俺はロエベを抱き抱えて乱立している木の間を縫うように走った。
助けに来てくれた相手を見捨てて逃げるというのは、分かっていてもそう簡単に割り切って出来るもんじゃないなと思った。
とりあえずラバンダが吹き飛ばされたと思う方向とは逆の方向へ。もし気を失っていたり怪我をして動けなくなっていた場合に、俺たちを追ってくるキマイラの突進の巻き添えになる可能性があるからだ。
タマちゃんも今頃は別の方向へ逃げているはず。
だよね?
「おい!離せ!俺の事は構うなと言っているだろう!」
「暴れんなおっさん!走りにくいだろうが!!」
腕の中で暴れるロエベを抱きしめるようにして動きを封じる。
「怪我人は黙って運ばれてろ!!」
実際このまま逃げられるのかどうかは運次第だ。
相手は空を飛んでいるし、間違いなく俺たちよりも速い。ただ、空からだと森の木が邪魔して視界が悪いはずだ。それだけが僅かな希望。
そしておそらくキマイラは俺たちを追ってくるだろう。
弱っている方を狙うのが野生の動物なら当然の行動のはず……魔物も動物だよね?
俺たちが囮になって、2人からキマイラを引き離す。
キマイラの見えないところでロエベを木の陰にでも隠して、最終的に俺がキマイラを引き付けた後に振り切るか、他の上級冒険者が気付いて駆けつけてくれるまで逃げ続ける。
あいつの攻撃は派手だから、さっきの一撃ですでに誰かが気付いているかもしれないし。
この場を切り抜けるには、この作戦が一番に思えた。
何にしても、おっさんは今は黙って運ばれていてほしい。
「確かに……今の俺は満足に動ける状態じゃない……。だが、どう見てもお前の方が重傷に見えるんだが……」
はあ?俺は別に怪我なんかしてないぞ?
まあ、あんたとラバンダが来てくれたお陰なんだけど。
来てくれてなかったら、最初の攻撃でとっくに死んでただろうし。
「本当に……大丈夫なのか?」
「大丈夫だ!あんたを運ぶくらい問題ない!」
2メートル近くはありそうなロエベは、普通に考えればかなり重いのだろうが、今の俺のレベルなら簡単に運ぶことが出来た。
異世界万歳!!
「いや、そうではなくて……。その……お前の全身の火傷の話なんだが……」
火傷?
ああ、さっきのキマイラの爆風で顔が多少ピリピリするけど、このくらいは怪我の内に入らない。
ん?全身?
顔だけじゃなくて?
そういえば、少し手もヒリヒリしている気がするけども…。
ロエベを抱えている自分の手に目をやると……。
その両手は皮膚が溶けたようにただれていた。
「うわあぁぁぁ!!!!」
「うおい!どうした!急に大声をあげて!」
「手があぁぁぁ!!!!」
「なんだ……もしかして気付いていなかったのか?手だけじゃなくて……顔も……その、同じような事になってるんだぞ……本当に痛くないのか?」
顔もこんなんなってんのおぉぉぉ!!!!
大火傷じゃん!!
大怪我してんじゃん俺!!
てか、全然回避出来てなかったんかーい!!
「おい!奴が追って来たぞ!!」
ロエベの声に、反射的に上を見る。
生い茂った木々の隙間から、孔雀の羽を広げたまま飛んでいるキマイラの姿があった。
その三つの顔は俺たちをしっかりと捉えているようで、この距離でも目が合ったような気がした。
しかしその見た目はやはりとても可愛らしい。
さっきのラバンダたちとの戦闘を見る限りは直接四本足で走った方が速そうだけど、タマちゃんの矢が脚に刺さったままなので、森の中を走ることが難しいのかもしれない。
だから空から追いかけてきて、あの火球でケリをつけようと考えているんじゃないだろうか?
いや、そんなことより、俺の身体大丈夫なん?
これで何故痛みがヒリヒリする程度なの?
もしかして、実はもう俺死んじゃってて痛み感じてないとか?
『スキル「魔法耐性(小)」の効果で、キマイラの魔法攻撃のダメージによる痛みに耐性が発生しています。なお、ダメージは通常通り受けています』
そういうこと!?
魔法防御と魔法耐性の違いってそういうこと!?
魔法攻撃で受けた傷の痛みに耐えれるってだけ!?
なんか思ってたのと違くね?
ダメージは普通に受けてたら意味なくね?
あ、でも、本当なら痛くて動けなかったかもだから一応は意味があるの……か?いや!あると信じよう!!
「おい!またあれが来るぞ!!」
抱っこされたままキマイラを見ていたロエベが叫ぶ。
「アースウォール!!」
俺はその声を信じて自分の走っている後方に土の壁を作り出す。
――ゴオォォォン!!
同時にキマイラの放った火球が土の壁に激突した音がした。
「お前――魔法も使えるのか?」
驚いたように俺を見るロエベ。
全身に酷い火傷をしていることに気付いてしまった俺は、あまり悲惨な感じになってるだろう顔を見ないでほしいと今更ながら思った。
と、そこで俺は走るのを止める。
あれ?耐えた?
俺の作った土の壁は、キマイラの魔法を受けても破壊されることはなかった。
火と土の相性的な問題なのか、それとも単純に俺の土魔法の方が勝っていたのか……。
――今の私たちなら落ち着けば戦えます!!
タマちゃんの言っていた言葉を思い出す。
とても無理だと思っていたタマちゃんの矢はキマイラに結構なダメージを与えることが出来た。
無いよりマシ程度に考えていた俺の土魔法はキマイラの魔法に耐えることが出来た。
じゃあ、もしかしたら他の攻撃も通用するんじゃね?
まあ、相手の攻撃もバリバリに通用されてるけど…。
「おい、どうした?」
立ち止まった俺にロエベが不思議そうに声をかけてくる。
「ちょっとこの辺で休んでいてもらえますか?」
「――は?おい!どこいくんだ!おい!!」
俺はロエベの体を近くの木の陰にもたれさせ、上空からこちらを睨んでいる可愛らしい3つの顔と目を合わせた。
「おい!こっちだ!!ファイヤーボール!」
俺にキマイラの注意を向ける為に小型のファイヤーボールを飛んでいるキマイラに向けて放つ。
結構な速度で放ったつもりだったが、タマちゃんの矢を躱すほどのキマイラには通用せず、奴ははそれを簡単そうにヒョイっと躱した。
そして、睨みつけてくる三つの顔。奴の注意が俺に向いたことを確認すると、俺はロエベから距離を取るように走り出す。
――ウオォォォォォ!!
案の定、キマイラは俺に照準を合わせたかのように追ってきた。
「アースウォール!!」
「アースウォール!!」
「アースウォール!!」
俺は走りながら高い土の壁を作り続ける。
その度に、大きな爆発音が聞こえてくる。
面倒になったのか、キマイラは連続して火球を俺に向けて放ち続ける。
木々の生い茂った狭い森の中なので、俺が土の壁を作る度に周囲の木が根っこからなぎ倒されていく。
自然破壊も甚だしいが、どうやら世界の森は破壊されても自然と元の形に戻るらしいから気にしない。
魔法が当たらないことでキマイラのストレスが溜まりだしたのか、どうやら奴は威力よりも数で当てることを選んだようだ。それまで以上に休む事なく連続で火球を俺に向けて放ち続けてくる。
ただ、その威力はそれまでよりも数段劣るもので、俺のアースウォールによって全て防がれていた。
しかしその飛び火によって周囲の木が焼けているのか、結構な焦げた臭いが漂っている。
いくらそのうち自然に回復するとはいっても、このままの状況が続けば大火事になりそうに思えた。
「アースウォール!!」
「アースウォール!!」
木と木の間を走り抜けながら土魔法を使い続ける。出現した土の壁が次々と森の中にモノリスのように乱立していく。
キマイラの火球を防ぎつつ、奴にその意図を読まれないように慎重に。
十何度目かの魔法で、その壁で囲われた迷路のような一帯が出来上がった。
そこで壁を作るのを止め、その囲われた中へと走りこむ。
俺は先程思いついた一か八かの作戦を実行することにした。
キマイラを倒すことが出来るか――俺が死ぬか。
どちらにしても、今の俺に出来る最後の手段。
覚悟を決め、上空のキマイラを睨みつける。
さあ――そろそろ終わりにしようぜ。