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第50話 一難去って、また一難?

 土壁の迷路に入った俺めがけて、キマイラは上空から休むことなく火球を撃ちだしてくる。

 これは予定通り。俺は壁の陰に入ったり、的を絞らせないよう走り続けることでその直撃を躱していく。


 火球が地面に着弾して爆音と共に土煙が舞い上がる。

 土壁に当たった火球は炎を激しく撒き散らしながら消えていく。


 戦場の最前線はこんな感じなんだろうかと関係無い事を考えながら、とにかく俺は走り続けた。


『状態異常 火傷の影響で、HPが通常よりも減り続けています。

 今すぐ回復することを推奨します』


 そりゃこれだけの火傷を負った状態で走ってんだからそうだろうな。

 でも、今はそんなことしてる余裕はないんだよね。


「うおっと!!」


 頭上からの火球をギリギリのところで躱す。

 背後で爆発音がして、背中に熱風と土塊が当たる。

 おそらく、今ので背中も結構な火傷を負ったんだろう。


 でも――まだ動ける!!

 あと少しもってくれ!!


 結構な時間逃げ回っていると、キマイラの我慢も限界がきたようだ。

 ふいに魔法を撃つのを止めた。

 本当ならこれで諦めてくれると助かるんだけど――そんなに甘くはなかった。


 キマイラは俺に照準を合わせると、急降下してきた。


 それまで火球の攻撃を防いでいた土壁はキマイラの質量には耐えきれず、その衝突の瞬間に一瞬で破壊されていく。


 数枚の土壁を突破したキマイラの身体が、俺のすぐ目の前を突き抜けていった。


 風圧で俺の身体は後方に吹き飛ばされ、背後にあった壁に叩きつけられた。

 一瞬その衝撃で息が詰まる。視界は舞い上がった土煙でほとんど見えない。


「アースウォール!!」


 呼吸を整えた俺は目の前にそれまでよりも高い土壁を作り、更に後方に距離を取る為に大きく後ろへ跳んだ。


――ドゴオォォォォ!!


 その瞬間、作ったばかりの土壁が破壊された音が土煙の向こうから聞こえた。

 そして微かに見える巨大な影。

 空気を通してはっきりと伝わってくる鳥肌が立つほどの強い殺意。


 そしてその影は巨体を生かして俺を押しつぶさんと一直線に向かってきて――目の前で消えた。


「アースウォール!!」


 そして俺は最後の土壁を作り出した。



「なあ、どんな気持ちだ?」


 俺は深い穴の底で体を土壁に挟まれて、ジタバタともがくキマイラを見下ろしながらそう言った。

 アースウォールは魔法で土を創り出して壁にしているわけじゃない。

 元からそこにある土を圧縮、隆起させて壁にしているのだ。

 つまり狭い範囲で使い続けると、その地下には隆起した分の土の空洞が発生する。

 普段ならそこが崩落するようなことは決して起こらないけど、これだけ集中して魔法を使い、その上をとんでもない質量のキマイラが乗ったとしたら……。

 これが俺の考えた作戦だった。

 そして結果は俺の想像していたものになった。


 仰向けに転落したキマイラの腹の上を押さえるように側面から最後のアースウォールを発生させて拘束する。その馬力のほとんどを脚力に頼っていたキマイラには、その壁を破壊する事も、そこから起き上がる事も出来ない。


「さすがにその状態じゃ壁は壊せないよな?魔法を吐き出すライオンの頭も体の下敷きになってるみたいだし?」


――グウオォォォォォ!!


 穴の底で身体の下敷きになっている尻尾が苦し気に叫んでいるが、こうなってしまっては叫ぶことくらいしか出来ないだろう。

 三つの可愛い顔が俺を睨んでいるが、それもこれで見納めだ。


「ファイヤーボール!!」


 俺は残った魔力を全てつぎ込んだ、渾身のファイヤーボールを穴の中のキマイラに向かって放った。


「バイバイ。お疲れ様」


――グウオォォォォォ!!

――キャイーン!!

――キュウゥゥゥ!!

――カピー!!


 穴の中から吹き上がる巨大な火柱。

 そして聞こえてくる断末魔のようなキマイラの叫び声。


 決して動物虐待ではないので訴えないでください。


 その悲鳴を確認したと同時に、俺の意識は薄れていき、その場に崩れるように……。



『キマイラを倒しました。

 経験値3800を手に入れました


 レベルが3上がりました。

 各種ステータスが上昇しました。

 スキル装備スロットが3増加しました。

 HPとMPが全回復しました』


 おっと、セーフ。


 怪我も意識も回復しました。

 ありがとう。異世界とんでも設定。


『職業【キマイラ】のステータスがドロップしました。

 職業【キマイラ】のステータスをステータスインベントリへ保存します』




「お待たせしました。終わりましたよ」


 俺はタマちゃんを探しに戻ろうと歩きだしたが、ギリギリのところで置いてきていたロエベの事を思い出していた。

 危うくあのまま置いてけぼりにするとこだった。


「お前……火傷はどうしたんだ?まさか……」


 そんなお化けを見るような目で見るのは止めて欲しい。

 ちゃんと生きてるんだからさ。


「火傷は……えっと、ポーションで治しました。それよりも、終わりましたよ」


「終わった?まさか……死んでしまったのか……?じゃあ俺が今話しているのは……噂に聞く幽霊とかいう――」


「違う!違う!俺の寿命が終わったとかじゃないから!!化けて出るんだったら、こんなおっさんじゃなくて可愛い女の子のとこに出るから!!」


「へえ……そうなんですねぇ……」


 あれ?キマイラより怖いものが後ろにいる気配がするなぁ……。


「あ!タマちゃん!無事で良かったよ!!」


「ラバンダさんを見つけて介抱しようと思っていたら急にレベルアップしたんで、きっとタイセイさんがキマイラを倒したんだと思って追って来たんですけど……まだ戦いは終わってないみたいですねぇ」


 タマちゃん?キマイラはもういないよ?

 ほら、よく見て?

 ここにいるのは、むさいおっさんとプリティな少年だけだよ?


「あ……ラバンダは無事だったんだ……」


「無事……全身に火傷は負ってるようでしたけど、まだ息はあるようでした……」


――ギリギリギリギリ……


「おい……何であの子は俺たちに矢を向けているんだ?お前たち仲間じゃないのか?」


「その……つもりなんですけどねぇ」


「キニシナイデクダサイ。コレガワタシタチノヨロコビヲアワラスギシキナンデスヨ」


「そんな儀式は――儀式って言い方が怖いから止めて!!俺を生贄に何を召喚するつもりなの!?」


「綺麗なタイセイさんを」


「違う!それは泉の女神に頼むやつ!!」


 22世紀になるまでは出来ないから!!


「……じゃれ合うのは良いが、とりあえずポーションが余ってるなら分けてくれないか?俺のは最初に魔法を喰らった時に全部落としちまったからよ」


「あ、私が回復薬持ってます。あ、でも先に回復するとまたすぐに使わなくちゃいけなくなるかも?」


「その弓を下ろしてくれるとそうならないから!」


 ……そうか、最初からこのおっさんを回復させれば、わざわざ担いで逃げる必要なかったんだ。

 火傷に気付いた時は自分の怪我は後回しだ!とか考えてたけど、このおっさんも怪我人だったんだよね。


「流石タマちゃん!みんな無事だったし、キマイラも倒したし、これで俺がタマちゃんのとこに化けて出なくても良くなったね」


 何が流石なのかは、言っている俺自身にも分からない。

 でも――


「化けて出るのって……私のところだったんだ……かわいい女の子……」


 何やら顔を赤らめて俯いてしまったタマちゃん。

 どうやらこの場の危機は回避することに成功したようだ。


 ちょろいぞタマちゃん!!




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