それとも収穫祭中に結構レベルが上がったから?
「タマ!!ナイスでごじゃるまるです!!」
若殿ラバンダが跳び上がり、その拳がキマイラのカピバラの横っ面を殴り飛ばす。
――カピー!!
「おりゃあぁぁぁ!!」
ロエベのハンマーがチワワの頭に振り下ろされる。
――キャイン!!
「とりゃぁぁぁぁ!!」
ラバンダの蹴りがジャンガリアンハムスターの……可哀そうだからやめたげてえぇぇ!!
ここを勝機と見た2人の怒涛の攻撃がキマイラに降り注ぐ。
2人は元からの知り合いなのだろうか?互いの動きを把握しているような見事なコンビネーションだ。
俺も戦いに参戦しようと思ったが、あの2人の間に入っていってお互いに邪魔にならないような連携を取れる自信がない。
タマちゃんも狙いを定められずに矢をつがえた弓を構えたままだ。
まあ、このまま放っておいても倒してしまいそうな勢いだからいいか。
でも、何か忘れているような……。
――ウオォォォォォ!!
キマイラ(の尻尾のライオン)が吠えると、背中に生えている大きな孔雀の羽を広げて空へと舞い上がった。
あ、そうだ。こいつ飛べるんだ。
一応綺麗な羽あったもんね。
見事な柄の緑の羽を広げたキマイラは上空からこちらを見下ろしている。
羽を広げて舞い上がった?
あれ、どうやって飛んでるんだ?
羽は開いたままで全然動かしてないけど……。
そして、俺はもう1つ忘れていたことを思い出した。
『口からは火炎を吐く怪物』
尻尾のライオンの口から巨大な火球が猛スピードで放たれた。
――ドゴオォォォォ!!
地面に激突した火球が凄まじい爆音と火柱を上げた。
「きゃあぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
ラバンダとロエベが爆風で吹き飛ばされる。
全速で回避していた俺のところへも、肌を焼くような強い熱風が届いた。
「くそっ!!油断した!!」
苦々し気にそう言うロエベの声が聞こえた。
ロエベは何とか無事だったよう……ではなさそうだ。
ハンマーを杖のようにして立ち上がろうとしているが、装備していた防具はところどころが吹き飛んだのか焼け落ちたのか半壊しており、その下から露出している肌や顔は赤く火傷で腫れあがっている。
ラバンダはロエベよりも小柄だった分、爆発の衝撃でより遠くまで吹き飛ばされたのか、姿も見えず、その安否も分からない。
一気に形勢が逆転された。
どうする?俺たちだけでも逃げるか?
自分の命が優先される冒険者としては、助けに来てくれた2人を置いて逃げたとしても誰にも文句は言われないだろう。
でもその場合、ロエベが助かる可能性はほぼ無くなる。
姿の見えないラバンダもおそらくは……。
では戦うか?
しかし相手は上空だ。剣は届かない。とてもジャンプしてどうこう出来る高さじゃない。
魔法では?
火の魔法があいつに通用するのか?そもそも速度的に躱される可能性が高い。
土の魔法では?
壁を作るのがせいぜいだ。それをゾウアザラシの時のようにぶつけるにしても、やはり距離がありすぎる。
何とかなりそうなのは風魔法だけど俺は使えない。
それなら――
「タマちゃん!!矢を撃って!!」
出来る手はこれしかない。
「――え?あ、はい!!」
――ビュウン!!
タマちゃんの放った矢が高速でキマイラへと向かう。
しかし、今回は距離があったからか、ギリギリのところで巨体を捻って躱された。
音速を超えるほどの速度の矢。おそらくは見て躱したのではなく、タマちゃんの構えから放たれる方向を予測して回避したんだろう。それか何らかのスキルを持っているのか。まあ今はどちらでも構わない。目的は別にあるんだから。
キマイラが矢を躱そうと意識を俺たちから逸らした一瞬の隙をついて、俺はロエベのところへと向かった。
「逃げます!!肩に掴まって!!」
「おい!何やってやがる!俺の事は放っておいて逃げろ!!」
そんなことを言うロエベを無理やりに抱き上げる。
まったく、何故に大男をお姫様だっこせにゃならんのだ?